「さて、それではみなさん、お待ちかねです。神西零さん、小野キリエさんの登場です!」
 拍手とともに零とキリエが画面に入る。スタジオにいた観客が声をあげた。
 零になのか、姿を見せたキリエになのかはよくわからない。
「小野さん、いやぁ、よくぞお越しいただきました!」
 ふたりが腰を下ろすとMCが話を振る。
 キリエは中折れ帽を深く被り、小さく笑みを見せてぺこりと頭を下げた。
「神西さん、ニューシングルの『Scenery』週間ランキング2位! いや、すごいですねえ」
「おかげさまで…… ありがとうございます」
 零はトークが苦手だ。決まりきった言葉しか出てこない。
「小野さんは台湾のほうでこれもまた、けっこうな人気が出てるそうですねえ」
 キリエはにこりと笑みを浮かべた。
「おふたりは『KIRIE』と『AQUA』で共演なさって、かなり話題になりましたけれど、おふたりともこういうのは初めてのご経験だったそうで?」
「ええ、そうですね」
 零とキリエがちらりと顔を見合わせて同じ返答をする。
「それでそれで、すごい情報をゲットしちゃったんですけど? おふたりでアルバムを製作だとかー?」
 ええーっ、と声があがる。零は思わずカメラの向こうにいる藤谷の姿を目で探した。
 戸惑った様子が出ないようにするのに必死だ。
「これもやっぱり小野さんの作詞作曲で、神西さんとの共演ですか?」
「もちろんです」
 横にいたキリエが答えて、零は彼女の顔を見た。
 リハーサル時の怯えた雰囲気が全く消え去った堂々とした表情だった。
「お互い忙しい間を縫っての製作になるので、まだだいぶん時間はかかりそうなんですけれど、良いものをみなさんにお届けできるよう頑張ってます」
 ね?というように目を向けられて、零は曖昧に笑みを返した。
 なんだよこれ…… こんな話、聞いてない。
 視界の隅にようやく藤谷の姿を捉えた。
 藤谷は賀州に何か言っているようだ。もちろん彼も寝耳に水の話だっただろう。
「さ、それではおふたりに歌っていただきましょう! 神西零さんの『Scenery』、小野キリエさんの『Cotton』、そしておふたりの『AQUA』です! 3曲続けてどうぞ!」
 拍手に促されて零は立ち上がるしかなかった。

 あとはもう無我夢中だった。
 歌に入ると全ては忘れてしまえるのだが、歌い終わってから番組終了までは平静を装うだけで精一杯だ。
 最後のアーティストが歌い終わって番組が終了するなり、零はキリエの腕を掴んだ。
「小野さん、どういうこと」
 周囲に聞こえないように零は小声でキリエに詰め寄った。
「おれ、アルバムは了承してないよね」
「『KIRIE』と『AQUA』含めて全12曲。新曲10曲、全部できてます。あとは零さんが歌う気持ちになってくれるだけですよ?」
「一方的過ぎるよ……」
「じゃあ、新たに作った10曲、全部お蔵入りですか?」
「小野さん……」
 こんな強引なところがある子だとは思わなかった。
 零はキリエの目に光る威嚇的な部分を感じ取って口を引き結んだ。
「せめて作った曲、聞いてください。あとで楽屋にお持ちします」
 キリエはくるりと身を翻すと歩いて行ってしまった。
「零」
 藤谷が声をかける。
「零、申し訳ない…… 自分も事前に聞いてなかったです……」
「賀州さんはなんて言ってたんです?」
「彼も知らなかったみたいだ。小野さんが直接プロデューサーに言ったんじゃないかな……」
 零は息を吐いた。
 こんなのでいいアルバムが作れるはずがない。小野キリエはどうかしてる。
 その気持ちしかなかった。

 新曲を入れたデモテープは賀州から藤谷を通じて零に届いた。
「小野さんがピアノで弾き語りしてるのが入ってるって聞いた。これ、歌詞」
 藤谷も困惑したように紙束を差し出す。
 前のように零のパートの部分にラインが引いてあった。
「藤谷さん、なんて返答したんです?」
「検討させていただきますって伝えた。社長に電話したら、とりあえず聴いてみろって。スケジュールが決まっていることじゃないから、どうしてもだめなら事務所として正式に断るって」
 目の前のCDを見て、零はため息をついた。
 このまま聴かずに断るべきか、それとも一度は聴いて断るべきか……
 曲を確かめてみたい気持ちはあった。
 キリエに不信感があったとしても、ふたりで歌ったときの高揚感はまぎれもない事実だったからだ。
 迷いに迷った末、零は藤谷に目を向けた。
「聴いてみる。一応それが礼儀だと思うし」
「うん…… そうだな」
 藤谷はうなずいた。