とはいえ、ちゃんとノートに返事があるかは知りたくて、部活終わりの下校時間ギリギリに、私は図書室へ行った。
 カウンター席では、委員の代理をしている菅原先輩が参考書を広げていて、私に気づくと無言でにっこり笑ってきた。
「やあ。今日も来たんだね」
 周囲を見渡しても机には数人の学生しかおらず、先輩に構うことなく参考書や本を広げている。
「先輩、もしかして図書委員の代理をしてることを周りに言ってないとか、ですか……?」
「言いふらす理由もないから。図書室にいるって知られたら女の子が来ちゃうし、ここは静かなのがいいし」
 先輩は参考書を片手に人差し指を唇に立てる。
「だから入江さんも、秘密でお願いね」
 先輩から放たれる眩しさに、めまいがした。こういうことを平気でやってしまうのが菅原先輩の怖いところだ。倒れそう。緊張で顔が引きつる。
「す、すみません」
 先輩ともっと話していたかったけれど、ここは図書室だしあんまりうるさくできない。私は我慢してノートのある書架に向かった。本と本の間に挟まっているノートを取り出し、一番新しいページを開く。

『好きな人がいるのは、素敵なことですね。
 僕にはそんな青春をすることすら許されないのが、とてもつらいです。
 やりたいことがあるのに、親に反対されています。
 いえ、反対はちょっと違うかもしれません。殴られたり物を投げられたりして、言うことを聞け、親の言う通りにすればいいんだ、と脅されています』

 字は下段にいくにつれて乱れていて、ところどころに涙の跡があった。

『すごくつらい。テストで一点でも下がったらなじられて。
 うちの中等部は部活が強制なのですが、それでも塾に通わされているので、夜遅くに帰って家でも勉強をしています。
 でも、そこまでしてなんのために勉強をやっているのか、今はわかりません。いい高校に行け、いい大学に行けって、親の期待に応えるだけに寝られない日々を過ごすことが、つらいです。抵抗する気もとっくになくなってしまいました。
 これで恋愛とかしたら、今度こそ親に殺されるんじゃないかと思います。
 あなたに死なないでと言われて、飛び降りるのをやめましたが、それをものすごく後悔しています。
 優しいあなたにこんな汚い本音を書いてしまう自分が、心底きらいです。こんな自分なら、こんなつらい人生なら、死んだほうがいいと思ってしまうんです。
 ごめんなさい』

「中等部……」
 この数日間のノートのやり取りは、どこか白昼夢みたいなふわふわした現実味のない気分だった。
 だけどこれは紛れもない現実だ。中等部に死にたいと思うほど苦しんでいる人がいるんだ。
 この学校の中等部は全員強制で一つ以上の部活に所属する必要があり、高校に上がると帰宅部も認められる。そうなったら少しは生活も楽になるかもしれないけど、高校まで耐えられる保証もない。
 頭上で下校のアナウンスが鳴り響いた。
 ゆっくりと文章を考えるには、ノートを家に持ち帰るしかなさそうだ。私はノートを学生カバンの中に入れて図書室の出口に向かった。
 カウンターでは、同じように下校の準備のため参考書をカバンに入れていた菅原先輩がこちらを見てキョトンした顔になる。
「あれ、何も借りなくていいの?」
 そうだ。下校ギリギリで図書室に来たからには、本を借りに来たと思うのが普通だ。何か適当な本を借りればよかった。後からそんなことを思い浮かぶ段取りの悪さがいやになる。
「はい、ちょっと調べ物をしていて」
 目の前に憧れの菅原先輩がいるのにまともに顔を見られず、私はうつむきながら図書室を後にした。