運ばれてきたシフォンケーキにキリエは目を輝かせた。
この人、普通の女の子なんだなあ、と美也は思う。
「あ、美味しい」
一口くちに運んでキリエは言った。
「良かったです」
美也は笑みを浮かべた。
「スカボローフェア、好きなんですか?」
いきなり尋ねられて「え?」と声を漏らしてしまった。
「小さく口ずさんでいらっしゃいましたよ」
「え、ほんとですか。やだ、恥ずかしい……」
ぶわっと顔に血が昇るのが分かった。本当に自分で意識しないで口ずさんでいたらしい。
「いい歌ですよね、スカボローフェア。私も好きです。何か思い入れがあるんですか?」
「思い入れというか…… 父が小さい頃からよく聞いていたんです」
「零さんもご一緒に?」
「え、ええ、まあ…… よく一緒にいましたから」
「そうなんですね……」
「あ、ごめんなさい、ごゆっくりなさってくださいね」
そのままテーブルを離れようとしたが、キリエが声をかけた。
「あの…… 零さんとKIRIEとCMでご一緒したんですけど…… あの…… どうでした? ご覧になりました?」
「え?」
美也は目をしばたたせた。
「拝見しましたよ。CMは残念ながらちらっと見たきりなんですけど。すごく素敵だと思いました」
キリエがほっとしたような顔をするのが意外だった。彼女くらい実力ある人はあんまり周りの評価を気にしないんじゃないかと思っていたからだ。
「小野さん、声がとっても綺麗です。聞いてるとふわーって波が来るみたいな気がします」
「ほんとうですか?」
キリエは小首をかしげて美也を見た。
「ほんとです。実はわたし、高校の時に零とバンド組んでたんですけど、零はあの通りの声だから一緒に歌ってもわたし、ぜーんぜん釣り合わなくって……」
「そりゃ、そうでしょうね……」
美也はキリエの返答に次の言葉が継げなくなった。
『でも小野さんと零だとお互いがどんどん高め合って歌い上げる感じですごいです』
そう、言おうとしたのだが、キリエの口調は『当り前よ、あなたなんか』という色が含まれているように感じたのだ。
『やだ、わたし……』
美也は自己嫌悪に陥った。
そんな美也にキリエは言葉を続ける。
「あの…… 実は今、零さんとアルバムを作りたいと思ってるんですけど、零さんあんまり…… 乗り気じゃないみたいで……」
「そうなんですか……?」
どうしてそんな話をするんだろう、と思いながら美也はキリエを見つめた。
「わたし、零さんと歌いたいんです。歌わなくちゃいけなくて」
向けられた視線に美也は戸惑った。異様な切迫感が彼女の切れ長の目の奥に見えた。
「美也さんからも…… 口添えしてもらえません?」
「え……」
美也は思わず厨房の咲のほうを見た。
咲は普段通り動き回って美也の視線には気づかなかった。
「あの……」
緊張した。指輪をつけた手に汗が滲む。
「わたし…… 零の仕事に口出しできる立場じゃないんです。藤谷さんに相談していただけませんか……?」
「あなたが言ってもだめですか?」
キリエは食い下がる。
なんなんだろう、この人。
『時々、理解できないこと言う』
前に零が言っていた言葉を思い出した。
「そういうの、わたしできません。ごめんなさい……」
美也はそう言うと、キリエに頭を下げて急いで彼女の席から離れた。
それを見送って、キリエはシフォンケーキを口に運んだ。
「おいしくない……」
彼女は小さく呟いた。
この人、普通の女の子なんだなあ、と美也は思う。
「あ、美味しい」
一口くちに運んでキリエは言った。
「良かったです」
美也は笑みを浮かべた。
「スカボローフェア、好きなんですか?」
いきなり尋ねられて「え?」と声を漏らしてしまった。
「小さく口ずさんでいらっしゃいましたよ」
「え、ほんとですか。やだ、恥ずかしい……」
ぶわっと顔に血が昇るのが分かった。本当に自分で意識しないで口ずさんでいたらしい。
「いい歌ですよね、スカボローフェア。私も好きです。何か思い入れがあるんですか?」
「思い入れというか…… 父が小さい頃からよく聞いていたんです」
「零さんもご一緒に?」
「え、ええ、まあ…… よく一緒にいましたから」
「そうなんですね……」
「あ、ごめんなさい、ごゆっくりなさってくださいね」
そのままテーブルを離れようとしたが、キリエが声をかけた。
「あの…… 零さんとKIRIEとCMでご一緒したんですけど…… あの…… どうでした? ご覧になりました?」
「え?」
美也は目をしばたたせた。
「拝見しましたよ。CMは残念ながらちらっと見たきりなんですけど。すごく素敵だと思いました」
キリエがほっとしたような顔をするのが意外だった。彼女くらい実力ある人はあんまり周りの評価を気にしないんじゃないかと思っていたからだ。
「小野さん、声がとっても綺麗です。聞いてるとふわーって波が来るみたいな気がします」
「ほんとうですか?」
キリエは小首をかしげて美也を見た。
「ほんとです。実はわたし、高校の時に零とバンド組んでたんですけど、零はあの通りの声だから一緒に歌ってもわたし、ぜーんぜん釣り合わなくって……」
「そりゃ、そうでしょうね……」
美也はキリエの返答に次の言葉が継げなくなった。
『でも小野さんと零だとお互いがどんどん高め合って歌い上げる感じですごいです』
そう、言おうとしたのだが、キリエの口調は『当り前よ、あなたなんか』という色が含まれているように感じたのだ。
『やだ、わたし……』
美也は自己嫌悪に陥った。
そんな美也にキリエは言葉を続ける。
「あの…… 実は今、零さんとアルバムを作りたいと思ってるんですけど、零さんあんまり…… 乗り気じゃないみたいで……」
「そうなんですか……?」
どうしてそんな話をするんだろう、と思いながら美也はキリエを見つめた。
「わたし、零さんと歌いたいんです。歌わなくちゃいけなくて」
向けられた視線に美也は戸惑った。異様な切迫感が彼女の切れ長の目の奥に見えた。
「美也さんからも…… 口添えしてもらえません?」
「え……」
美也は思わず厨房の咲のほうを見た。
咲は普段通り動き回って美也の視線には気づかなかった。
「あの……」
緊張した。指輪をつけた手に汗が滲む。
「わたし…… 零の仕事に口出しできる立場じゃないんです。藤谷さんに相談していただけませんか……?」
「あなたが言ってもだめですか?」
キリエは食い下がる。
なんなんだろう、この人。
『時々、理解できないこと言う』
前に零が言っていた言葉を思い出した。
「そういうの、わたしできません。ごめんなさい……」
美也はそう言うと、キリエに頭を下げて急いで彼女の席から離れた。
それを見送って、キリエはシフォンケーキを口に運んだ。
「おいしくない……」
彼女は小さく呟いた。