「華取桃子さん――」

真夜中を過ぎた鬼の屋敷。

その一室で小さくなっている黒髪の女性の前に膝をつく。

「貴女が逢いたがっているのは、旦那さんか? それとも娘さんか? ……あるいは、弟か?」

最後の言葉に、桃子ははっと顔をあげた。

涙のあとがついた頬。

どれだけのことがあってこの姿になったのか……。

「神宮美流子……貴女の名前だな?」

白桜の誰何(すいか)に、桃子は唇を引き結んで真っ直ぐに見つめてくるだけで、応答はない。

「明日、神宮流夜と華取咲桜が出かける先を突き止めた。もし貴女がそこへゆく気があるなら、俺ともう一人の陰陽師――当代最強と言われる陰陽師が、責任を持って貴女を連れて行こう。ゆくかゆかないかは、貴女が決めることだ」

桃子は、ただ真っ直ぐに見て来る。

……昼、白桜が遣いに出した無炎は、華取咲桜と神宮流夜の写真も持って来た。

娘は母――桃子によく似た面差しをしていた。

桃子の血縁である流夜は、どことなく似ている、程度であった。

「………」

桃子は口を開かず、軽く頭を上下させた。

「――桃子!」

襖を吹っ飛ばす勢いで、冬芽がやってきた。

桃子のところまで突き進んで来た。

桃子は、座ったまま冬芽を見上げる。即座に膝を折る冬芽。

「桃子……行って、しまうのか?」

冬芽の切なげな響きに、桃子の表情は揺れた。

何かを言おうとしたのか薄く口を開いたが、すぐに閉じた。

「行かないでくれ」

冬芽は、強い響きで迫る。

「行かないで、ここで俺の妻になってほしい」