《言ってやるな。無炎》
珍しく無月(むつき)が喋った。やや呆れ気味に。
この無月、面立ちは黒と無炎とそっくりなんだが、よく喋る二人と違って寡黙(かもく)だ。
無炎のように普通の人間にも見える姿、人型(ひとがた)をとることはなく、あまり顕現(けんげん・姿を見せること)することもない。
《天音を連れて来なかっただけ感謝しろよ? 黒坊》
無炎がまた余計なことを言う。
天音は白桜の最初の式で、白桜に対してかなり過保護だ。
「俺は天音にも逢いたいんだけどなー」
「やめておけ。首刎(は)ねられる」
ガチでな。
天音はそのくらい、黒藤に対して攻撃的だ。
「うーん……天音は白の母君も同じだから、どうにか認めてもらいたいなあ」
「何を認められるんだ、阿呆」
黒藤のこういう軽口はいつものことだとわかっていても、いちいちつっかかってしまう。誤解を招きしかしないから。
――黒藤が、堂の扉に手を触れる。
途端、まだ扉も開いていない堂から風が巻き起こって、あっという間に白桜たちを包んだ。
空いている手で目の辺りをかばって、薄目で状況を把握する。
風は白桜たちを取り巻いて、すぐに消えた。
消えたときに立っていたのは、月の光も届かない山の中だった。
「ん。予定通り。お迎えも来てるな」
黒藤が呟くと――白桜の手を離さないままだったので、白桜から腕を引いて離させた――、がさりと樹が揺れる音がして、いくつかの影が闇の中に現れた。