「涙雨は死にかけを保護したんだ。治ったら自然に還るかなーって思ってたんだけど、陰陽師ってのが面白かったらしくて、自分から式になりたいって言って来た」

「お前はほんと、式に好かれる主だな」

それは黒藤の美点だ。

自分の式を配下として見ない、自分と同列に扱う主だ。

「だって、あいつらがいるおかげで俺、独りじゃないからな」

年相応の少年らしい笑顔を見せる黒藤。

白桜は黙るしかなかった。

「………」

黒藤の母、紅緒は十六年前に眠りにつかれて以来、いつ目覚めるとも知れない。

黒藤は生まれが少し厄介で、小路内部では扱いに困られている。

いわゆる腫れもの扱い、といやつだ。

黒藤の陰陽師としての強さは、御門流の人間も認めるもの。

黒藤を当代最強の名で呼ぶのは、小路流や御門流だけではない。

小規模な他流派でもその名が通るくらいだ。

「そうだ。今度、今いる庵に来ないか? 涙雨のこと紹介したいし、縁も逢いたがってるからさ。百合姫にも」

……そう言われると弱い白桜だ。

涙雨のことは気になるし、縁にもまた逢いたい。

……………。

なんと返そうか考える。

「……百合姫が縁に逢いたがってたから、今度連れて行く」

……何故正直に俺も縁や涙雨に逢いたいと言えない、と少し自責の念が生まれてしまった。

自分はどっかで性格をひねってしまったらしい。

いつも斜めの方向の言葉しか言えない。

「それで、依頼を請けたのは天龍にいる頃なのか?」

黒藤は幼い頃は都内にある、影小路別邸にいた。

紅緒がそこを拠点に活動していたからで、当主を継いだ逆仁翁も拠点としていた。

眠った紅緒の身体は天龍にある本邸にかくまわれたが、黒藤はそのまま別邸で過ごしていた。

逆仁翁が黒藤の育て親となったからだ。

だから、白桜と百合緋も黒藤とは幼馴染という感じになっている。

そんな黒藤が天龍――つまり本家に引っ込んだのは、跡目争いで色々あったからだ。

最強と言われる黒藤を担ごうとする連中と、黒藤に流れる鬼の血を危険視して今の当主から別の者へ譲られることを望む者、水面下の攻防だ。