「でも、なんで急に? こないだスマホ買ったばかりだろ?」
「うん……」
美也は目をしばたたせて口を噤んだ。
「おれは美也と一緒にいる時間が増えるんなら嬉しいけど……。ただ、藤谷さんと社長には話さないと……」
「あ…… そうか…… ごめん…… そうだよね…… ごめんなさい……」
美也の泣き出しそうな顔を見て、零は笑みを見せた。
「大丈夫だよ。美也のことは藤谷さんも社長もとっくに知ってるし。家に一緒にいるからね、って言うだけ」
「うん……」
頷きながら、美也はテーブルに置きっぱなしのヘッドフォンに気付いた。
「ごめん、仕事中だったよね?」
「ああ」
零は美也の視線に気づいてヘッドフォンを取り上げた。
「アルバムのね…… 曲の確認」
「小野キリエさんの?」
零は美也の顔を見た。彼女は音楽船を見たのだろう。
「受けるの?」
「うーん……」
答えかけて零はふと美也の顔を見た。
「おれが迷ってるって、なんで知ってるの? 藤谷さんから聞いた?」
「え、あ、うん…… 零ちゃん、顔、強張ってたよ……」
分からないように注意したつもりだったのに…… 零は自分の口元に手を当てた。
「誰もわかってないと思うよ? 巧也も気づいてなかったし」
美也は言った。
「美也には何でもバレちゃうんだな」
零はヘッドフォンを取り上げた。
「聴いてみる?」
頭に近づいた零の指の温度に美也は一瞬どきんとする。
しばらく耳を傾けているとピアノの音が聞こえてきた。
そして小野キリエの声。
店で見た時からは想像もできないほどの透明感と迫力が混在した声。
高く昇りつめたかと思えばまっしぐらに地上に向かう。
落ちきる前に風に吹かれてまた舞い上がる。
目を閉じて聴いていると、そのまま連れて行かれてしまいそうな気持ちになる。
踏みとどまっていられるのは零の声だからだわ……
美也は思った。
でも、懸命に連れ去ろうとしてる……
やめて。零を連れて行かないで。
そう思ったとき、唇に温かい感触を感じて目を開けた。
「そんな陶酔の顔しないで。襲いたくなる」
零がくすぐるような視線を向けていた。
「もう! そういういやらしいことばっか言わないで」
美也はヘッドフォンを取った。
「どうだった?」
尋ねられて美也は「うん」と小さく答えた。
「小野キリエさん、歌うまいよね。作る曲もすごいし」
零はうなずいた。
「最近少しは譜面わかるようにはなってきたけど、小野さんの曲は難しいんだ…… 特に9曲目はおれ、できるかなって不安だ。正直、これで彼女と膨大な時間を費やすのがいいのかどうかわからないんだ」
「零が断ったらどうなるの?」
「さあ…… 小野さんが自分で歌わなきゃ、没になるんだろうな……」
自分には何も言えない。
美也は口を引き結んだ。
本心は断って欲しい。
小野キリエは怖い。あの人の声は怖い。零を連れて行ってしまいそうだ。
でも、自分にはそんなことを言う権利はない。
「明日、藤谷さんと社長と相談する予定なんだ。美也のことも伝えなきゃだし」
「うん…‥」
「そんな顔すんなよ。スカボローフェア歌ってやるから一緒に寝よう」
「いやらしさが滲み出てる」
「んじゃいいよ、おれ、ソファで寝ても」
「やだ。スカボローフェア聴きたい」
「じゃあ、早く寝る準備しよう。美也も明日早いだろ」
零は笑って立ち上がった。
「うん……」
美也は目をしばたたせて口を噤んだ。
「おれは美也と一緒にいる時間が増えるんなら嬉しいけど……。ただ、藤谷さんと社長には話さないと……」
「あ…… そうか…… ごめん…… そうだよね…… ごめんなさい……」
美也の泣き出しそうな顔を見て、零は笑みを見せた。
「大丈夫だよ。美也のことは藤谷さんも社長もとっくに知ってるし。家に一緒にいるからね、って言うだけ」
「うん……」
頷きながら、美也はテーブルに置きっぱなしのヘッドフォンに気付いた。
「ごめん、仕事中だったよね?」
「ああ」
零は美也の視線に気づいてヘッドフォンを取り上げた。
「アルバムのね…… 曲の確認」
「小野キリエさんの?」
零は美也の顔を見た。彼女は音楽船を見たのだろう。
「受けるの?」
「うーん……」
答えかけて零はふと美也の顔を見た。
「おれが迷ってるって、なんで知ってるの? 藤谷さんから聞いた?」
「え、あ、うん…… 零ちゃん、顔、強張ってたよ……」
分からないように注意したつもりだったのに…… 零は自分の口元に手を当てた。
「誰もわかってないと思うよ? 巧也も気づいてなかったし」
美也は言った。
「美也には何でもバレちゃうんだな」
零はヘッドフォンを取り上げた。
「聴いてみる?」
頭に近づいた零の指の温度に美也は一瞬どきんとする。
しばらく耳を傾けているとピアノの音が聞こえてきた。
そして小野キリエの声。
店で見た時からは想像もできないほどの透明感と迫力が混在した声。
高く昇りつめたかと思えばまっしぐらに地上に向かう。
落ちきる前に風に吹かれてまた舞い上がる。
目を閉じて聴いていると、そのまま連れて行かれてしまいそうな気持ちになる。
踏みとどまっていられるのは零の声だからだわ……
美也は思った。
でも、懸命に連れ去ろうとしてる……
やめて。零を連れて行かないで。
そう思ったとき、唇に温かい感触を感じて目を開けた。
「そんな陶酔の顔しないで。襲いたくなる」
零がくすぐるような視線を向けていた。
「もう! そういういやらしいことばっか言わないで」
美也はヘッドフォンを取った。
「どうだった?」
尋ねられて美也は「うん」と小さく答えた。
「小野キリエさん、歌うまいよね。作る曲もすごいし」
零はうなずいた。
「最近少しは譜面わかるようにはなってきたけど、小野さんの曲は難しいんだ…… 特に9曲目はおれ、できるかなって不安だ。正直、これで彼女と膨大な時間を費やすのがいいのかどうかわからないんだ」
「零が断ったらどうなるの?」
「さあ…… 小野さんが自分で歌わなきゃ、没になるんだろうな……」
自分には何も言えない。
美也は口を引き結んだ。
本心は断って欲しい。
小野キリエは怖い。あの人の声は怖い。零を連れて行ってしまいそうだ。
でも、自分にはそんなことを言う権利はない。
「明日、藤谷さんと社長と相談する予定なんだ。美也のことも伝えなきゃだし」
「うん…‥」
「そんな顔すんなよ。スカボローフェア歌ってやるから一緒に寝よう」
「いやらしさが滲み出てる」
「んじゃいいよ、おれ、ソファで寝ても」
「やだ。スカボローフェア聴きたい」
「じゃあ、早く寝る準備しよう。美也も明日早いだろ」
零は笑って立ち上がった。