私の空は、七十八億個ある。

 瞼にほのかな温かみを感じ、ゆっくりと目を開ける。太陽の光が瞳孔を刺激し、加減を調節して、爽やかな気配を連れてくる。

 朝だ。
 今日もまた、いつもと同じ朝が来た。
 
 私はほっとして、息を吸う。甘い空気を肺いっぱいに吸い込みながら、何度かまばたきを繰り返す。

 耳を支配するのは、無機質な時計の音と、モニター音。私の心臓が動いていることを教えてくれる音。私の時間が流れていることを教えてくれる音。
 
 三十分くらいぼんやりしてから、サイドテーブルのリモコンを手に取る。テレビをつけると、遠い国の紛争の情報や、ここではないどこかの干ばつのニュースが流れていた。

 テレビを見つめていると、とんとんとん、と扉がノックされる。
 看護師さんが顔を出した。
 
「おはよう、みらいちゃん。体調はどうかな?」

 看護師さんが優しく微笑む。

「うん、顔色もいいね。今日はどんな夢を見れたのかな?」

 今日は宇宙飛行士になって、宇宙ステーションで私の病気の研究する夢を見たんだ。

 今日の夢は楽しかった。すごく、すごく生きてるって感じがした。宇宙から地球を見ることもできたし。
 でも、パッと目を覚ましたら、ここにいた。仕方ないけどね。

「今日も一日頑張ろうね」

 私は毎日、夢を見る。
 ある夜は猫になって裏路地散策をしてみたり、またある夜は鳥になってこの窓の外に飛び出して、海の上を羽ばたいていたり。

 その夢が、私に生きている疑似体験をさせてくれるおかげで、私は生きていられる。
 
「今日は暖かいから、少し窓開けようか」

 
 すう、と息を吸っては吐き出す。今日もちゃんと目が覚めた。そのことに、私は心から安堵する。

 看護師さんが窓を開けると、光を反射したガラスがからからと桟を滑っていくと同時に、波の音がモニター音と喧嘩を始める。
 
 四角い窓枠に切り取られた、狭い空を見上げる。今日の空は真っ青で、その向こうには、青と白がとろりと混ざったような、ぼやけた水平線。

 この世界には、七十八億もの空がある。

 今日、この空のどこかでは、鉄の雨が降っていて、命が消えている。また、別のどこかでは産声が上がっている。歓声が吸い込まれる空のとなりで悲鳴が、すすり泣く声が、笑い合う声が響き、交わっている。

 私は、静かに今日を過ごす。
 ベッドの上で、完結する一日。
 行きたいところに行くことはできないし、食べたいものも好きに食べられないけれど。

 大丈夫。私には、毎晩楽しみにしている夢があるから。

 響くのは、看護師さんの声とモニター音。

「……早くみらいちゃんが目を覚ましますように」

 看護師さんはベッドの上で眠る私に優しく微笑む。窓から入り込んだ風が、看護師さんがとめ忘れたカーテンとダンスを躍る。

 いつか、いつか。
 この夢が現実になればいい。そう思って、毎日私は夢を見る。
 
 七十八億分の一の空の下、私は今日という日を生きている。