「は、ボサガノってアタシと同じ大学なの?」
「だからそのあだ名やめろって、ついでに言うと3年生。お前の先輩だからな」

 雑談の中で思わぬ情報を手に入れた。年中この店にいるからフリーターだと思ってたのに。

「ただまぁ、出席日数ヤバいからな。留年する可能性大……」
「なんだ、じゃあ来年には同学年じゃん!」
「お前も留年しなければ、の話だけどな」

 気がつけばボサガノとは、こうして軽口を叩き合うくらい仲が良くなっていた。
 あれから3週間。アタシはこのお店に毎日のように通っていた。1日1〜2時間、ここでプラモデルの作り方を教わるのだ。
 最初は、あの日私がパチ組みした(塗装や改造をしない、説明書通りの作り方をこう言うらしい)ロボットをグレードアップするところから始めた。部分的に色を塗ったり、例の折れたアンテナをシャープな形状に作り直したり。それだけで何倍もカッコよくなったからビックリだった。
 そそて今は、ボサガノ先生の指導のもと、2体目の作成を行っている。プラモのファンデーションことサーフェイサーを吹いて、本格的な塗装をするのだ。

「知れば知るほど思うんだけどさぁ、マジでメイクそのものなのね……」

 アタシは部品と部品の隙間にパテを埋めながら言った。サーデイサーを吹く前に、こうしてパテを使って継ぎ目を消してやると仕上がりが良くなると言うのだ。これはファンデ前にコンシーラーを使ってニキビ跡を隠すのに似ていた。
 そういえば、組み立てる前に洗剤を使って全ての部品を洗わされた。ボサガノ曰く、それをすると離型剤が落ちて、サーフェイサーや塗料の食い付きがよくなるのだという。メイク前にしっかり洗顔して皮脂を落とすのと同じだ。

 メイクだけじゃない。まさかセルフネイルの時にやっていたことがそのままプラモに応用できるとは思ってもいなかった。一体目が完成した後、ボサガノはポリッシャーとトップコートを使った艶出しの方法を教えてくれた。でも、アタシはその方法をすでに知っていた。ネイルの仕上げとやり方がほぼ同じだったから。

(なるほど、確かにアタシ向きなのかも……)

 一生縁のない趣味だと思っていたものに、楽しさを感じ始めアタシは妙に心が弾んでいた。
 
「で、アンタの方はどうなったのよ?」
「ほら、この通り」

 ボサガノはプラスチックのスプーンを見せてくれた。コンビニでプリンを買うと貰えるあの小さいスプーンだ。特殊な塗装をするときは、一旦このスプーンで試しイメージ通りにいくか確認するのだという。
 ボサガノが持つスプーンにはジェルネイルが乗っていて、キレイな虹色に輝いていた。

「あっ! うまくいったんだ!」

 コイツが今作っているヴェリタスのプラモは、アニメの設定では特別なエネルギーで動いているらしく、フルパワーを発揮すると機体の装甲が虹色に発光するのだという。
 その輝きをボサガノはラメでグラデーションをつけたジェルネイルで再現しようとした。でも、UVライトによる硬化の特性を掴みかねていたボサガノは、何度か失敗を重ねていたのだ。だからアタシがちょっとしたコツを教えてあげたというワケだ。

「アドバイスの通りにやったら表面が曇らなくなった。マジで助かった」
「でしょ、初心者やりがちなミスなのよあれ」

 コンテスト準優勝モデラーの手伝いができた自分を、少しだけ嬉しく感じてしまう。ふた月前に、コイツに意地の悪いクイズを出されていたのが嘘みたいだった。

「お、今日もるなちゃんいるんだ!」

 作業スペースにおじさんが一人入ってきた。

「あー嶋さん、おはようございまーす」
「女の子がいると場が華やいでいいよね」
「だーから嶋さん、今どきそーゆーのはセクハラだっての。アタシはお色気要因じゃなくて、ガチでプラモ勉強してんだから!」

 嶋さんは、この店の常連さんだ。定年後の趣味としてプラモを始めたらしくて、週に2~3回、この作業スペースに顔を出している。

「げっ! ルナまたいんのかよ」
「彼氏に振られていくと来ないんだろー」

 嶋さん以上にデリカシーの欠けた幼い声。嶋さんの後ろから、やはり常連の小学生二人が入ってくる。

「よーしユウキ、とタクヤちょっと来い!」

 今の発言、大人がやろうものなら即無視決定だったけど、まだ分別のつかない子供だからデコピンで許してやることにした。

「ってー」
「この暴力ギャル! そんなんだから彼氏にフラれるんだよ!」
「よし、タクヤはデコピンおかわり決定ね!」
「こらお前ら! 危ないからはしゃぐなっていつも言ってんだろ!」

 アタシと小学生二人がわちゃわちゃやってると、背後からややキレ気味にボサガノが言ってきた。

「あんまりふざけてると、3人ともエアブラシ使用禁止にするぞ!」
「やっべ!」
「ごめんなさーい」

 家でエアブラシなんて買ってもらうことも使うこともできない小学生にとって、ボサガノの脅しはクリティカルヒットらしい。すぐに二人はおとなしくなる。……ていうか、アタシもこのクソガキふたりと同じ扱いかよ!

「ほら、早く準備しろ。使い方教えてあげるから」
「うん!」

 二人は嬉しそうに、作成中の作品がしまってある常連客用のロッカーへ向かった。
 
 アタシにはあれほど無愛想だったボサガノだが、意外と子供の扱い方が上手い。

「あれで、嵯峨野くん教育学部だからね」

 ボサガノと小学生たちの様子を眺めていたアタシに、店長がそう言った。

「え、そうなんですか?」
「家族みんな先生で、本人も教師になること期待されてたらしいんだけど……あの通り模型一筋になっちゃってさ」
「ああ……」

 ボサガノの模型への情熱はちょっとどうかしている。店長の話によれば、寝食を忘れてナイフやエアブラシを握り続けてしまい、かつて店番のシフトをすっぽかすこともたびたびあったそうだ。以来、店長にこの作業スペース以外での模型制作を禁止されて、非番の日もこの店に入り浸っているのだという。

「アイツ、社会不適合者ですからね……」
「仕事中はマジメなんだけど、ねえ」
「二人とも、聞こえてるから!」

 アタシと店長が話していると、エアブラシの準備をしてるボサガノが背中を向けたまま言う。ちょっとムキになった感じに、アタシは笑ってしまった。

 定年後のおじさんにクソガキにダメ人間なボサボサ髪。学校に通い、ショータの家で夕飯を作るだけの日々だったら絶対に会わなかった人たち。
 彼らとの絡みに、いつの間にかアタシは妙な心地良さを覚えていた。