「お前、呪われているな」

保健室で僕の額へ指を突き付けながら彼は告げる。
僕はその言葉に意識が真っ暗になった。










丈二(じょうじ)、アンタ、早くくるみちゃんを起こしにいってきなさい」

僕の人生は決められている。
目覚ましが鳴る前に母さんに起こされた。

「くるみちゃんが待っているんだから早くしなさい、ふぁわぁ」

母さんはそういうと部屋を出ていく。
きっと、部屋に戻って眠るんだろう。
欠伸を噛み殺しながら時計をみると四時。
こんな早くに彼女の家に行ってどうしろというのか。
抗議した所で彼女を待たせるなと一喝されるだけだろう。
何度も思った気持ちをしまい込む。
僕はため息を吐きながらもジャージに着替えて家の外に出る。
空は暗く、太陽はまだ昇っていない。
こんな早くに他人の家へ向かっても迷惑でしかない。
ランニングでもして時間を潰す。
日課のランニングを始めた。












六時になった所で一旦、家へ戻る。
両親はまだ寝ていた。
僕に早く起きて家を出て行かせながら惰眠をむさぼっている。
その事に思わないことはないけれど、何か言ったところで変化はない。
シャワーを浴びて、制服に着替える。
家を出て、そのまま少し離れた所にある一軒家へ。
油目と書かれている表札。
ドアをノックしようとした所で開いた。

「おはよう!ジョーちゃん!」

彼女は薄桃色の髪をツインテールにしていて、身長はそんなに高くないけれど、高校の制服を可愛く改造している。
多くの人が彼女を可愛いと答えるだろう。童顔だけれど、染み一つない肌は日の光を受けて輝いているようにみえた。

「今日も良い天気だね!」
「そうだね」

笑顔で話しかけてくる彼女に僕は淡々と話しかける。
彼女は油目(ゆめ)くるみ。
僕と同じ高校生で幼稚園から面識のある、いわゆる幼馴染の関係。
だけど、僕は彼女が苦手だ。
明るくて誰とも親しくなる彼女と比べると僕は一定数の親しい人がいればいいと思うタイプ。
そんな彼女がどういうわけか僕と一緒にいようという。

「幼馴染だからでしょ?」

どうしてと聞いた時に返ってきた返事。
加えて両親も彼女を気に入っており、世話を焼くようにと厳命している。
断れば、どうしてやらないのか等とお説教を受けてしまう。
まるで僕が悪いみたいに。

「学校、行こ!」
「うん」

淡々と会話をしながら僕は学校へ向かう。
向っている高校は都内でもレベルの高い学校。

「うへぇ、勉強大変だよう」

学校が近づくにつれてうんざりという表情をしている彼女に僕は何も反応しない。
元々、勉学が得意でない彼女と別れる為にこの高校を選んだのだけど「一緒に行きたい!」という訴えを聞いた両親が優秀な家庭教師を雇ってギリギリのところで合格した。
その話を聞いた時に思ったのは怒りとかそういうものじゃなかったと思う。
今はどうでもよい。

「ねぇねぇ、ジョーちゃんは部活どうするの」
「考え中」

本当は剣道部を考えている。
両親は反対しているが祖父から古武術を習っていた事もあり、その腕前がどこまで通用するのか試してみたいという気持ちがある。
けれど、運動嫌いの彼女に話せば反対される。

「あんなの暴力だよ」

興味本位で祖父と一緒にやっている古武術をみた彼女の感想がそれだった。
どれだけ説明しても暴力と一括りされて以降、彼女の前で古武術の話はしていない。
両親も祖父と折り合いが悪く、油目が反対した事から僕が古武術を習う事を赦していなかった。
部活の件も教えたら反対して両親へ告げ口されるかもしれない。
油目くるみを娘のように大事にしている両親にとって最優先すべきは彼女の安寧なのだ。
だから彼女に本当の事は話さない。
話した所で理解なんてしてくれないのだから。

「そうなんだぁ、くるみは帰宅部にしようかなぁ~」
「どこかに入らないの?」
「うーん、興味ない」

少し考えるように顎へ手をあてながら笑顔で答える。

「そうなんだ」

どこかの部活に入ってくれれば良かったのに人生は思い通りにいかないものだ。
校舎に入って、下駄箱で靴を履き替える。
油目の靴から沢山の便箋が出てきた。
数えきれないほどの便箋があふれ出して床に落ちていく。
中身はみなくてもわかるラブレターだ。
油目くるみはモテる。
入学して一カ月未満の間に同学年内でトップと言えるほどの人気を持っていた。
もう一人、美人な女子がいるらしいけれど、噂に興味がないから詳細は知らない。

「うん、ポイ」

彼女は下駄箱の便箋をまとめて、近くのゴミ箱へ入れる。

「捨てる前に読んであげるくらいしょうよ」

男子達が勇気を振り絞って書いた便箋をあっさりと捨てる彼女に苦言をいれてみる。
まぁ、結果は変わらないけれど。

「興味なし!ジョーちゃんがいるから」
「そう」

僕と彼女は付き合っていない。

「大好きだよ!ジョーちゃん!」

いわゆる幼馴染の関係でそれ以上でも以下でもない。
両親が異様に彼女を溺愛しているけれど、僕としては関わることに抵抗がある相手だ。
彼氏とかできたら離れてくれる……という淡い期待は既にない。
ただ、話すことに勇気が持てずに手紙という形で行動を示した男子達が哀れに思っただけだ。
教室に入ると彼女は仲の良いクラスメイトと話始めた。
自分の席に座るとうつぶせになる。
起きていると油目が話しかけてきて、トップカーストの人達まで僕の方に集まってしまう。
トップカーストの人達は同い年と思えないくらいに化粧や身だしなみに気を使っていて別世界の人達みたいで話をすることに抵抗があった。
彼女達の目当ては僕ではなく油目だ。