この術では、対象が忘れている――記憶から消していたり、思い出したくがないために忘れたと思っている記憶まで呼び覚ます。

白桜が対象の記憶を『見る』だけでなく、対象に『思い出させる』ため、危険性も伴う。

人は、死んでしまいたいほどの記憶も抱えて生きているから。

桃子に記憶を呼び覚ませても問題がないかの判断は、術を行使する白桜がするしかない。

歓迎されていないことは承知で、鬼の屋敷を進む。

「白、俺は一度逢っているから、今日はやめておく」

「そうなのか?」

白桜を桃子に集中させるためだろうか、黒藤は部屋の前でそう言った。

冬芽が襖(ふすま)をあける。

中にいたのは、泣きぬれた、黒髪の美しい女性だった。





「気が進まない、ってカオだな」

冬芽との対面、桃子との対面を終え、白桜は一度御門別邸へ戻った。

私室の文机(ふづくえ)に向かっていると、縁側で片足を伸ばして座る無炎が様子を見て来た。

「まあ……見ての通りだ。あの状態で、術式をかけるのは危険だ」

対面した桃子は、顔全部で泣いているのかと思うほど、後から後から涙がこぼれてきていた。

白桜の問いかけには声で返事はしないまでも肯くし、ときたま白桜の顔を見て来ることもあった。

自我はしっかりとあるようだが、不安定としか言えない。

「お前が桃子の記憶に潜り込むことは出来ないのか? 桃子に気取られないように」

無炎が片方立てた膝に頬杖をついて白桜を見て来る。

「無理だな。不可能ではないが、桃子に気取られないように、というのが難しい。いっそ自我もないくらい落ちているのなら無理にでも介入するが、意識ははっきりしている。俺が桃子の記憶に潜り込めば、桃子はそれに気づくだろう」

「桃子に自我あることで、むしろ出来ないことか……」

無炎もため息をつく。