【アリソン歴4241年】
アルフレド王国現国王・アルフレド113世、北西大陸の港を征服し、北西大陸への橋頭保を築くことに成功する。
現地人たちを奴隷化し、プランターで働かせ、少しでも抵抗すれば片手を切り落とす等の残虐な統治を行う。
圧政に苦しめられている農奴や労働者階級は、自分たちよりも下の身分が生まれたことを機会に自身たちの解放を訴えかけるも、国王は農奴から居住地選択の自由を奪い、貴族に農奴の人身売買裁量権を与え、労働者階級には通貨による納税を義務付け、貧困層の処遇をかえって締め付ける。
【アリソン歴4246年】
アルフレド王国内で反政府デモが頻発するようになる。
王都でのデモが過激化し、それを正規軍が銃弾でもって殲滅するという『血の日曜日事件』が発生。
平民を中心に、革命の機運が高まってゆく。
【アリソン歴4252年】
領土拡張と革命風の解消を狙うアルフレド113世が、議会へ魔王国侵攻を呼びかける――
■ ◆ ■ ◆
――1ヵ月前――
■ ◆ ■ ◆
「隣国への戦争正当化工作はまだ終わらんのか!」
我が王――アルフレド113世が喚き散らす。
きらびやかな調度品でこれでもかと彩られた部屋、テーブル一面に並ぶ豪華な料理の数々、一本開けるだけで家が建つようなワインの空き瓶が転がる。
相次ぐ増税の所為で、平民の間では自殺者が後を絶たないっていうのに、気楽なものさね。
「は、はい……」
可哀想に、今日の給仕兼報告当番にされた少女が、王のグラスにワインを注ぎながら答える。
「議会は本日、貴族院、平民院ともに非戦の方向で一致し――うげっ!?」
少女の体が吹っ飛んだ。やおら立ち上がった王に、勢いよくお腹を蹴り飛ばされたのさ。
四十半ばのこの王は、思わず目を逸らしたくなるほどぶくぶくと太っているクセに、蹴りの威力だけは異様に高い。
……もっとも、毎日毎日飽きもせず女の腹を蹴り飛ばしていれば、誰でも蹴り技が上手くなるってものさね。
「まったく、臆病者どもめ!」
倒れて身動きできないでいる少女をなおも蹴りつけながら、王が毒ずく。
儂がいま無詠唱でかけ続けている【治癒】が、あの少女の痛みを少しでも和らげてやれたらいいのだけれど。
「余は、余の治世の間に彼の国を引きつぶし、歴史に名を残さねばならぬのだ!」
誰も王の蛮行を止めない。止められない。
壁の端に居並ぶ侍女たちはみな一様に、下を向いて震えている。
「……坊や、もうそのへんにおし」
だから、儂が間に入ることにした。
そもそもいま、さんざんに蹴りつけられているこの子は単なる伝書鳩であって、少しだって悪くはないのだから。
「うるさい!」
王が、壁際に侍るこちらに向かって酒瓶を投げつけてきた。
瓶が頭部に当たって割れる。この程度じゃ傷ひとつ負うことはないけれど、愛するマスター――アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世様――から頂いたこの体を粗末に扱われるのは気に入らない。
この王は昔っからワガママな子だったけれど、本当に、絵に描いたような愚王になってしまった。
「何だその目は!」
王が喚く。
それから、王は急にしたり顔になり、
「そうだ、貴様が行って来い。数千年分の叡智とやらを使って、余の望みを果たせ」
「…………仰せのままに」
カーテシーの礼を取る。もちろん、頭を下げる最上の礼で、さ。
どれだけ愚かな奴であろうと、どれほど気に喰わない相手であろうとも。
それが『王』ならば、従わざるを得ない。
愛するマスターとの【契約】によって、己という存在はそう定義づけられているから……マスターのことはいまでも心の底から愛しているけれど、この【契約】に関してだけは、正直少し、マスターのことを恨んでいるよ。
「失せろ、婆ぁめ!」
その場を辞し、自室で旅装に着替えながら物思いにふける。
――――図らずも、外出許可が出た。
こちとら何千年とタダ働きさせられて、特にここ数年は毎日のようにあの王に乱暴を働かれて、随分とストレスを溜めていたんだ。
今回の旅でせいぜい発散させてもらうとしよう。
東王国に潜ませている間者からの情報によると、なんでも東王国の辺境に、加護【無制限収納空間】を持つ冒険者がいるそうじゃあないか!
【無制限収納空間】と言えばマスターが最も得意としていた魔法にして奇跡にして奥義。
儂は長いこと永いこと、マスターの【無制限収納空間】を受け継いだ人間の誕生を待ちわびていたんだ。
……願わくば、その【無制限収納空間】使いが、儂の――アリス・アインス・フォン・ロンダキアの希望を叶えてくれる逸材でありますように。
アルフレド王国現国王・アルフレド113世、北西大陸の港を征服し、北西大陸への橋頭保を築くことに成功する。
現地人たちを奴隷化し、プランターで働かせ、少しでも抵抗すれば片手を切り落とす等の残虐な統治を行う。
圧政に苦しめられている農奴や労働者階級は、自分たちよりも下の身分が生まれたことを機会に自身たちの解放を訴えかけるも、国王は農奴から居住地選択の自由を奪い、貴族に農奴の人身売買裁量権を与え、労働者階級には通貨による納税を義務付け、貧困層の処遇をかえって締め付ける。
【アリソン歴4246年】
アルフレド王国内で反政府デモが頻発するようになる。
王都でのデモが過激化し、それを正規軍が銃弾でもって殲滅するという『血の日曜日事件』が発生。
平民を中心に、革命の機運が高まってゆく。
【アリソン歴4252年】
領土拡張と革命風の解消を狙うアルフレド113世が、議会へ魔王国侵攻を呼びかける――
■ ◆ ■ ◆
――1ヵ月前――
■ ◆ ■ ◆
「隣国への戦争正当化工作はまだ終わらんのか!」
我が王――アルフレド113世が喚き散らす。
きらびやかな調度品でこれでもかと彩られた部屋、テーブル一面に並ぶ豪華な料理の数々、一本開けるだけで家が建つようなワインの空き瓶が転がる。
相次ぐ増税の所為で、平民の間では自殺者が後を絶たないっていうのに、気楽なものさね。
「は、はい……」
可哀想に、今日の給仕兼報告当番にされた少女が、王のグラスにワインを注ぎながら答える。
「議会は本日、貴族院、平民院ともに非戦の方向で一致し――うげっ!?」
少女の体が吹っ飛んだ。やおら立ち上がった王に、勢いよくお腹を蹴り飛ばされたのさ。
四十半ばのこの王は、思わず目を逸らしたくなるほどぶくぶくと太っているクセに、蹴りの威力だけは異様に高い。
……もっとも、毎日毎日飽きもせず女の腹を蹴り飛ばしていれば、誰でも蹴り技が上手くなるってものさね。
「まったく、臆病者どもめ!」
倒れて身動きできないでいる少女をなおも蹴りつけながら、王が毒ずく。
儂がいま無詠唱でかけ続けている【治癒】が、あの少女の痛みを少しでも和らげてやれたらいいのだけれど。
「余は、余の治世の間に彼の国を引きつぶし、歴史に名を残さねばならぬのだ!」
誰も王の蛮行を止めない。止められない。
壁の端に居並ぶ侍女たちはみな一様に、下を向いて震えている。
「……坊や、もうそのへんにおし」
だから、儂が間に入ることにした。
そもそもいま、さんざんに蹴りつけられているこの子は単なる伝書鳩であって、少しだって悪くはないのだから。
「うるさい!」
王が、壁際に侍るこちらに向かって酒瓶を投げつけてきた。
瓶が頭部に当たって割れる。この程度じゃ傷ひとつ負うことはないけれど、愛するマスター――アリス・アリソン・フォン・ロンダキア・ルキフェル14世様――から頂いたこの体を粗末に扱われるのは気に入らない。
この王は昔っからワガママな子だったけれど、本当に、絵に描いたような愚王になってしまった。
「何だその目は!」
王が喚く。
それから、王は急にしたり顔になり、
「そうだ、貴様が行って来い。数千年分の叡智とやらを使って、余の望みを果たせ」
「…………仰せのままに」
カーテシーの礼を取る。もちろん、頭を下げる最上の礼で、さ。
どれだけ愚かな奴であろうと、どれほど気に喰わない相手であろうとも。
それが『王』ならば、従わざるを得ない。
愛するマスターとの【契約】によって、己という存在はそう定義づけられているから……マスターのことはいまでも心の底から愛しているけれど、この【契約】に関してだけは、正直少し、マスターのことを恨んでいるよ。
「失せろ、婆ぁめ!」
その場を辞し、自室で旅装に着替えながら物思いにふける。
――――図らずも、外出許可が出た。
こちとら何千年とタダ働きさせられて、特にここ数年は毎日のようにあの王に乱暴を働かれて、随分とストレスを溜めていたんだ。
今回の旅でせいぜい発散させてもらうとしよう。
東王国に潜ませている間者からの情報によると、なんでも東王国の辺境に、加護【無制限収納空間】を持つ冒険者がいるそうじゃあないか!
【無制限収納空間】と言えばマスターが最も得意としていた魔法にして奇跡にして奥義。
儂は長いこと永いこと、マスターの【無制限収納空間】を受け継いだ人間の誕生を待ちわびていたんだ。
……願わくば、その【無制限収納空間】使いが、儂の――アリス・アインス・フォン・ロンダキアの希望を叶えてくれる逸材でありますように。