「なぁ、雲川君」

放課後、友達と一緒に帰宅して一人で帰れると少し気分が良かったところへ男子生徒の一人が声をかけてくる。
確か、サッカー部に属している子だったと思う。

「なに?」
「これ、油目さんに渡してくれないかな?」

差し出されるのは一つの便箋。
便箋の正体はわかる。
クラスにいる男子達は油目と親しくなれないとわかると友人、知人を通して親しくなろうと考えた。
つまり、僕だ。

「何通も送っているんだけど、返事が貰えなくて」

目の前の男子生徒もラブレターの返事が貰えないからこうして僕を通して接点を持とうと考えたんだろう。

「悪いけど、僕はそういうことを引き受けていないから本人へ渡してほしい」
「それは、そうなんだけど」
「僕は用事があるからこれで」

この教室、学校に休める場所はない。
家も彼女が訪れる事から休めない。
唯一、僕が休めるのは塾だ。



















一週間のうち三日間だけ通える進学塾。
中学の時に成績が悪く、彼女の目指している学校へ進学できるようにと珍しく親に言われて自分で見つけた場所。
油目は勉強が嫌いで塾に行きたがらない。自分の為という事で満足してくる事がない。
最初は苦痛だったけれど、今は勉強することに楽しさを見出していた。
彼女と接する時間がないという事もよりやる気の一つかも。
授業を終えて自主教室でギリギリまで勉強をする。
遅くまで勉強をすれば、就寝時間が早い油目と会う事がない。
その為の手段だったけれど。

「こんばんは、雲川君」

最近は、違ってきた。

「やぁ、明日夢(あすむ)さん」

黒髪を揺らしながら僕に話しかけてくるのは塾で同じクラスの明日夢彼方(あすむかなた)さん。

「あ、数学の勉強しているんだ。数学って難しいけれど、楽しいよね?パズルみたいで」

笑いながら僕の前の席に座ると教材を広げる。
彼女との出会いは一方的に絡まれた事だった。

――キミに負けないからね!

塾内で行われた実力テスト、一位ではなかったけれど、上位の成績に入れた僕を彼女はライバルと称して話しかけてくるようになった。
油目以外の異性と触れ合う機会がなかった事から最初はどうすればいいかわからなかったけれど、今は良き話し相手で友人だと思う。

「ねぇ、雲川君」
「なに?」
「今度の日曜日、予定ある?」
「え?」

数学の問題と思っていたら違う質問にペンを動かす手を止める。

「どうして?」
「実は、これ」

明日夢さんが鞄から取り出したのは二枚のチケット。
遊園地のチケットだ。
小さい頃に油目に連れられて一回、行ったきり。

「どうしたの、それ?」
「懸賞で当てたの!二枚手に入れたから、暇なら一緒に行かない?」

他の人からの誘いだったら断っていただろう。
けれど、

「ちょっと待ってね」

僕は携帯端末を取り出す。
カレンダーを確認する。
携帯電話のカレンダーに油目の予定が逐一、入っていた。
僕が入れた訳でなく、親から無理やり入れさせられたカレンダーの予定。
何かアレア彼女を助けるようにと命令されたもの。
幸いにも遊園地の予定については空白で何もなかった。

「うん。行ける」
「やったぁ!遊園地、楽しもうね!」

両手を挙げて大きな声を上げる明日夢さん。
しばらくして、周りで自習している生徒達の視線が集まっている事に気付いて謝罪して席に座る。

「ごめん」
「ううん、大丈夫」
「どうせだから連絡先、交換しよう!」
「え、でも」
「次に会えるのが金曜だけど、それまでに色々と予定を決めておきたいから!」

彼女がそういって携帯端末を出す。
自然と僕は彼女と連絡先を交換する。
いつもは家に帰ることが億劫なのに、今日は不思議と気持ちよく帰る事ができた。