僕の記憶が確かなら油目くるみの家の中はファンシーなものが沢山、置かれていて。
ピンク色というのが印象だった。

「何、ここ」

でも、目の前に広がるのは不気味な絵画や怪しい置物など、真っ黒な世界だ。

「お前の記憶と齟齬があるみたいだな。まぁ、そういう認識を与える置物があるからな」

チョンと置かれている変なオブジェを突きながら新城は靴を履いて中に入る。
続いていくとやはり僕の記憶と異なっていく。
綺麗な家という印象から、ゴミや様々なものが散らばっている。
ゴミ屋敷みたいな光景に驚きを隠せない。

「あぁ、そうそう。これ」

新城は思い出したように懐から道具を取り出す。
銀色に輝く細長い棒のようなもの。

「これって」
「怪異から身を守る為の術だ。見た目は十手だが、万能だ。怪異相手に素手で挑むより何百倍も増しだ」
「わかった」

彼から受け取った十手はずっしりと重たかったけれど、不思議と手に馴染んだ。
ずんずんと迷わず進んでいく新城がたどり着いたのは油目くるみの部屋。

「彼女が僕に呪いを?」
「あぁ、術者の痕跡を追いかけてきたらここについた。さぁ、行くぞ」

新城が扉を開けようとした時。

「ヤメロ!」

後ろからドタドタと音がして新城へ飛び掛かろうとした相手が視える。
僕は咄嗟に足払いして十手を相手の顔へ叩き込んだ。

「ぐふぅ!」

鼻を抑えながら地面にのたうち回る相手をみて僕は動きが一瞬、止まる。

「父さん?」

地面にのたうち回っている相手は僕の父さんだった。
少し前に散々、殴られていた事で迎撃することに抵抗の類はなかった。
何より父さんは明らかに正気を保っていなかった。
目は怪しく動きながら口の端から涎がとめどなく零れている。

「父さんは一体」
「呪いで大分、精神をやられているみたいだな。長期の治療が必要だが、今は寝ていろ」

懐から札を取り出した新城はそのまま父さんの額へ貼り付ける。
父さんはビタンビタンと怪しい痙攣をした後に動かなくなった。

「これ、大丈夫なんだよね?」
「意識を封印した。問題ない」

新城の傍には気絶した母さんがいる。
どうやら不意打ちを仕掛けようとして新城に倒されたみたいだ。
僕は倒れている両親になんといえばいいのかわからない。
これが呪いだというのなら仕方ないといえるのだろうか?でも、僕は散々、暴力を受けてきた事で……で許せるのだろうか。

「今は無駄な事を考えるな」

バンと新城に肩を叩かれる。

「こいつらは後でなんとかできるからな。問題はこれから向かう先にある」
「……わかった」

意識を切り替えて新城の後に続いて油目の部屋に入る。
その先は今までの部屋よりもっと酷いところだった。
壁は赤い文字で不気味な絵等が描かれ、ベッドの類はなく、部屋の中心に怪しい置物や呪文のようなものが描かれている。
これが油目くるみの部屋だと事前に言われていたとしても信じられない。

「この部屋が」
「うへぇ、十年分呪いだから酷いな」

顔を顰めて服の袖で口元を抑えている新城。
後でわかった事だけれど、祓い屋のような特殊な力を持っている人達からするとこういう呪いの部屋というのは腐臭に近い匂いというのがあるらしい。

「これ、どうするの」
「解呪する。少し派手な事になるけれど、まぁ、大丈夫だ。新城、誰も部屋に入れるなよ」
「わかった」

ドアの前に立つと、新城は懐から様々な瓶を取り出して周囲へ振りまいていく。
やがて、不気味な部屋に緑や白といった砂のようなものが満遍なく降り注いだ。

「後は術式を発動すれば」
「やめて!」

部屋に繋がる廊下。
そこに油目くるみが立っていた。
必死に走ってきたのだろう、汗だくな顔は化粧が崩れて酷いことになっている。
血走った目は僕ではなく奥にいる新城へ向けられていた。

「何するつもり!?」
「決まっている。こんなふざけた夢物語をぶっ壊すのさ」
「貴方に関係ないでしょ!どうして最低な事をするの!?」
「お前にとっての話だ。こんな怪異に頼らないと男の一人縛り付けられない奴の気持ち何か理解もしたくない」

新城を止めようとする彼女を僕は十手を構えて止める。

「ジョーちゃん!何をするの!?止めないといけないの!私達の幸せな生活がなくなっちゃうのよ!?」

普段ぽわぽわしていた彼女が必死になって止めようとしている姿は初めてだ。
いつもなら嫌々ながらも従っていただろう。
でも。

「キミがこんなことをして、両親をおかしくしたんだね」
「みんなが幸せになる為に必要な事だったの」
「違うだろ」

ふつふつと湧き上がる感情はおそらく怒りだ。
でも、それ以上に。

「キミの幸せの為だ。キミが幸せになりたいだけに周りを犠牲にしている」

だから、哀れなキミにこれ以上、良くない事に手を染めて欲しくない。

「キミの事は大嫌いだ。これ以上、最悪な事はさせない。新城!」
「はいよ」
「やめてぇええええええええええ!」

新城が何かを告げた途端、室内が真っ白に染まり、そして、こと切れた人形の様に油目は崩れ落ちた。