「ああ。雨が降ってきたぞ」
「ほんとじゃ」

 久しぶりに降る雨に、農夫たちは手を止めた。そのまま、濡れるのもかまわずしばらく空を眺め続ける。作業が進まなくなるというのに、その表情はにこやかだ。
 どうやら長く降りそうだと悟り、ひとり、またひとりと近くに建っている小屋に向かう。

「日照り続きで心配じゃったが、龍神様が助けてくだすったようだ」
「そうにちげえねえ」

 少し前まで明るかった空は、西から徐々に鈍色の雲が広がりつつあり、雨脚は徐々に強くなっている。

 関東の山間にあるここ下沢村《しもさわむら》では、季節ごとに盛大に祭りが催される。そのどれもが、村人の信仰する龍神・佳月《かづき》に奉納するものだ。
 この夏の祭りはつい先日行われたばかりで、村民の中から選ばれた見目美しい女らが雨乞いの舞を披露した。

「龍神様は、わしらの願いを受け取ってくれたんじゃな」

 晴天と曇天の狭間を、銀色の光の筋が天に向かって伸びていく。それに気づいた村人が、興奮気味に声をあげた。

「佳月様じゃ! 龍神の佳月様が天に昇っていかれるぞ」
「ああ、ありがたや」

 自分たちの祈りを聞き届けて、こうして雨を降らした佳月に、村人たちは長く手を合わせ続けていた。