美也は結局目が覚めてから二日酔いでダウンしてしまい、零は休みがもらえたことを感謝した。
翌日からはラジオの収録もあるし、ボイトレももう休めない。
泉の提案に美也は若干不安そうな表情を浮かべたが、自分でも家に籠っているのはよくないと思ったのか、アシスタントの仕事を引き受けることにした。
自分が鬱々としていては零の仕事にも影響すると考えたのかもしれない。
そして数日後、零は『Lightning 』と『Stella』のレコーディングの日を迎えた。
予定は約一週間。先に『Stella』の収録を開始し、そのあと『Lightning 』に入る。
その後、少し時間を置いて『eau du ciel』。
それまでに声ができあがっていればと願うしかない。
『Stella』で何回かキリエと声を合わせたのち、休憩に入った。
「零さん、これ、もうちょっと軽い感じでいきましょうか…… たぶん、前かあとに『Lightning 』が入りますし……」
ミネラルウォーターを一口飲んで声をかけてきたキリエに零はうなずいた。
「わかりました。ただ、小野さんは声量控えないほうがいいと思います」
「……そうですね…… じゃあ、ここはちょっと強めにいこうかな…… 次で雰囲気見てもらいましょう」
キリエは持っていた楽譜にチェックを入れた。
「あの…… 小野さん」
周囲に誰もいないことを確認して零はキリエの横に腰を下ろして言った。
「はい」
キリエの目がこちらを向く。
「……いきなりこんなことを言うのは申し訳ないんだけど…… 美也にあまり近づかないでもらえるかな」
「美也さんに…… ですか?」
キリエの顔は不思議そうだ。
「あ…… 『スカボロー・フェア』のCD渡したんです。あの曲がお好きだって聞いていたから…… 迷惑だったでしょうか」
「そうですね……」
真正面から問われるとさすがに言いにくい気がしたが、ここで言葉を濁してもキリエには通じないように思えて零は思い切ってそう言った。
「すみません…… あの…… 気に入ってもらえなかったんでしょうか……」
キ リエの表情が心配そうにゆがむ。
「美也は昔ボーカルもやってたし…… おれと小野さんが決めたような死者と生者の駆け引きの部分を感じて恐ろしかったみたいです」
「……」
キリエの視線が自分の手元に落ちた。
「じゃあ…… 美也さん、わたしのこと嫌な人間だと思ったでしょうね……」
「彼女の口から小野さんに対する不満はひとことも出てませんよ」
キリエの目が再び零に向いた。。
「美也は昔から少なくともおれの前で人を悪く言うことってないんです。ただ…… 曲が怖くてそれでショックを受けたみたいで」
零は少し息を吐いた。
「あのね、美也のおふくろさん、今怪我をしてて、美也も大変なんです。小野さんと歌ってることは美也も知ってるし、あんまり彼女にいろいろ…… なんていうか……」
「わかりました。ごめんなさい。わたし、美也さんと仲良くなれたらいいな、って思っただけで……」
零の言葉を遮ってキリエは早口で言った。
「でも、零さんはわたしのこと嫌いにならないでくださいね。憎まないでくださいね」
すがりつくような様子に正直ぞっとした。
「嫌いとか憎むとか、そういうのは考えてないし、歌うことには関係ありません。おれはアルバム作ることに専念するだけだし」
キリエから目を逸らして零は答えた。
彼女の切れ長の目がちょっと不気味だった。
「わたしのこと、憎まないんですか?」
「だから……」
「『eau du ciel』では憎んでくださいね。でないとあの歌うたえませんよ」
キリエはそう言うと立ち上がって離れていってしまった。
憎まないでと言ったり、憎めと言ったり……
彼女はやっぱりどこかおかしい。
まるで二人の人間を相手にしているようだ。
キリエの後ろ姿を見送って零は困惑した。
翌日からはラジオの収録もあるし、ボイトレももう休めない。
泉の提案に美也は若干不安そうな表情を浮かべたが、自分でも家に籠っているのはよくないと思ったのか、アシスタントの仕事を引き受けることにした。
自分が鬱々としていては零の仕事にも影響すると考えたのかもしれない。
そして数日後、零は『Lightning 』と『Stella』のレコーディングの日を迎えた。
予定は約一週間。先に『Stella』の収録を開始し、そのあと『Lightning 』に入る。
その後、少し時間を置いて『eau du ciel』。
それまでに声ができあがっていればと願うしかない。
『Stella』で何回かキリエと声を合わせたのち、休憩に入った。
「零さん、これ、もうちょっと軽い感じでいきましょうか…… たぶん、前かあとに『Lightning 』が入りますし……」
ミネラルウォーターを一口飲んで声をかけてきたキリエに零はうなずいた。
「わかりました。ただ、小野さんは声量控えないほうがいいと思います」
「……そうですね…… じゃあ、ここはちょっと強めにいこうかな…… 次で雰囲気見てもらいましょう」
キリエは持っていた楽譜にチェックを入れた。
「あの…… 小野さん」
周囲に誰もいないことを確認して零はキリエの横に腰を下ろして言った。
「はい」
キリエの目がこちらを向く。
「……いきなりこんなことを言うのは申し訳ないんだけど…… 美也にあまり近づかないでもらえるかな」
「美也さんに…… ですか?」
キリエの顔は不思議そうだ。
「あ…… 『スカボロー・フェア』のCD渡したんです。あの曲がお好きだって聞いていたから…… 迷惑だったでしょうか」
「そうですね……」
真正面から問われるとさすがに言いにくい気がしたが、ここで言葉を濁してもキリエには通じないように思えて零は思い切ってそう言った。
「すみません…… あの…… 気に入ってもらえなかったんでしょうか……」
キ リエの表情が心配そうにゆがむ。
「美也は昔ボーカルもやってたし…… おれと小野さんが決めたような死者と生者の駆け引きの部分を感じて恐ろしかったみたいです」
「……」
キリエの視線が自分の手元に落ちた。
「じゃあ…… 美也さん、わたしのこと嫌な人間だと思ったでしょうね……」
「彼女の口から小野さんに対する不満はひとことも出てませんよ」
キリエの目が再び零に向いた。。
「美也は昔から少なくともおれの前で人を悪く言うことってないんです。ただ…… 曲が怖くてそれでショックを受けたみたいで」
零は少し息を吐いた。
「あのね、美也のおふくろさん、今怪我をしてて、美也も大変なんです。小野さんと歌ってることは美也も知ってるし、あんまり彼女にいろいろ…… なんていうか……」
「わかりました。ごめんなさい。わたし、美也さんと仲良くなれたらいいな、って思っただけで……」
零の言葉を遮ってキリエは早口で言った。
「でも、零さんはわたしのこと嫌いにならないでくださいね。憎まないでくださいね」
すがりつくような様子に正直ぞっとした。
「嫌いとか憎むとか、そういうのは考えてないし、歌うことには関係ありません。おれはアルバム作ることに専念するだけだし」
キリエから目を逸らして零は答えた。
彼女の切れ長の目がちょっと不気味だった。
「わたしのこと、憎まないんですか?」
「だから……」
「『eau du ciel』では憎んでくださいね。でないとあの歌うたえませんよ」
キリエはそう言うと立ち上がって離れていってしまった。
憎まないでと言ったり、憎めと言ったり……
彼女はやっぱりどこかおかしい。
まるで二人の人間を相手にしているようだ。
キリエの後ろ姿を見送って零は困惑した。