あれ。
ふと空気が揺れ、黒藤はそちらへ視線を送る。
電柱の影に、しっぽが見えた。猫かな。
《黒藤》
「わかってる。遅刻しない程度に、な」
無月に答えてから、黒藤は電柱の方へ歩いた。
すると、ひょっこり顔を出してくる。真っ黒の猫だった。
……やっぱりか。
左手に印を組んで、結界を張る。
人の往来があるから、普通の人には気取られないようにしないと。
「おいで」
しゃがんで手を差し出すと、警戒の瞳で見て来る。
……死霊。動物霊でありながら、現世に心残りがある。いや、こいつは飼い猫だったな。
……ここで飼い主が亡くなったのか。
この猫自身は老衰で死んだが、この辺りで事故死した主人を探してここまで来てしまったようだ。
ここにほかの霊体は感じられないから、事故死した主人はもう昇天しているようだ。
……これは白桜の得意である記憶回顧の術と似た効果を得られるが、黒藤の場合勝手に対象の情報が流れ込んでくる。
……鬼の血の影響か。
冬芽の依頼で黒藤が最初に桃子に逢ったとき、流れ込んで来た桃子の記憶――情報の中に、在義の姿があった。
さすがにそのとき流夜のことまで知れなかったけど――『美流子』の記憶にある流夜は赤ん坊だ――、華取在義の妻であることがわかればあとは現実の情報を集めるだけだ。
縁(えにし)の妖異である縁を使って、華取在義に縁(えん)のある者を探った。
その過程で知ったのが、華取咲桜、神宮流夜だ。
縁の顔色が変わったのは流夜の存在をとらえたとき。
流夜と桃子に縁があると知って、更に深く探れば二人は戸籍上の姉弟だった。
――白桜を冬芽と逢わせるより前に、黒藤は『答え』までたどり着いていた。
だが、黒藤は白桜を頼った。
白桜に惚れているから、なんて不埒な理由じゃない。
この件は白桜が関わってくれないと円満に解決できないと思ったからだ。
白桜の、ごくたまに使命よりも感情に引きずられる弱点とか、対象に感情移入し過ぎてしまうところとか、そういう人間らしさを持ち込まないと、桃子も冬芽も納得出来る解決案を講じられないと思ったんだ。
俺には、ないものだから。