一瞬打ち解けたふたりだったが、とりたてての会話もなくあっという間にピラフを食べ終えてしまった。
「零ちゃん、今度いつ来れる?」
会計の時に咲が尋ねた。
「んー……」
零は言葉を濁した。
「美也、来月誕生日だよ」
「うん、知ってる」
彼女はついと零の耳元に口を近づけた。
「アーカーの指輪が欲しいって言ってたよ」
「アーカー……?」
零が怪訝そうな顔をすると、彼女はくすりと笑って肘で零をつついた。
「いまどき、ネットでも買えるからさ。なんか、お花みたいなモチーフがついてた。欲しい欲しいってねだるから、零に買ってもらえ、って言っといた」
「うわ……。高いんじゃないの?」
「値段は知らないよー」
咲はおどけたように言うと、さっさと厨房に引っ込んでいってしまった。
肩をすくめて振り向くと、所在なさげに立ちすくんでいるキリエの姿があった。
「送るよ」
「あ、いいです。まだ電車あるし、ひとりで帰れます」
「電車で帰るの?」
思わず言うと、キリエは不思議そうな顔をした。
「仕事ない日はいつも電車ですけど?」
零はため息をつくと、彼女の肩を押して裏口から外に出た。
「女の子をこんな時間にひとりで返せないよ。タクシーで送るから」
キリエは何も言わなかった。
ふたりでタクシーのある場所までビルの谷間を歩き出し、しばらくしてから零ははっとした。
「あ、キムチ」
「あ」
ふたりとも白い袋を持っていなかった。
「ああ、ごめん……。忘れてきちゃった……」
キリエはしばらく零の顔を見つめたあと、笑い出した。
「お店の人にも食べてもらってください。ミヤさんでしだっけ。キムチ好きですか?」
「うん…… たぶん」
零はうなずいた。キリエは歩き出した。
「ほんとにごめんね。後で、電話しとくから。せっかくの土産だったから、またなんかでお詫びするよ」
慌ててそれを追いかけて零が言うと、キリエは再び笑みを見せた。
「気にしないでください。韓国のキムチ、美味しいですよ。日本のよりは辛いけど。みなさんで食べてもらえると嬉しいです」
そう言って顔を俯けた。
「零さんて、一緒にいてくれる人がいっぱいいるんですね。いいですね」
零は横を歩くキリエを見た。零の肩より下の身長しかないキリエはこの角度からだと大きなキャスケットの天辺しか見えない。
タクシーの走る大通りに出た。
「あの……」
零はキリエに言った。
「この間、自分の声を取り戻すって言ってたよね。あれ、どういうこと?」
キリエは顔をあげて零のほうを見たが、すぐに逸らせてしまった。
「例えば……」
彼女の細い指が動いた。その指が空中で上下に動く。
「波があって」
彼女はもう片方の手を持ち上げると同じように指を上下に動かした。
「もうひとつの波があって、ふたつが同じだけの波だったら、ぶつかったときどうなると思います?」
左右の指先が空中で触れた。
「ゼロになるのかな。それとも僅かでも強いほうが弱いほうを飲み込んじゃうのかな。それとも倍になる?」
細い指先を見つめて独り言のように言うキリエに返す言葉が思い浮かばなかった。
ふいに彼女が手をあげた。目の前にタクシーが止まる。
「わたし、これで帰ります。今日は急にすみませんでした」
キリエはそう言ってあっという間にタクシーに乗り込んだ。
「あ、ちょっと……」
「さよなら!」
零は呆然としてタクシーのテイルライトを見送った。
ふたつの波がぶつかると? いったい、何のこと……。
答えはもちろん見つかるはずがなかった。
「零ちゃん、今度いつ来れる?」
会計の時に咲が尋ねた。
「んー……」
零は言葉を濁した。
「美也、来月誕生日だよ」
「うん、知ってる」
彼女はついと零の耳元に口を近づけた。
「アーカーの指輪が欲しいって言ってたよ」
「アーカー……?」
零が怪訝そうな顔をすると、彼女はくすりと笑って肘で零をつついた。
「いまどき、ネットでも買えるからさ。なんか、お花みたいなモチーフがついてた。欲しい欲しいってねだるから、零に買ってもらえ、って言っといた」
「うわ……。高いんじゃないの?」
「値段は知らないよー」
咲はおどけたように言うと、さっさと厨房に引っ込んでいってしまった。
肩をすくめて振り向くと、所在なさげに立ちすくんでいるキリエの姿があった。
「送るよ」
「あ、いいです。まだ電車あるし、ひとりで帰れます」
「電車で帰るの?」
思わず言うと、キリエは不思議そうな顔をした。
「仕事ない日はいつも電車ですけど?」
零はため息をつくと、彼女の肩を押して裏口から外に出た。
「女の子をこんな時間にひとりで返せないよ。タクシーで送るから」
キリエは何も言わなかった。
ふたりでタクシーのある場所までビルの谷間を歩き出し、しばらくしてから零ははっとした。
「あ、キムチ」
「あ」
ふたりとも白い袋を持っていなかった。
「ああ、ごめん……。忘れてきちゃった……」
キリエはしばらく零の顔を見つめたあと、笑い出した。
「お店の人にも食べてもらってください。ミヤさんでしだっけ。キムチ好きですか?」
「うん…… たぶん」
零はうなずいた。キリエは歩き出した。
「ほんとにごめんね。後で、電話しとくから。せっかくの土産だったから、またなんかでお詫びするよ」
慌ててそれを追いかけて零が言うと、キリエは再び笑みを見せた。
「気にしないでください。韓国のキムチ、美味しいですよ。日本のよりは辛いけど。みなさんで食べてもらえると嬉しいです」
そう言って顔を俯けた。
「零さんて、一緒にいてくれる人がいっぱいいるんですね。いいですね」
零は横を歩くキリエを見た。零の肩より下の身長しかないキリエはこの角度からだと大きなキャスケットの天辺しか見えない。
タクシーの走る大通りに出た。
「あの……」
零はキリエに言った。
「この間、自分の声を取り戻すって言ってたよね。あれ、どういうこと?」
キリエは顔をあげて零のほうを見たが、すぐに逸らせてしまった。
「例えば……」
彼女の細い指が動いた。その指が空中で上下に動く。
「波があって」
彼女はもう片方の手を持ち上げると同じように指を上下に動かした。
「もうひとつの波があって、ふたつが同じだけの波だったら、ぶつかったときどうなると思います?」
左右の指先が空中で触れた。
「ゼロになるのかな。それとも僅かでも強いほうが弱いほうを飲み込んじゃうのかな。それとも倍になる?」
細い指先を見つめて独り言のように言うキリエに返す言葉が思い浮かばなかった。
ふいに彼女が手をあげた。目の前にタクシーが止まる。
「わたし、これで帰ります。今日は急にすみませんでした」
キリエはそう言ってあっという間にタクシーに乗り込んだ。
「あ、ちょっと……」
「さよなら!」
零は呆然としてタクシーのテイルライトを見送った。
ふたつの波がぶつかると? いったい、何のこと……。
答えはもちろん見つかるはずがなかった。