昔のイギリスの騎士はやっぱり重い甲冑を身につけていたんだろうか。
 槍を持っていたか、重い剣を携えていたか。盾は持っていたんだろうか。
 彼は戦いの最中に命を落としたのだろう。
 そしてこの世に未練を残して亡霊になった。
 跳ね飛んだ兜の下の顔はもちろん生者の顔ではないだろう。
 目は落ちくぼんで頬も削げ、血に濡れているのかもしれない。
 彼は言うのだ。

『スカボロー・フェアに行くのなら針を使わず縫い目のないシャツを作れと伝えよ。そうすれば彼女はわたしのものになる』

 Without a seam or fine needle work
 And then she'll be a true love of mine.

 零とキリエが歌い始めてしばらくして、藤谷はごしごしと腕をこすった。
 いきなりぶわっと鳥肌がたった。
 さっきまでは穏やかな雰囲気だったのに、なんだか急に怖い曲に思えた。

 Where ne'er a drop of water e'er fell
 And then she'll be a true love of mine.

 彼女というのは誰だろう。
 ふと、脳裏に黒い翼が浮かんだ。

『おまえがわたしの魂を取るなど、ばかばかしい』

 誰だ、おまえ……

『おまえの魂をとるのはわたしだよ』

 なぜエルフィン・ナイトであるわたしがおまえに魂を渡さねばならぬ。

 Between the sea and over the sand
 And then she'll be a true love of mine.

 生者であるならあきらめるがいい。
 死者であるならなおのこと。
 わたしはエルフィン・ナイトである。

 再び一番から歌い始めて終わり、全ての伴奏が終了したあと、零は小さく息を吐いてキリエを見た。
 彼女も同じように小さく息を吐いていた。
 沈黙が続いて何のリアクションもないので、零は羽田や藤谷のほうに目を向けた。
 全員が口を半開きにしてこちらを見ていた。
「えっと…… いいと思うんですが…… 小野さん…… どうですか?」
 羽田の声が少し掠れている。
「はい」
 キリエは答えた。
「エルフィン・ナイトは魂の駆け引きに勝ちました」
 勝った?
 零が目を向けると、キリエはにこりと笑みを浮かべてみせた。