「巧也、ちょっといい?」
 家に帰った美也は夕食後、部屋でうたた寝をしていた巧也に声をかけた。
「んー? なに?」
 巧也はむくりとベッドから頭を持ち上げる。
「あんた、またうたた寝して。お風呂は?」
「もう入ったよ。なんか用?」
「CDかけかせて」
「なんで。リビングで聴けばいいじゃん」
「お父さん、まだ仕事してるから……」
 美也は巧也のオーディオラックに向かってCDトレイを引き出した。
「なんのCD?」
「小野キリエさんの。『スカボロー・フェア』歌ったからって、わざわざ持ってきてくれたの」
「え? 店に?」
 巧也は起き上がってCDケースをとりあげた。ケースには何も書かれていない。
「小野キリエってどんな人? 店、よく来るの?」
「まだ2回目だよ。ちょっと変わったところあるけど、フツーの人。どっちかというとすごく内気な感じ」
「へー。歌ってる感じとは違うんだなあ……」
 しばらくして音楽が流れだした。ハープとバイオリンかな、と美也は思う。
 そして歌声がきこえた時、美也の顔が強張った。
「あれ…… これ…… 零にぃの声じゃね?」
 巧也が姉の顔を見る。

 Are you going to Scarborough Fair?
 Parsley, sage, rosemary and thyme……

 零の声だ…… どうして……
 1番と2番は零がメインでキリエは途中で入る。
 3番と4番はその逆だ。
 ふたりの声は近づくようで離れ、離れるようで近づき、零の歌声はこれまで美也が聞いてきた『スカボロー・フェア』の歌声とはまるで違っていた。
 まるで相手の全てを飲み込んでしまいそうな声。
 これ…… エルフィン・ナイトの声だ……
 血に濡れて、重い鎧を身に纏い、剣を地面に引きずりながら歩くエルフィン・ナイトの姿が見えるようだ。
「いい感じじゃん」
 何も感じないらしい巧也は呑気につぶやく。
「なんで零にぃと小野キリエが『スカボロー・フェア』歌ってんの?」
「知らない……」
 美也は答えた。
「いいじゃん、これ。アルバムに入れるんかな。姉ちゃん、特別に聴かせてもらったんだよ。すげえじゃん」
「知らない……!」
 美也はそう言うと巧也の部屋を出ていってしまった。
「姉ちゃん、CDは?」
 巧也の声がしたが戻らなかった