時間は少し巻き戻る。
残された僕は手持無沙汰になったから道行く人達を眺めていた。
「本当に別世界なんだ」
道行く人達は人間と違って楽しそうに遊んだり、飲み物や団子を食べたり、好きな風にしている。
その姿を見ていると羨ましいと感じるのは――。
「ガハハハ!おい、ここはマズイ酒しかないのかぁ!」
考え事をしていたら近くの店から大きな音が響いた。
何事かと視線を向けると二メートルを超える巨体が扉を壊しながらずかずかと出てくる。
手に金棒を持って、頭部から伸びる一本の角、そして、赤い肌。
赤鬼達が店を壊しながら出てきた。
「おいおい」
「赤鬼かよ」
「なんで、こんなところに」
遠くから妖怪達が怯えた様子で話している声が聞こえた。
「おい、こんなところに変なのがいるぞ?」
「ガハハハ、何だ、こりゃ?」
逃げる暇もなく、赤鬼達に包囲されていた。
囲まれた僕は成すすべもなく立っているしかできない。
蛇に睨まれたカエルとはこんな気持ちなのだろうか?
「おい、人間、こんなところで何やってんだ?」
「おいおい、ここは俺達の世界だぞ!お前みたいな……あん?」
赤鬼の一人が僕を視て目を細める。
「おいおい、コイツ、呪われているぞ?」
「あ?本当だな。もうすぐ死ぬんじゃねぇか?」
「……死ぬ?」
彼らの言っている事がわからない。
僕が死ぬ?
どういうことだ?
「死ぬなら丁度いい、俺達の遊び相手になってくれよ!」
「ガハハハ、おもちゃだな!」
「よし、俺だ!俺から行くぞ!」
殴られたと理解した時は地面に倒れていた。
口の中を切って、端からボタボタと血が流れる。
あばら骨のどこかを折ったかもしれない。
じくじくと痛みがくる。
「コイツ、生きている筈なのに死んでいるみたいな奴だな!」
赤鬼の一体が起き上がった僕へ拳を振り上げてくる。
先ほどの一発でこれほどのダメージだ。
迫る拳が直撃したら只で済まないだろう。
もし、この拳を受けたら死ぬかもしれない。
死ぬ?
死ぬ、
死ぬのか、僕は?
迫る死というものに不思議と僕は恐怖しなかった。
むしろ、楽になるのなら死にたいと思い始めている。
瞬間。
脳裏に明日夢さんの顔が過った。
その意味を理解する暇もなく気付いたら僕は赤鬼を投げ飛ばしている。
「は?」
「なぁ!?」
驚く赤鬼達。
相手は僕より図体がでかい。
けれど、殴ってくる勢いを利用して投げ飛ばした。
爺ちゃんから習っていた古武術が役に立つ。
両親に反対されてからはあまりやっていなかったけれど、体はまだ覚えているみたいだ。
「ペッ」と唾を地面に吐く。
唾液は血まみれで真っ赤だ。
その真っ赤な血をみていると視界がだんだんとおかしく。
「お前えぇ!」
赤鬼が突進してくる。
突進してくる鬼をギリギリのところで躱す。
別の赤鬼が拳を振り上げていた。
気付けば、僕はその赤鬼の懐へ入り込んで、顎へ掌底を放つ。
「ぐふぅ!?」
抗おうとする赤鬼を殴る。
――殴る。
――殴る。
――投げる。
――殴る。
――殴る。
――投げる。
――殴る。
「や、やめ、やめでぐれぇ!」
うるさいなぁ。
顔を掴んでそのまま地面へ叩きつける。
ぐしゃりと嫌な感触が手に伝わってきた。
あと一人。
後一体を叩き潰して、僕は――。
「そこまでだ」
誰かが僕の手を掴んだ。
手に感じた温もりに動きを止める。
「だ、れ?」
「落ち着け、骨が折れている」
「大丈夫、このくらい」
「阿呆」
誰かが僕の腹を突く。
ズキンと痛みが走る。
「痛い時は痛いと叫べ、何もかも抱えていたらいつかパンクするぞ」
「痛い……って、言っていいの?」
「当たり前だ。弱音を吐いたって許される」
誰かが僕を優しく抱きしめてくれる。
それだけの事なのに、とても温かく感じる。
僕は。
「新城……君?」
「落ち着いたか?あと、呼び捨てでいい」
僕は膝をついて彼を抱きしめてみたい。
慌てて離れようとしたら痛みで顔を顰める。
「やはり、折れているみたいだな。無理に動くな。手当を」
「このチビがぁあああああ!邪魔すんじゃねぇえええええええ!」
新城を叩き潰そうと赤鬼が拳を振り下ろす。
間に合わない!
迫る痛みに目をつむろうとした時。
「誰がチビじゃあああああああああああああああああああああああああ!」
最初、誰が声を上げたのかわからなかった。
気付けば、目の前にいた新城の姿が消えて、鬼の顔面にドロップキックを叩き込む。
赤鬼はぐらりとバランスを崩して倒れた。
「鬼風情がぁああああああ、もう一辺、言ってみろ!だ・れ・が、なんだってぇええええええ!」
倒れた赤鬼に跨ると胸倉を掴んでぐわんわぐわんと揺らしている。
「えっとぉ……」
「そこの小僧は身長が低いことを気にしてんのさ。不用意に貶したらあぁなる。覚えておくといい」
「えっと、はい」
ずるずると蛇のお婆さんが僕へ声をかけてくる。
「蛇骨婆って名前さね。解呪専門の漢方薬を販売してんのさ。アイツが落ち着くまで家で手当してやるからきな」
「あ、はい」
三十分後、新城は戻ってきた。
満足した彼の顔を見て、身長関係で貶すことはしないようにしようと心に決める。
「ソイツの怪我は?」
「特製の漢方薬を飲ませたから問題ないね。後は自然治癒に任せればいい」
頷いた新城へ蛇骨婆さんがあるものを差し出す。
「言っていた漢方薬、調合しておいたよ。今すぐ飲ませるかい?」
「……そうだな。さっさと飲んでもらうか」
「あの、待って欲しい。あの、僕の呪いってなに?」
僕の言葉に新城と蛇骨婆が動きを止めた。
「アンタ、説明していなかったね?」
「あぁ、時間が惜しくて」
ため息を零す蛇骨婆さん。
「坊や、アンタは呪いを受けている。それも、感情を蝕む呪いだよ」
「感情を蝕む?」
「本来は心の隙間につけこんで、意のままに操るような呪い……けれど、長い年月染みこんだ呪いは変異をして、お前の感情を徐々に消し去っていった。アンタの喜び、楽しむ気持ち、誰かを愛するといった気持ちを、ね。もっと放置したらアンタはいずれ物言わぬ人形になっちゃうだろうね」
「今からその呪いを解呪する薬を飲んでもらう。言っておくが解呪したとしても感情がすべて元通りに戻るわけじゃない」
差し出された薬を受け取る。
「苦いからぐぃっといけ!ぐいっと」
彼に促されて薬を飲む。
口の中に広がるなんともいえない味に顔を顰めながら一気にお湯で飲み干す。
「うへぇ」
口から紫色の変な煙が吹きだす。
しばらく煙が消えず、数分くらいしてようやく口から煙が消え去った。
「ゴホゴホ!」
「中々にひどい呪いさね」
「まぁ、解呪は成功だな」
少し離れた所で換気作業をしている二人。
「これで呪いは解除されたの?」
「あぁ」
掌をみる。
なんか実感がない。
「それだけ体に染みこんでしまっているということだね」
「ありがとうございます」
差し出してくれたお茶を飲む。
「さて、解呪も済んだから人間世界へ戻るぞ。もう二つ、やらないといけないことがあるからな」
「やらないといけない事?」
新城が僕を真っすぐに見る。
「雲川丈二、これからお前に呪いを掛けた相手に会う。もしかしたら最悪の未来が待っているかもしれない。それでも、ついてくるか?」
「どうして、僕にそんなことを?」
「真実を知る権利がお前にある。どうして、呪いを掛けられたのか、そんな疑問を知るべきだろう、だが、知った時に最悪な事実が待っていたりする。見たくなければ、目を閉じる選択肢もできる」
「行く」
少し悩みながら僕は答える。
「まだ、どうしてとか、そんなことを考えられないけれど、少しでも真っすぐに生きたい。それが真実を知るって事だったら。僕も行くよ」
新城は僕へ手を差し伸べる。
「行くぞ、雲川」
「うん」
差し出された手を掴んで僕は立ち上がる。
残された僕は手持無沙汰になったから道行く人達を眺めていた。
「本当に別世界なんだ」
道行く人達は人間と違って楽しそうに遊んだり、飲み物や団子を食べたり、好きな風にしている。
その姿を見ていると羨ましいと感じるのは――。
「ガハハハ!おい、ここはマズイ酒しかないのかぁ!」
考え事をしていたら近くの店から大きな音が響いた。
何事かと視線を向けると二メートルを超える巨体が扉を壊しながらずかずかと出てくる。
手に金棒を持って、頭部から伸びる一本の角、そして、赤い肌。
赤鬼達が店を壊しながら出てきた。
「おいおい」
「赤鬼かよ」
「なんで、こんなところに」
遠くから妖怪達が怯えた様子で話している声が聞こえた。
「おい、こんなところに変なのがいるぞ?」
「ガハハハ、何だ、こりゃ?」
逃げる暇もなく、赤鬼達に包囲されていた。
囲まれた僕は成すすべもなく立っているしかできない。
蛇に睨まれたカエルとはこんな気持ちなのだろうか?
「おい、人間、こんなところで何やってんだ?」
「おいおい、ここは俺達の世界だぞ!お前みたいな……あん?」
赤鬼の一人が僕を視て目を細める。
「おいおい、コイツ、呪われているぞ?」
「あ?本当だな。もうすぐ死ぬんじゃねぇか?」
「……死ぬ?」
彼らの言っている事がわからない。
僕が死ぬ?
どういうことだ?
「死ぬなら丁度いい、俺達の遊び相手になってくれよ!」
「ガハハハ、おもちゃだな!」
「よし、俺だ!俺から行くぞ!」
殴られたと理解した時は地面に倒れていた。
口の中を切って、端からボタボタと血が流れる。
あばら骨のどこかを折ったかもしれない。
じくじくと痛みがくる。
「コイツ、生きている筈なのに死んでいるみたいな奴だな!」
赤鬼の一体が起き上がった僕へ拳を振り上げてくる。
先ほどの一発でこれほどのダメージだ。
迫る拳が直撃したら只で済まないだろう。
もし、この拳を受けたら死ぬかもしれない。
死ぬ?
死ぬ、
死ぬのか、僕は?
迫る死というものに不思議と僕は恐怖しなかった。
むしろ、楽になるのなら死にたいと思い始めている。
瞬間。
脳裏に明日夢さんの顔が過った。
その意味を理解する暇もなく気付いたら僕は赤鬼を投げ飛ばしている。
「は?」
「なぁ!?」
驚く赤鬼達。
相手は僕より図体がでかい。
けれど、殴ってくる勢いを利用して投げ飛ばした。
爺ちゃんから習っていた古武術が役に立つ。
両親に反対されてからはあまりやっていなかったけれど、体はまだ覚えているみたいだ。
「ペッ」と唾を地面に吐く。
唾液は血まみれで真っ赤だ。
その真っ赤な血をみていると視界がだんだんとおかしく。
「お前えぇ!」
赤鬼が突進してくる。
突進してくる鬼をギリギリのところで躱す。
別の赤鬼が拳を振り上げていた。
気付けば、僕はその赤鬼の懐へ入り込んで、顎へ掌底を放つ。
「ぐふぅ!?」
抗おうとする赤鬼を殴る。
――殴る。
――殴る。
――投げる。
――殴る。
――殴る。
――投げる。
――殴る。
「や、やめ、やめでぐれぇ!」
うるさいなぁ。
顔を掴んでそのまま地面へ叩きつける。
ぐしゃりと嫌な感触が手に伝わってきた。
あと一人。
後一体を叩き潰して、僕は――。
「そこまでだ」
誰かが僕の手を掴んだ。
手に感じた温もりに動きを止める。
「だ、れ?」
「落ち着け、骨が折れている」
「大丈夫、このくらい」
「阿呆」
誰かが僕の腹を突く。
ズキンと痛みが走る。
「痛い時は痛いと叫べ、何もかも抱えていたらいつかパンクするぞ」
「痛い……って、言っていいの?」
「当たり前だ。弱音を吐いたって許される」
誰かが僕を優しく抱きしめてくれる。
それだけの事なのに、とても温かく感じる。
僕は。
「新城……君?」
「落ち着いたか?あと、呼び捨てでいい」
僕は膝をついて彼を抱きしめてみたい。
慌てて離れようとしたら痛みで顔を顰める。
「やはり、折れているみたいだな。無理に動くな。手当を」
「このチビがぁあああああ!邪魔すんじゃねぇえええええええ!」
新城を叩き潰そうと赤鬼が拳を振り下ろす。
間に合わない!
迫る痛みに目をつむろうとした時。
「誰がチビじゃあああああああああああああああああああああああああ!」
最初、誰が声を上げたのかわからなかった。
気付けば、目の前にいた新城の姿が消えて、鬼の顔面にドロップキックを叩き込む。
赤鬼はぐらりとバランスを崩して倒れた。
「鬼風情がぁああああああ、もう一辺、言ってみろ!だ・れ・が、なんだってぇええええええ!」
倒れた赤鬼に跨ると胸倉を掴んでぐわんわぐわんと揺らしている。
「えっとぉ……」
「そこの小僧は身長が低いことを気にしてんのさ。不用意に貶したらあぁなる。覚えておくといい」
「えっと、はい」
ずるずると蛇のお婆さんが僕へ声をかけてくる。
「蛇骨婆って名前さね。解呪専門の漢方薬を販売してんのさ。アイツが落ち着くまで家で手当してやるからきな」
「あ、はい」
三十分後、新城は戻ってきた。
満足した彼の顔を見て、身長関係で貶すことはしないようにしようと心に決める。
「ソイツの怪我は?」
「特製の漢方薬を飲ませたから問題ないね。後は自然治癒に任せればいい」
頷いた新城へ蛇骨婆さんがあるものを差し出す。
「言っていた漢方薬、調合しておいたよ。今すぐ飲ませるかい?」
「……そうだな。さっさと飲んでもらうか」
「あの、待って欲しい。あの、僕の呪いってなに?」
僕の言葉に新城と蛇骨婆が動きを止めた。
「アンタ、説明していなかったね?」
「あぁ、時間が惜しくて」
ため息を零す蛇骨婆さん。
「坊や、アンタは呪いを受けている。それも、感情を蝕む呪いだよ」
「感情を蝕む?」
「本来は心の隙間につけこんで、意のままに操るような呪い……けれど、長い年月染みこんだ呪いは変異をして、お前の感情を徐々に消し去っていった。アンタの喜び、楽しむ気持ち、誰かを愛するといった気持ちを、ね。もっと放置したらアンタはいずれ物言わぬ人形になっちゃうだろうね」
「今からその呪いを解呪する薬を飲んでもらう。言っておくが解呪したとしても感情がすべて元通りに戻るわけじゃない」
差し出された薬を受け取る。
「苦いからぐぃっといけ!ぐいっと」
彼に促されて薬を飲む。
口の中に広がるなんともいえない味に顔を顰めながら一気にお湯で飲み干す。
「うへぇ」
口から紫色の変な煙が吹きだす。
しばらく煙が消えず、数分くらいしてようやく口から煙が消え去った。
「ゴホゴホ!」
「中々にひどい呪いさね」
「まぁ、解呪は成功だな」
少し離れた所で換気作業をしている二人。
「これで呪いは解除されたの?」
「あぁ」
掌をみる。
なんか実感がない。
「それだけ体に染みこんでしまっているということだね」
「ありがとうございます」
差し出してくれたお茶を飲む。
「さて、解呪も済んだから人間世界へ戻るぞ。もう二つ、やらないといけないことがあるからな」
「やらないといけない事?」
新城が僕を真っすぐに見る。
「雲川丈二、これからお前に呪いを掛けた相手に会う。もしかしたら最悪の未来が待っているかもしれない。それでも、ついてくるか?」
「どうして、僕にそんなことを?」
「真実を知る権利がお前にある。どうして、呪いを掛けられたのか、そんな疑問を知るべきだろう、だが、知った時に最悪な事実が待っていたりする。見たくなければ、目を閉じる選択肢もできる」
「行く」
少し悩みながら僕は答える。
「まだ、どうしてとか、そんなことを考えられないけれど、少しでも真っすぐに生きたい。それが真実を知るって事だったら。僕も行くよ」
新城は僕へ手を差し伸べる。
「行くぞ、雲川」
「うん」
差し出された手を掴んで僕は立ち上がる。