──7day
その日、蒼からの連絡はいつもより随分早かった。ちょうど良かった。昨晩からほとんど眠れなかったから。
──『海で10時に待ってる』
私はブルースターに似ている青い小花柄のワンピースを着ると早めに家を出た。水色の自転車を海辺の入り口に停め、いつも蒼と座る砂浜へ行くが蒼はまだ来ていない。
「蒼を待つの……初めてだな」
穏やかな波音が聴こえてきて、蒼との思い出が波に乗って寄せては返す。
たった七日間だったのに、もっと蒼と長い時間を過ごしていたかのような錯覚を起こす。いつも蒼は私を待ちながら、どんなことを考えてたんだろう。
「……月瀬おまたせ」
振り返れば階段から大きなボストンバックを持った蒼が砂浜へと降りてくる。
「蒼……それ……」
「うん……少し話そ。月瀬の夢も持ってきたし」
蒼は砂浜の上にボストンバックを置き、その上に肩からかけていたギターのケースを乗せ紙袋だけを手に持った。
「おいで」
蒼に手を引かれて砂浜を波打ち際まで歩いていく。今日もよく晴れていて、海のむこうに水平線が一直線に見えている。
「いい天気だな」
「だね」
蒼に手を引かれるのも、こうして話をするのも最後だと思うとやっぱり晴れ渡った空も海も涙の色に見えた。海水に濡れないギリギリのところで蒼が足を止めると蒼が私から手を離して向き直った。
「今日で……七日目だな」
「うん……あっという間だった」
「……で、俺さ。今日東京に行くことにした。もう、家には戻らないと思う」
「え……?」
元々七日間限定の恋愛ごっこだ。それでもこの街に住んでいる限り、どこかでまた蒼に会えるような気がしていた私は言葉を失った。
「元々、今日新幹線のチケット取っててさ……正直悩んだけど……やっぱり行く。夢もう一回だけ追いかけてみたいから」
蒼の言葉に私はキュッと唇を噛み締めて想いを呑み込んだ。
「そっか……蒼……あの、家とかは?どうするの?」
蒼が東京へいき夢を追いかけるのは応援したい。蒼が決めたことなら尚更だ。でもまた蒼がしらない女の人の家を転々とするのだけはどうしても嫌だった。
「うん、SNSで知り合った同じ音楽仲間とシェアハウスで暮らすし、楽器店でのバイトも決まってるから、大丈夫。ちゃんとしたとこに住むから」
「分かった……頑張ってね……」
もっと上手に返事がしたいのに蒼が遠くに行ってしまうと思うと涙を我慢するので精一杯だ。
蒼が眩しそうに目を細めて水平線を見つめた。
「行ってくるな、あっち向かって」
そして振り返ると蒼が唇を持ち上げた。
「俺、月瀬の小説好きだよ」
「えっ?蒼……もしかして読んだの?」
「まぁ、その預かってる間にチラッとのつもりがガッツリと……その恋愛小説自体、俺初めて読んだ」
蒼が恥ずかしそうに頬を掻くのを見ながら私の頬もピンクに染まった。
「確かに……拙いとこもあったけどさ……でも素直に伝わってきたよ、月瀬の飾らない真っ直ぐな想いが詰まってた。小説のことはわからないけど、俺は月瀬の書く文字っていうか言葉が好きだな」
「あ……りがと」
「えっと、どういたしまして」
蒼は照れ臭そうに掌を首元に当てた。心臓はもういつから早くなっているのか分からない。私は潮風を吸い込むと深呼吸する。
「……蒼、あのね。昨日の蒼の曲すごく優しくてずっと聴いていたくて、心の真ん中があったかくなる曲だった。私……すごく好きだよ」
「そっか……良かった。あの曲さ……月瀬を想って作ったから」
「え?」
蒼は真っ直ぐに私を見つめる。青い髪がさらりと揺れて空の青と海の青に混ざっていく。
「俺、月瀬が好きだよ」
「蒼……」
「たった七日間だったけど……俺にとっては初めての本気の恋だった。月瀬と出会ってからもう一回夢追いかけてみようって自分を信じてみようって思えた。本当に……ありがとう」
今日だけは泣きたくなかった。蒼が見る最後の私は蒼が好きだと言ってくれた笑った顔でサヨナラしたかったから。
「私も……蒼が好き……恋愛ごっこじゃなかったの……私も初恋だったの……」
「うん、俺も恋愛ごっこなんかじゃなかったよ」
何度押し込めようとしても、瞳から重力にそって涙は砂浜に無数に落下していく。
「泣くなよ……えっと持ってたかな……?」
蒼が困ったようにポケットを探るのを見て、私も無意識にワンピースのポケットを探る。
「……あっ……」
蒼が私の声に反応すると覗き込んだ。
「月瀬?」
「蒼から借りてたの忘れてた……」
ワンピースのポケットからでてきた水色のハンカチは、蒼から借りたのを忘れたまま洗濯した為、丸まってしまっている。
蒼が私からハンカチを取り上げると、そっと目頭を拭った。そしてすぐにハンカチを私に返した。
「それやるよ。どうしても泣きたくなったら使って。でも……なるべく泣くなよ?」
「うん……分かった」
「あと……これ月瀬に」
私が泣き止んだのを確認してから蒼が紙袋を差し出した。私は受け取り、中を確認するとすぐに蒼を見上げた。
「綺麗……蒼、これ……」
紙袋の中には私のノートと青い小花の小さな花束が入っていた。
「ブルースターの花言葉はさ、『信じ合う心』。俺の母さんがブルースターの花が好きでさ、それで俺の名前に蒼って付けたんだ。俺さ……どんなに離れてても、月瀬の夢が叶うよう信じてるから」
私は込み上げてくる熱いモノを一生懸命喉の奥に押しやる。今また泣いたら蒼をまた困らせてしまうから。
「……私も……蒼のことずっと信じてる。蒼に会えなくても蒼が夢を叶えるって……いつも信じてるから……」
「うん……月瀬ありがとう」
「……蒼、大好きだったよ」
蒼の大きな掌が私の頬に触れた。そして、ゆっくり近づいてくる蒼の綺麗な瞳を見つめながら私は瞳を閉じた。
私の初めてのキスはしょっぱい海の味がして寄せては返す波音と共にはじめての恋は涙と一緒に攫われていった。
その日、蒼からの連絡はいつもより随分早かった。ちょうど良かった。昨晩からほとんど眠れなかったから。
──『海で10時に待ってる』
私はブルースターに似ている青い小花柄のワンピースを着ると早めに家を出た。水色の自転車を海辺の入り口に停め、いつも蒼と座る砂浜へ行くが蒼はまだ来ていない。
「蒼を待つの……初めてだな」
穏やかな波音が聴こえてきて、蒼との思い出が波に乗って寄せては返す。
たった七日間だったのに、もっと蒼と長い時間を過ごしていたかのような錯覚を起こす。いつも蒼は私を待ちながら、どんなことを考えてたんだろう。
「……月瀬おまたせ」
振り返れば階段から大きなボストンバックを持った蒼が砂浜へと降りてくる。
「蒼……それ……」
「うん……少し話そ。月瀬の夢も持ってきたし」
蒼は砂浜の上にボストンバックを置き、その上に肩からかけていたギターのケースを乗せ紙袋だけを手に持った。
「おいで」
蒼に手を引かれて砂浜を波打ち際まで歩いていく。今日もよく晴れていて、海のむこうに水平線が一直線に見えている。
「いい天気だな」
「だね」
蒼に手を引かれるのも、こうして話をするのも最後だと思うとやっぱり晴れ渡った空も海も涙の色に見えた。海水に濡れないギリギリのところで蒼が足を止めると蒼が私から手を離して向き直った。
「今日で……七日目だな」
「うん……あっという間だった」
「……で、俺さ。今日東京に行くことにした。もう、家には戻らないと思う」
「え……?」
元々七日間限定の恋愛ごっこだ。それでもこの街に住んでいる限り、どこかでまた蒼に会えるような気がしていた私は言葉を失った。
「元々、今日新幹線のチケット取っててさ……正直悩んだけど……やっぱり行く。夢もう一回だけ追いかけてみたいから」
蒼の言葉に私はキュッと唇を噛み締めて想いを呑み込んだ。
「そっか……蒼……あの、家とかは?どうするの?」
蒼が東京へいき夢を追いかけるのは応援したい。蒼が決めたことなら尚更だ。でもまた蒼がしらない女の人の家を転々とするのだけはどうしても嫌だった。
「うん、SNSで知り合った同じ音楽仲間とシェアハウスで暮らすし、楽器店でのバイトも決まってるから、大丈夫。ちゃんとしたとこに住むから」
「分かった……頑張ってね……」
もっと上手に返事がしたいのに蒼が遠くに行ってしまうと思うと涙を我慢するので精一杯だ。
蒼が眩しそうに目を細めて水平線を見つめた。
「行ってくるな、あっち向かって」
そして振り返ると蒼が唇を持ち上げた。
「俺、月瀬の小説好きだよ」
「えっ?蒼……もしかして読んだの?」
「まぁ、その預かってる間にチラッとのつもりがガッツリと……その恋愛小説自体、俺初めて読んだ」
蒼が恥ずかしそうに頬を掻くのを見ながら私の頬もピンクに染まった。
「確かに……拙いとこもあったけどさ……でも素直に伝わってきたよ、月瀬の飾らない真っ直ぐな想いが詰まってた。小説のことはわからないけど、俺は月瀬の書く文字っていうか言葉が好きだな」
「あ……りがと」
「えっと、どういたしまして」
蒼は照れ臭そうに掌を首元に当てた。心臓はもういつから早くなっているのか分からない。私は潮風を吸い込むと深呼吸する。
「……蒼、あのね。昨日の蒼の曲すごく優しくてずっと聴いていたくて、心の真ん中があったかくなる曲だった。私……すごく好きだよ」
「そっか……良かった。あの曲さ……月瀬を想って作ったから」
「え?」
蒼は真っ直ぐに私を見つめる。青い髪がさらりと揺れて空の青と海の青に混ざっていく。
「俺、月瀬が好きだよ」
「蒼……」
「たった七日間だったけど……俺にとっては初めての本気の恋だった。月瀬と出会ってからもう一回夢追いかけてみようって自分を信じてみようって思えた。本当に……ありがとう」
今日だけは泣きたくなかった。蒼が見る最後の私は蒼が好きだと言ってくれた笑った顔でサヨナラしたかったから。
「私も……蒼が好き……恋愛ごっこじゃなかったの……私も初恋だったの……」
「うん、俺も恋愛ごっこなんかじゃなかったよ」
何度押し込めようとしても、瞳から重力にそって涙は砂浜に無数に落下していく。
「泣くなよ……えっと持ってたかな……?」
蒼が困ったようにポケットを探るのを見て、私も無意識にワンピースのポケットを探る。
「……あっ……」
蒼が私の声に反応すると覗き込んだ。
「月瀬?」
「蒼から借りてたの忘れてた……」
ワンピースのポケットからでてきた水色のハンカチは、蒼から借りたのを忘れたまま洗濯した為、丸まってしまっている。
蒼が私からハンカチを取り上げると、そっと目頭を拭った。そしてすぐにハンカチを私に返した。
「それやるよ。どうしても泣きたくなったら使って。でも……なるべく泣くなよ?」
「うん……分かった」
「あと……これ月瀬に」
私が泣き止んだのを確認してから蒼が紙袋を差し出した。私は受け取り、中を確認するとすぐに蒼を見上げた。
「綺麗……蒼、これ……」
紙袋の中には私のノートと青い小花の小さな花束が入っていた。
「ブルースターの花言葉はさ、『信じ合う心』。俺の母さんがブルースターの花が好きでさ、それで俺の名前に蒼って付けたんだ。俺さ……どんなに離れてても、月瀬の夢が叶うよう信じてるから」
私は込み上げてくる熱いモノを一生懸命喉の奥に押しやる。今また泣いたら蒼をまた困らせてしまうから。
「……私も……蒼のことずっと信じてる。蒼に会えなくても蒼が夢を叶えるって……いつも信じてるから……」
「うん……月瀬ありがとう」
「……蒼、大好きだったよ」
蒼の大きな掌が私の頬に触れた。そして、ゆっくり近づいてくる蒼の綺麗な瞳を見つめながら私は瞳を閉じた。
私の初めてのキスはしょっぱい海の味がして寄せては返す波音と共にはじめての恋は涙と一緒に攫われていった。