事務所に戻って零は美也に『スカボロー・フェア』のことをちゃんと伝えておこうと考えていたが、その美也からいきなり電話が入った。
「零、スケジュールさ……」
言いかけていた藤谷に、ちょっとごめん、というようにスマホを片手に急いで部屋を出た。
美也は仕事中は絶対に電話をかけてこない。以前ならともかく、どうせ家に帰れば顔を合わせるわけだし、彼女も夜の9時までは『ペンギン』で仕事中だからだ。
「もしもし」
妙な胸騒ぎを感じて思わず声がうわずった。
『あ、零ちゃん、ごめんね、忙しいときに…… 今、電話大丈夫だった?』
「うん、事務所に戻ったから…… どうしたの?」
『あのね、お母さんが事故っちゃった』
「え?」
咲が事故? 心臓がどきりとした。
『足と腕の骨を折っちゃったの。他は異常ないみたいなんだけど、全治2か月だって……』
「なんの事故? 車?」
『自転車で自爆。猫避けようとして思いっきり転倒して、側溝に落ちたって』
「あぁ…… ぁ……」
思わず声が漏れた。
「どこに入院してるの?」
『入院はしてない。そこまでの怪我じゃないから。でも、しばらく動けないし手も使えないしで、わたししばらくそっちに帰れないと思うの』
「おれのことは気にしなくてもいいよ。それよりおばさん、動けないって……」
『今は痛くて。それ以外は擦り傷程度…… でね……』
と、言いかけた美也の声が急に遠くなったかと思うと
『あ、零ちゃん? ごめんねえ。さっき病院から帰ったところで 』
いきなり咲が出た。向こうで「もうっ、お母さんっ!」と美也が怒っている声が聞こえる。
「おばさん、大丈夫なんですか?」
『大丈夫じゃないけど大丈夫。左の足首と手首を折っちゃった。ぽっきり折れたってわけでもないんだけどね。旦那にお前が避けるより猫が逃げるほうが速いってだいぶん怒られたわ』
あははと笑った咲だったが、やはりちょっと元気がない。
『しばらく美也を借りるわね。店は、前にうちにいた広瀬さんが来てくれることになったし、まあ、あと一か月くらいしたら痛みも取れると思うのよ』
「おばさん…… 無理しないほうがいいですよ……」
『大丈夫、大丈夫。心配かけてごめんね、また店に来て。じゃね』
そう言うなりぷつりと通話が切れた。
「え?ちょ…… もしもし?」
唖然としている零に部屋から顔を覗かせた藤谷が声をかけた。
「どした? なんかトラブル?」
「いや…… 美也のおふくろさんが事故して……」
「え? 『ペンギン』の? 怪我の様子は?」
「足と手首折って全治2か月だって……。今、咲さんとも話をしたから重傷ってほどでもないと思うんだけど……」
「全治2か月は重傷だよ。美也ちゃんは? 家に帰った?」
「ええ……」
「大変だな、店もあるのに……」
藤谷の言葉を聞きながら、零は自分でも気づかないうちにこぶしを自分の口元に押し付けていた。
「大丈夫か?」
藤谷が心配そうに顔を覗き込む。
「あ、ええ…… すごい事故かと思って心臓が止まりそうだった……」
はあ、と息を吐いて零は壁に寄りかかった。
「ああ、びっくりした…… すいません、うろたえちゃって……」
「零にとっちゃおふくろさんみたいな人なんだろ? そりゃそうなるよ」
藤谷は零の肩をぽんぽんと叩いた。
「今日、帰ってもいいぞ。美也ちゃんちは少しあっちが落ち着いてから顔出してやれよ。明日はF県に行くから11時に迎えに行く。そのあと夜10時までスケジュール入ってるから体休めとけ」
「……すみません……」
「心配になるのはわかるけど、深刻になり過ぎんなよ? 美也ちゃんも家族もいるんだし。おまえが動揺して仕事に支障きたすと、たぶんそっちのほうがあちらにとって申し訳たたないぞ?」
「そうですね……」
「ん。じゃ、また明日」
藤谷と別れて、やはり気になってよほど美也の家に寄ろうかと思ったが、自分が行っても何もできないし、かえって慌ただしくなっている状態で迷惑をかけそうな気がして諦めた。
「零、スケジュールさ……」
言いかけていた藤谷に、ちょっとごめん、というようにスマホを片手に急いで部屋を出た。
美也は仕事中は絶対に電話をかけてこない。以前ならともかく、どうせ家に帰れば顔を合わせるわけだし、彼女も夜の9時までは『ペンギン』で仕事中だからだ。
「もしもし」
妙な胸騒ぎを感じて思わず声がうわずった。
『あ、零ちゃん、ごめんね、忙しいときに…… 今、電話大丈夫だった?』
「うん、事務所に戻ったから…… どうしたの?」
『あのね、お母さんが事故っちゃった』
「え?」
咲が事故? 心臓がどきりとした。
『足と腕の骨を折っちゃったの。他は異常ないみたいなんだけど、全治2か月だって……』
「なんの事故? 車?」
『自転車で自爆。猫避けようとして思いっきり転倒して、側溝に落ちたって』
「あぁ…… ぁ……」
思わず声が漏れた。
「どこに入院してるの?」
『入院はしてない。そこまでの怪我じゃないから。でも、しばらく動けないし手も使えないしで、わたししばらくそっちに帰れないと思うの』
「おれのことは気にしなくてもいいよ。それよりおばさん、動けないって……」
『今は痛くて。それ以外は擦り傷程度…… でね……』
と、言いかけた美也の声が急に遠くなったかと思うと
『あ、零ちゃん? ごめんねえ。さっき病院から帰ったところで 』
いきなり咲が出た。向こうで「もうっ、お母さんっ!」と美也が怒っている声が聞こえる。
「おばさん、大丈夫なんですか?」
『大丈夫じゃないけど大丈夫。左の足首と手首を折っちゃった。ぽっきり折れたってわけでもないんだけどね。旦那にお前が避けるより猫が逃げるほうが速いってだいぶん怒られたわ』
あははと笑った咲だったが、やはりちょっと元気がない。
『しばらく美也を借りるわね。店は、前にうちにいた広瀬さんが来てくれることになったし、まあ、あと一か月くらいしたら痛みも取れると思うのよ』
「おばさん…… 無理しないほうがいいですよ……」
『大丈夫、大丈夫。心配かけてごめんね、また店に来て。じゃね』
そう言うなりぷつりと通話が切れた。
「え?ちょ…… もしもし?」
唖然としている零に部屋から顔を覗かせた藤谷が声をかけた。
「どした? なんかトラブル?」
「いや…… 美也のおふくろさんが事故して……」
「え? 『ペンギン』の? 怪我の様子は?」
「足と手首折って全治2か月だって……。今、咲さんとも話をしたから重傷ってほどでもないと思うんだけど……」
「全治2か月は重傷だよ。美也ちゃんは? 家に帰った?」
「ええ……」
「大変だな、店もあるのに……」
藤谷の言葉を聞きながら、零は自分でも気づかないうちにこぶしを自分の口元に押し付けていた。
「大丈夫か?」
藤谷が心配そうに顔を覗き込む。
「あ、ええ…… すごい事故かと思って心臓が止まりそうだった……」
はあ、と息を吐いて零は壁に寄りかかった。
「ああ、びっくりした…… すいません、うろたえちゃって……」
「零にとっちゃおふくろさんみたいな人なんだろ? そりゃそうなるよ」
藤谷は零の肩をぽんぽんと叩いた。
「今日、帰ってもいいぞ。美也ちゃんちは少しあっちが落ち着いてから顔出してやれよ。明日はF県に行くから11時に迎えに行く。そのあと夜10時までスケジュール入ってるから体休めとけ」
「……すみません……」
「心配になるのはわかるけど、深刻になり過ぎんなよ? 美也ちゃんも家族もいるんだし。おまえが動揺して仕事に支障きたすと、たぶんそっちのほうがあちらにとって申し訳たたないぞ?」
「そうですね……」
「ん。じゃ、また明日」
藤谷と別れて、やはり気になってよほど美也の家に寄ろうかと思ったが、自分が行っても何もできないし、かえって慌ただしくなっている状態で迷惑をかけそうな気がして諦めた。