「ちょっと旅に出るさね」

 トンネル貫通の翌日、お師匠様がそう宣言した。

「え、えぇぇぇぇええええ!?」

 朝食後の居間で悲鳴を上げる僕と、

「やりましたわ!」

 お茶のカップを片手に喝采を上げるノティア。

「お、お師匠様!? まさか『トンネル』がお師匠様の『悲願』だったんですか!? それが叶ったらもう、僕は不要だって言うんですか……ッ!?」

「はぁ~……」

 お師匠様が盛大なため息を吐く。

「大層な勘違いをしているんじゃあないさね。お前さんのことはまだまだたっぷり利用させてもらうから、安心するがいいさ」

「よ、良かったぁ~……」

 言い方はアレだったけれど、お師匠様が僕を見捨てないらしいとの反応を得て、心底安心する僕。
 そして、そんな僕を無表情でじぃっとみつめるノティア……。

「まぁ言っても、2、3日のことさね。いくら甘えん坊な愛弟子でも、そのくらいは待てるだろう?」

 ニヤニヤと微笑むお師匠様。

「う、うぐぐぐ……べ、別にお師匠様がいなくて不安だとか、そんなことはないんだからね!」

 と、お師匠様が『物語本』に書いていた『つんでれ』(?)ふうに言ってみる。
 お師匠様は何も言わず冷笑している。

「――そ、それで! どこへ行かれるんですか?」

「乙女の秘密さね」

「「お、乙女……?」」

 ノティアとふたりして首をかしげて見せると、

「し、失礼な奴らさね、まったく!!」


   ■ ◆ ■ ◆


 そんなふうにしてお師匠様はいなくなり、3日後の夕方に、またひょっこりと姿を現した。

「うわぁ……これまた、ごちゃついているさねぇ」

 お師匠様が引きつり笑いをするのも当然で、屋敷の居間は人でごった返している。

 ソファの上座には魔王様――お師匠様目当てでよく遊びに来るんだよ――がいて、その後ろにはバフォメット様が控えている。

 上座の次の席には領主様がいて、その隣にはお嬢様がいる――お嬢様の病状の経過を見る為に、わざわざお越し下さったんだ。
 領主様は、僕からの『むやみやたらと召喚しないでください』という願いを律義に聞いてくれてるんだよね。
 さらにその後ろには護衛の騎士ふたりと、執事さんが。

 で、僕らの方はノティアと僕がお嬢様の状態を診ていて、メイド組のエメちゃん、レニーちゃん、リュシーちゃんが忙しそうに茶菓子やら何やらを用意している。

 シャーロッテと料理上手メイドのジゼルちゃんは、少年組3人と一緒に厨房でディナーの準備。

「おぉぉおおおッ、アリソン! 逢いたかったぞ」

 またいつものように魔王様の発作が発動し、

「……げっ」

 領主様が、お師匠様の顔を見て露骨に嫌そうな顔をする……なぜだろうか?

「こ、こらっ、くっついてくるんじゃないさね!」

 抱き着いてくる魔王様を、容赦のない腕力で思いっきり引きはがすお師匠様。
 最初は魔王様が相手ってことでだいぶ遠慮していたみたいだけど、もう最近は遠慮がなくなってきてるね。
 で、ひとしきり魔王様が暴れて、ちょっと落ち着いたスキに、バフォメット様が魔王様を羽交い絞めにして、ソファに座らせる。
 これも、まぁいつもこんな感じだ。

「寂しかったかい、クリス?」

 ソファに座ったお師匠様がニヤニヤ顔で言うので、

「はい」

 真顔で返す。事実だったので。

「んなっ、ったくガキがからかうんじゃあないよ」





「ちょ、町長様ぁ~~~~っ!!」





 居間に、ミッチェンさんが転がり込んできた。

「んなっ、どうしたんです!? って、顔! 真っ青じゃないですか!!」

「た、たた、大変なんです!!」

「いったいどうしたって――」

「――――魔王様ッ!!」

 いきなり、四天王のレヴィアタン様が居間に現れた!
 て、【瞬間移動(テレポート)】かな……!?

「一大事です、魔王様!!」
「一大事なんです、町長様!!」

「「アルフレド王国が、我が国に宣戦布告してきましたッ!!」」


   ■ ◆ ■ ◆


 今日の午後に、西側の交易所が何の前触れもなく西王国の軍隊によって閉鎖された。
 西王国側に出稼ぎに行っている行商人たちは、軒並み拘束され、軟禁状態にあるらしい。
 西の森を西側に出てすぐのあたり――僕がお師匠様の【遠見(テレスコープ)】で見せてもらったことがある城壁では、軍隊が集結しているそうだ。

「宣戦布告は西王国側では新聞で大々的に発表されているらしく、私はそれを、たまたま西王国にいた商人ギルド職員から【念話(テレパシー)】で聞いたのです!」

 ミッチェンさんが真っ青になりながら説明する。

「アルフレド王国からは何も連絡はなく、ホットラインは沈黙したままです!」

 続いてレヴィアタン様が説明する。

「わたくしも、西王国に忍ばせている間者(スパイ)からの連絡で知った次第で……魔王様、どうされますか!?」

「あわわ、あわわわわ……ど、どうしよう……? 余は人族が相手では無力なんだ!」

 魔王様は慌てるばかりで話にならなさそうだ。

「でもなんで!?」

 僕は思わず叫ぶ。

「西王国とは、交易所を通じてこの一ヵ月、仲良くしてたじゃないか! 何か誤解があるんじゃ――…」

「そんなもの、当たり前だろう!!」

 領主様が顔を真っ赤にして喚き散らす。

「冒険者クリス、貴様の所為だぞ!」

「ええっ!?」

「そもそもこの場所は、でーえむぜっと、であるからおごぶぐべら……」

 ……あぁ、またいつものやつだ。

「……え? アリスさん、あなた何をしていますの?」

 ノティアがお師匠様を、愕然とした顔で見ている。

「え? ノティア、いったい何の話を――」

「クリスぅ~~~~ッ!!」

 と、魔王様に抱き着かれる!

「そなただけが頼りだ! その、何百もの風竜(ウィンド・ドラゴン)を【収納】したという神(がか)りな力で、我が国の民を救い出し、さらには西王国の兵を【収納】してくれ!」

 …………で、できるかな、僕に?
 相手は軍隊だぞ?

「できるとも!」

 魔王様が僕の肩を叩きながら、

「数百の風竜(ウィンド・ドラゴン)が【収納】できて、同数の人間を【収納】できないわけがない! そなたには、無限の魔力を持つアリソンもついているのだからな!!」

「そ、そうですよね!」

 そうだ、僕にはお師匠様がいる!
 僕とお師匠様のコンビを組めば、無敵なんだから!

「お任せください、魔王様! 僕とお師匠様で、必ずや国に平和を――」






























「お断りさね」

 お師匠様が、言った。

「………――――なっ、なんで!?」

「なぜって、そりゃあ――」