「ありがとーございまーす」
 美也の声を聞きながら、零は運転席に回り込み、支払いを済ませる。
 スタスタとエレベーターに向かう美也を慌てて追った。
「缶チューハイ、3本も飲んじゃったー」
 美也が白い袋を振り回してがちゃがちゃ音を立てるので、零はそれをひったくった。
 部屋に着くなり美也が「うえ」と声を出したので慌ててトイレに連れて行く。
「強くないくせに、なんでこんなに飲むんだよ……」
 吐くだけ吐いた美也にうがいをさせて、支えながらソファにぽすんと座らせた。
「気分悪いの治ったか?」
 彼女の前に腰を落として尋ねると美也はこくんとうなずいた。
「家には連絡しといたから」
 再びこくんと頷く。
「美也」
 呼んだが、美也はうなずいて下を見たまま顔をあげない。
「美也、こっち見て」
 零は強引に彼女の頬を両手で押さえて顔をあげた。
「レコーディングが終わるまで待ってて。小野キリエとのレコーディングはこれで今後一切ない」
「……」
「おれを信じて待っててくれる?」
「……」
 ぎゅっと引き結んだ美也の口元が震え始めた。
「なんで泣くんだよ…… 前も約束しただろ……?」
「零ちゃん…… エルフィン・ナイトにならないで…… わたしを諦めさせないで……」
「あれは歌の中の話だ」
「『スカボロー・フェア』があんなに怖く感じる歌だなんて思わなかった。私に歌ってくれた零ちゃんじゃなかった」
「そう感じる人はほかにもたくさんいるかもしれない。でもあれは小野さんとの『スカボロー・フェア』の解釈だ。おれと美也の『スカボロー・フェア』は変わらないよ。おれたちの記憶の歌だ」
 美也は零にすがりついてわんわん泣き出した。
 零はその背を撫でてやるしかなかった。