「おい、オーギュス……それはさすがにヤバいぜ」

『街』で俺たちがアジトとして使っている宿の一室で。
 目の前に積み上げられた『魔物寄せの香木』を見てびびっちまったのか、冒険者崩れの男が引きつり笑いをする。

「悪ぃが俺は降りさせてもらう」

「お、俺もだ!」

「悪いな、俺も……」

 次々と逃げ出していく野郎ども。
 ふん……悪党にすらなり切れない、糞どもが。

 ――――難民村の川に糞を投げ込む策も、上手くいかなかった。

 一時は難民村が恐慌に陥り、この『街』から去ろうという意見を醸成することが出来たんだが、クリスのやつが、あの『アリス』とかいう女と一緒にあっという間に街中を治しちまった。

 ……クリス。
 どこまでも俺の邪魔をする、憎い男。

「だいたいお前、こんな量の魔物寄せをいっぺんに使ったら、魔物暴走(スタンピード)が起こる。いくら城壁に囲まれてるっつっても……この街が壊滅するぞ」

 まだ残っていた最後の男――孤児院時代から連れ立ってた悪党のひとりが、青い顔をして俺に言う。

「だから? それが目的なんだ。何が悪い」

「お前、いいのかよ……そうなったらシャーロッテだって、きっと死んじまう」

「ふん……」

 シャーロッテ……孤児院のガキどもの中で、唯一俺の思い通りにならなかった女。
 俺はあの孤児院で一番体が大きくて、腕っぷしも強かった。
 男も女も、ちょっと脅して殴ってやればすぐ思い通りになった。
 ……けどシャーロッテだけは、言うことを聞かなかった。
 女のくせに、気に食わない。
 孤児院の女の中で一番の美人で、気が強く、『次代の(ミルク・)母乳(メディエーター)調停官(・セカンド)』だとか呼ばれて調子に乗っていた。
 屈服させたい……と、そう思った。
 そしてあの女は、まるで子犬でも可愛がるみたいに、クリスのことを可愛がっていた。
 あいつからクリスを取り上げたら、どんな顔するだろう?
 泣くだろうか? 怒るだろうか?
 俺がクリスをイジメる度に、あいつは堂々と俺に文句を言ってきた。

 イジメられるしか能がないクリス、そんなクリスを飼って自己満足にひたるシャーロッテ、そんなふたりが気に食わない俺。

 そういう関係が崩れたのは、1ヵ月前。
 あの、『アリス』とかいう女冒険者が現れてからだ。
 クリスは瞬く間に強くなり、兎の首を狩り、盗賊やオークの首を狩り飛ばすようになった。
 俺は薪の納入の件でクリスにハメられて、冒険者ランクを降格させられる憂き目に遭った。
 本当に、何もかもが気に食わない。
 クリスはクリスだ。
 あいつは惨めでなきゃならないんだ。
 あいつが笑うなんてことは、あっちゃならない。

「死んだらいいんだ、あんな女」

「付き合ってらんねぇよ……俺も降りる」

 そうして俺は、ひとりになった。


   ■ ◆ ■ ◆


魔物暴走(スタンピード)です!!」

 真夜中に血相を変えたミッチェンさんが訪れて、そう言った。

「西の森から魔物たちが湧き出て来て、この街の城壁に殺到しています!!」

「なんてこと――…」


   ■ ◆ ■ ◆


『街』の西端、難民村は戦場と化していた。
 壁を飛び越えることができる鳥系の魔物が入り込んでいて、警備をしていた冒険者たちと交戦している。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】! ――怪我はありませんか!?」

 鳥の魔物を【収納】しつつ冒険者に駆け寄る。
 相手はCランクのベテラン冒険者ベランジェさんとパーティーメンバー3人だった。

「ああ、大丈夫だ」

「ではベランジェさんたちは難民の避難誘導をお願いします!」

「はっ、すっかり町長気取りじゃねぇか」

「はは……」

 軽口を叩きつつも、ベランジェさんは難民村の方へ走っていく。





「ガァァァァァゴォォォオオオオッ!!」





 そのとき、壁の向こうで腹に響く咆哮が聞こえ、

 ガァァアアアアアンッ!!

 と、鉄の壁に何かがぶつかる音が聞こえた。

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】――クリス、マズいさね。壁が()たないかもしれない」

 隣でお師匠様が顔を歪める。

「えっ!? 厚さ1メートルの鉄の壁ですよ!?」

「壁の向こうにベヒーモスの成体がいる。あれの突進を何度も受けたら、壁自体が平気でも根元から倒れるさね」

「あああ……」

 壁はあくまで地中5メートルにはめ込んでいるだけであり、土中は石畳で舗装しているだけだ。

「【収納】するしかありませんわよ、クリス君!」

 隣でノティアが言う。

「壁の上まで飛びましょう――【飛翔(レビテーション)】!」

 ノティアに、壁の上へと引き上げてもらう。

「【灯火(トーチ)】!」

 ノティアが壁の下を明かりで照らし上げる。

「――ヒッ!?」

 まるで、『波』のような魔物の群れが、壁の下を埋め尽くしていた!
 四足獣の魔物、ゴブリン、オーク、オーガの群れ、そしてその中心にいるのが、

「あ、あれがベヒーモス……」

 あらかじめお師匠様に教えられていなければ、それを生き物だとは認識できなかったろう。
 まるで岩山のように巨大な、鋭い角を持った四本足の獣――伝説級の魔獣だ。
 Aランク冒険者パーティーが束になっても敵わないような強敵。

「さぁ、クリス君!」

「う、うん――…」

 僕はベヒーモスへ意識を集中し、丹田から両手の平へ魔力を引き出して、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!!」

 ――――バチンッ!!

 と、ベヒーモスの周りに白い魔力光が発生した。
 そして、【収納】したはずのベヒーモスの姿が、まだそこにある。
 こ、この感覚は知っている……風竜(ウィンドドラゴン)のときと同じだ。

「あ、あぁ……抵抗(レジスト)された……ッ!!」

「そんな――…」

「ガァァァァァゴォォォオオオオッ!!」

 ベヒーモスによるさらなる突進!!
 壁がぐらぐらと揺れ、僕たちは空へと退避する。

 ……まずい。
 まずいまずいまずい!
 このままじゃ、壁が倒されてしまう!
 こんな数の魔物に侵入されてしまっては、街が壊滅する!!

 どうすれば――――……