──3day
「大変……なんだかんだもう17時……」
今日の蒼との約束は18時。
いつものようにお昼までに掃除と洗濯を終えると私はスマホで簡単に作れるクッキーのレシピを片っ端から検索した。戸棚に春休みのお昼ご飯に食べようといれていたホットケーキミックスに牛乳、卵、だからバターを入れて薄く伸ばした生地を180度のオーブンで13分焼いたら出来上がりという読者評価の良いレシピに決めた。
チンッとオーブンレンジの音がして、私は鍋つかみでプレートを取り出す。
「ちょっと厚すぎたかな……」
家にあるものを寄せ集めて急遽作った、それも初めて作ったクッキーだ。クッキー型も勿論なかった為、湯呑みを代用して型をくり抜いた。私は一番不恰好なクッキーを摘むと口に放り込んだ。
「あ……サクサク……結構美味しい?」
誰かの為に、それも男の子の為にお菓子を作ったのは初めてだ。蒼はああ言っていたが、私はいつもひとりぼっちで誕生日を過ごしている蒼に何かしてあげたかった。私もいつもひとりぼっちで誕生日をただの平日として過ごしている。自分の生まれた日を誰にもお祝いしてもらえないのは、自分なんか生まれてこなければ良かったのにと言われてるみたいでやっぱり寂しくなるから。
「蒼、喜んでくれるといいな」
私は丁寧にラッピングすると、蒼の白いシャツにアイロンをかけて一緒に紙袋に入れた。
時計の長い針が6を指し示すのを確認してから、私は最後にもう一度姿見で服装を確認して紙袋をもって玄関へと降りていく。
(17時30分……さすがに私が先だよね)
玄関扉を開けてすぐに庭先の壁際に青い髪が見えた。
「えっ……」
慌ててスニーカーを突っ掛けて鍵をかける私の後ろから蒼の笑い声が聞こえてくる。
「もう、誕生日くらい私が先に待ちたかったのに……」
「いいじゃん、俺が月瀬待ちたかっただけだし。あと……」
蒼が珍しく頬を染めた。
「前も思ったけど。似合ってる、それ」
蒼の視線が私の着ている水色のワンピースをチラッと見たのが分かった。すぐに蒼よりも私の方が顔が赤くなった。蒼が自転車に跨ると後ろを指差した。
「ワンピースだし乗せてやる」
蒼が私から鞄と紙袋を取り上げるとカゴに放り込んだ。
「えっ……でも二人乗りってダメなんじゃ……」
「ははっ、月瀬は悪いことしたことなさそうだもんな。お巡りさん居ないとおもうけど、見つかったら俺が月瀬の分も怒られてやるから。早く乗れよ」
心臓がとくんと音を立てる。私は蒼の後ろに座ると蒼の心臓を抱きしめるように両手にぎゅっと力を込めた。
夜の海に来るのは初めてだ。お月様の光が海面を仄かに照らせばキラキラと波間が輝く。
「綺麗……」
砂浜に並んで座ると蒼が夜空の星を指差した。
「あの三つ星が並んでんのがオリオン座」
「あ!名前知ってる」
「俺、オリオン座好きなんだよね。神話が悲恋なんだけどさ、誰かを死ぬほど好きになれるってカッコいいなって……いつか俺も誰かを心から好きになるのかな」
その言葉に少しだけ心が泣きそうになる。蒼がいつか誰かを心から好きになることがあるとしたらきっとそれは私ではないから。
「……蒼ならきっといつか誰かを心から好きになって一生大事にするんだろうなって私は思うよ……」
「ふっ……ありがとな……いつも誕生日ここに一人だからさ、月瀬が隣にいると……なんかいいな」
蒼が一人より私と二人で過ごす誕生日でよかったと思ってくれてることがすごく嬉しかっ
蒼が夜空をもう一度見上げた。
「明後日、小さいけど流星群が見れるんだ」
「そうなの?見てみたい」
「じゃあ明後日、また二人で星見にこよ」
「うんっ……あ!」
「え?月瀬どうかした?」
私は手に持っていた紙袋を蒼にそっと差し出した。
「ん?あ、シャツ?ありがとな」
「あのね……そのシャツと一緒に……えと」
心臓が高鳴って声を発すれば心臓と一緒に喉から出てしまいそうだ。蒼が紙袋の中に手を伸ばすと、あっ、と小さく声を上げた。
「それ蒼に作ってみたの……美味しいかわからないけど……誕生日おめでとう」
「月瀬すっげー嬉しいっ」
蒼の言葉にほっとして緊張から涙が一粒転がった。蒼が眉を下げて私の瞳から涙を掬った。
「月瀬ありがとう、こんなに嬉しい誕生日久しぶり」
蒼の顔がまたぼやけそうになって慌てて袖で涙を拭った。
「あと俺の誕生日を泣いて祝ってくれたの月瀬が初めてだし」
蒼がクッキーを取り出すと大きく口を開けて放り込んだ。
「あの、蒼……美味しい?」
「死ぬほど美味い」
「大袈裟だよ」
そしてそのまま蒼が私の身体ごとぎゅっと抱きしめた。
「手作りのお菓子なんてさ……」
「蒼?」
「死んだ母さんに……作ってもらって以来だなって。だからマジで嬉しいし美味かった。ありがとう」
蒼の心臓と自分の心臓が重なって一瞬呼吸が止まりそうだった。蒼がすぐに身体を離すと
私の額に自分の額をこつんと当てた。
「お礼させて?」
蒼のお礼の意味が分からないながらも近づいてきた蒼の顔に私は目をきゅっと瞑る。どのくらいそうしてただろうか。ゆっくり目を開ければ蒼が優しく微笑んだ。
「キス……しようかと思ったけど……初めてはやっぱ、月瀬の一番好きなヤツの方がいいからさ」
私の額から蒼が顔を離すと私の髪を撫でた。
「な、お礼に月瀬のお願いごと叶えてやるよ」
「え?お願いごと?」
「うん、何でもいいよ。一個だけ」
蒼に叶えてもらえる願い事……私は迷わず口にした。
「蒼にギターの弾き方教えてほしい!」
「え?ギター?」
「うんっ、私ギター弾いてみたい。このお願い事はきっと……蒼にしか叶えてもらえないから……」
段々と声が小さくなって尻すぼみの解答になったが、蒼が砂浜にゴロンと寝転ぶとケラケラ笑った。私も真似して隣に寝転ぶ。波の音が背中から伝わるような不思議な感覚がする。
「……じゃあ明日も月瀬迎えにいくから、預けてたギター持ってきて」
蒼が寝転んだまま小指を出した。私もその小指に自分の右手の小指をそっと絡めた。
「約束な」
私が頷くのと一緒に満点の星空から星が一つ流れて消えた。
「大変……なんだかんだもう17時……」
今日の蒼との約束は18時。
いつものようにお昼までに掃除と洗濯を終えると私はスマホで簡単に作れるクッキーのレシピを片っ端から検索した。戸棚に春休みのお昼ご飯に食べようといれていたホットケーキミックスに牛乳、卵、だからバターを入れて薄く伸ばした生地を180度のオーブンで13分焼いたら出来上がりという読者評価の良いレシピに決めた。
チンッとオーブンレンジの音がして、私は鍋つかみでプレートを取り出す。
「ちょっと厚すぎたかな……」
家にあるものを寄せ集めて急遽作った、それも初めて作ったクッキーだ。クッキー型も勿論なかった為、湯呑みを代用して型をくり抜いた。私は一番不恰好なクッキーを摘むと口に放り込んだ。
「あ……サクサク……結構美味しい?」
誰かの為に、それも男の子の為にお菓子を作ったのは初めてだ。蒼はああ言っていたが、私はいつもひとりぼっちで誕生日を過ごしている蒼に何かしてあげたかった。私もいつもひとりぼっちで誕生日をただの平日として過ごしている。自分の生まれた日を誰にもお祝いしてもらえないのは、自分なんか生まれてこなければ良かったのにと言われてるみたいでやっぱり寂しくなるから。
「蒼、喜んでくれるといいな」
私は丁寧にラッピングすると、蒼の白いシャツにアイロンをかけて一緒に紙袋に入れた。
時計の長い針が6を指し示すのを確認してから、私は最後にもう一度姿見で服装を確認して紙袋をもって玄関へと降りていく。
(17時30分……さすがに私が先だよね)
玄関扉を開けてすぐに庭先の壁際に青い髪が見えた。
「えっ……」
慌ててスニーカーを突っ掛けて鍵をかける私の後ろから蒼の笑い声が聞こえてくる。
「もう、誕生日くらい私が先に待ちたかったのに……」
「いいじゃん、俺が月瀬待ちたかっただけだし。あと……」
蒼が珍しく頬を染めた。
「前も思ったけど。似合ってる、それ」
蒼の視線が私の着ている水色のワンピースをチラッと見たのが分かった。すぐに蒼よりも私の方が顔が赤くなった。蒼が自転車に跨ると後ろを指差した。
「ワンピースだし乗せてやる」
蒼が私から鞄と紙袋を取り上げるとカゴに放り込んだ。
「えっ……でも二人乗りってダメなんじゃ……」
「ははっ、月瀬は悪いことしたことなさそうだもんな。お巡りさん居ないとおもうけど、見つかったら俺が月瀬の分も怒られてやるから。早く乗れよ」
心臓がとくんと音を立てる。私は蒼の後ろに座ると蒼の心臓を抱きしめるように両手にぎゅっと力を込めた。
夜の海に来るのは初めてだ。お月様の光が海面を仄かに照らせばキラキラと波間が輝く。
「綺麗……」
砂浜に並んで座ると蒼が夜空の星を指差した。
「あの三つ星が並んでんのがオリオン座」
「あ!名前知ってる」
「俺、オリオン座好きなんだよね。神話が悲恋なんだけどさ、誰かを死ぬほど好きになれるってカッコいいなって……いつか俺も誰かを心から好きになるのかな」
その言葉に少しだけ心が泣きそうになる。蒼がいつか誰かを心から好きになることがあるとしたらきっとそれは私ではないから。
「……蒼ならきっといつか誰かを心から好きになって一生大事にするんだろうなって私は思うよ……」
「ふっ……ありがとな……いつも誕生日ここに一人だからさ、月瀬が隣にいると……なんかいいな」
蒼が一人より私と二人で過ごす誕生日でよかったと思ってくれてることがすごく嬉しかっ
蒼が夜空をもう一度見上げた。
「明後日、小さいけど流星群が見れるんだ」
「そうなの?見てみたい」
「じゃあ明後日、また二人で星見にこよ」
「うんっ……あ!」
「え?月瀬どうかした?」
私は手に持っていた紙袋を蒼にそっと差し出した。
「ん?あ、シャツ?ありがとな」
「あのね……そのシャツと一緒に……えと」
心臓が高鳴って声を発すれば心臓と一緒に喉から出てしまいそうだ。蒼が紙袋の中に手を伸ばすと、あっ、と小さく声を上げた。
「それ蒼に作ってみたの……美味しいかわからないけど……誕生日おめでとう」
「月瀬すっげー嬉しいっ」
蒼の言葉にほっとして緊張から涙が一粒転がった。蒼が眉を下げて私の瞳から涙を掬った。
「月瀬ありがとう、こんなに嬉しい誕生日久しぶり」
蒼の顔がまたぼやけそうになって慌てて袖で涙を拭った。
「あと俺の誕生日を泣いて祝ってくれたの月瀬が初めてだし」
蒼がクッキーを取り出すと大きく口を開けて放り込んだ。
「あの、蒼……美味しい?」
「死ぬほど美味い」
「大袈裟だよ」
そしてそのまま蒼が私の身体ごとぎゅっと抱きしめた。
「手作りのお菓子なんてさ……」
「蒼?」
「死んだ母さんに……作ってもらって以来だなって。だからマジで嬉しいし美味かった。ありがとう」
蒼の心臓と自分の心臓が重なって一瞬呼吸が止まりそうだった。蒼がすぐに身体を離すと
私の額に自分の額をこつんと当てた。
「お礼させて?」
蒼のお礼の意味が分からないながらも近づいてきた蒼の顔に私は目をきゅっと瞑る。どのくらいそうしてただろうか。ゆっくり目を開ければ蒼が優しく微笑んだ。
「キス……しようかと思ったけど……初めてはやっぱ、月瀬の一番好きなヤツの方がいいからさ」
私の額から蒼が顔を離すと私の髪を撫でた。
「な、お礼に月瀬のお願いごと叶えてやるよ」
「え?お願いごと?」
「うん、何でもいいよ。一個だけ」
蒼に叶えてもらえる願い事……私は迷わず口にした。
「蒼にギターの弾き方教えてほしい!」
「え?ギター?」
「うんっ、私ギター弾いてみたい。このお願い事はきっと……蒼にしか叶えてもらえないから……」
段々と声が小さくなって尻すぼみの解答になったが、蒼が砂浜にゴロンと寝転ぶとケラケラ笑った。私も真似して隣に寝転ぶ。波の音が背中から伝わるような不思議な感覚がする。
「……じゃあ明日も月瀬迎えにいくから、預けてたギター持ってきて」
蒼が寝転んだまま小指を出した。私もその小指に自分の右手の小指をそっと絡めた。
「約束な」
私が頷くのと一緒に満点の星空から星が一つ流れて消えた。