零のニューシングル『Scenery 』が発売されてしばらくして、藤谷は零に次のスケジュールを伝えた。
「音楽船の出演決まったよ。曲は『Scenery』と『AQUA』」
「『AQUA』は…… 小野さんが……」
 零は訝し気に藤谷を見やった。
「それがびっくり。ダメもとで打診したら、小野キリエが出るって快諾したんだってさ」
「え、なんで……」
「なんでだろうねえ…… でも番組的にはすっごい美味しいよ。零と小野キリエが生で歌うのなんか、初めてだろうし」
 生…… そうか、生番組なんだ……
 撮り直しできない。
「なんかこの分だと『Scenery』も一緒に歌わされそうだな」
「それは違うんじゃない?」
「と、思うけど、たぶんテレビ的にはふたりの姿で映したいと思う」
 零は少しイラっとした。
「おれは自分の歌は自分ひとりで歌いたい」
「そうだな…… 『AQUA』は仕方がないにしても、互いの曲は別々で、って交渉してみるよ」
「お願いします」
 零はそう言いつつももやもやした気持ちが治まらなかった。
 あれだけなんやかんや直に連絡してきたくせに、この件に関してキリエは何にも言って来なかった。
 もう、ここまで気持ちが抉れたら、アルバムなんて絶対無理だろう。
 次にまた話が出たら、もうきっぱり断ろう。
 零はそう決心した。

 音楽船のリハーサルのとき、キリエは以前と変わらず少し緊張した面持ちでスタジオに来て、零の姿を見てぺこんと頭を下げた。
「先に説明させていただいたように、MCの坂口玄太が神西さんと小野さんを呼びます。そこで少しトークして、最初に神西さんの『Scenery』、次に小野さんの『Cotton』、そのあとふたりで『AQUA』になります」
 ディレクターの説明を聞きながら零はキリエの顔をちらりと見やる。
 最初に見た時の緊張しきったキリエの雰囲気に似ている。
 何度もやっているコンサート前ですら緊張過多気味なのだから、初めての、ましてや生でのテレビ番組だと緊張も半端じゃないだろう。
「小野さん、リラックスだよ」
 あまりの強張った表情に零は思わず声をかけてしまった。
 キリエが目をしばたたせて頷く。
「零さん」
 ディレクターが離れたあと、キリエは小さな声で言った。
「震えがとまんなくて。あの…… 手を握ってもらっていいですか?」
 零は思わず周囲を見回した。人が多い。こんなところでキリエの手を握ったらろくな噂にならない。
「大丈夫。歌いだしたらいつもの小野さんに戻れるよ」
 代わりに肩をぽんぽんとたたいてやった。
 キリエはリハーサル中もところどころ声が震えていたが、何とかそれも終えることができた。
 ふたりはそれぞれの楽屋に戻って本番の準備に入る。
「小野さん、なんか言ってきた?」
 藤谷が尋ねるのを零は首を振った。
「なんにも。緊張はしてるみたいだけど。そっちは賀州さんからなんか聞いた?」
「うーん…… なんでテレビに出ることにしたんですかって、聞いてはみたんだけど、話が来たとき小野キリエが出るって乗り気になったからってことだった。嫌がるだろうと思ってたから、賀州さんもちょっとびっくりしたみたいだ。でもまあ、これがきっかけで露出先が増えてくれるとありがたいしって」
「そうですか……」
 やっぱり何か納得できない部分があった。
 これから何かと小野キリエとふたりで動くことが増えるのはちょっと面倒な気がした。