そして、病人はいなくな――らなかった。
なぜだか再び、難民の中から腹痛で苦しむ人たちが病院に担ぎ込まれるようになった!
「な、何で!?」
小休止のときに、僕は頭を抱える。
「病気の原因がどこかにあるってことさね」
「お師匠様……原因、分かりますか?」
「実は、何となく見当はついているんだ」
「え、そうなんですか!?」
「まず、難民で腹痛や下痢に悩まされてる奴らはみな、『大腸菌』という菌に侵されているんだ」
「ダイチョウキン……? 病魔ですか!?」
「いや、この菌はどんな人間の体内にもいて、本来あるべき場所――腸内にいる間は無害なんだ。が、ひとたびそれを経口摂取してしまうと、腹痛や下痢を起こし、最悪の場合、死に至る。
――ちょうど患者もはけたようだ。見に行こうかね」
■ ◆ ■ ◆
というわけで、久しぶりの村歩き。
ノティアとシャーロッテも当然の顔をしてついて来ている。
「あの川さね」
お師匠様が、北の山から引いてきた本流から、この村の為に分岐させた支流を指して言う。
「水を【収納】して出しな」
「はい――【収納空間】――【収納空間】」
そこそこ距離があったけれど、僕は難なく川の水を遠隔【収納】して、コップに入れた状態で手の上に出現させる。
「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】……あぁ、やっぱり。【視覚共有】――見てみな」
見ろと言われたので目を閉じると、お師匠様の司会の先では、コップの中で白いモヤモヤが蠢いている!!
「ひえっ」
「大腸菌さ」
「「「なっ!?」」」
僕、ノティア、シャーロッテの声が重なる。
「えぇぇえッ!? ってことは、誰かがこの川に糞を捨ててるってことですか!?」
「ってことになるねぇ」
「あ、あり得ない!!」
そう、東王国で、糞便を野や川に捨てるなんてことはあり得ないんだ。
東王国では、マジックバッグを設置した椅子型トイレが一般的だ。
用を足す度に若干の魔力が必要にはなるものの、臭いは立たないし虫も寄らない。
で、定期的にマジックバッグを所定の肥溜めに持っていくわけだ。
僕が難民の皆さんに提供した家にも、同じトイレがついているわけだけど……。
「――あっ! まさか難民の人たちって、マジックバッグを起動させるだけの魔力すら持ってないってこと……? いやだからって川に捨てるかなぁ?」
「ま、とにかくいまは、この川から大腸菌を軒並み【収納】しちまえばいい。病気の根源退治さね」
「――はい!!」
■ ◆ ■ ◆
川を綺麗にしてから数日のうちに、病人はすっかりいなくなった。
村長さんに確認したところ、確かにマジックバッグを起動させるだけの魔力も持たない住民は一定数いるそうなのだけれど、そういう家でもちゃんと汲み取り式便所を作り、糞便は村の肥溜めで適切に管理しているとのことだった。
とにかく、くれぐれも川を汚さないように、と強くお願いした。
自分たちで川を汚して病気になって、それで瘴気だ祟りだなんて言われても、困ってしまうよ……。
■ ◆ ■ ◆
「【無制限収納空間】! はい、どうですか?」
「まぁっ! すべすべ! もうクリス君無しじゃ生きていけないよ!」
ムダ毛が【収納】された脚を撫でながら、この街で宿を営む女将さんが笑う。
「あ、あはは……」
病人の数が減っていき、いつの間にかこの病院は『美容院』と呼ばれるようになっていた。
『アリスさんは足の裏が綺麗でうらやましいですわ』
と、ノティアがある日の『魔力養殖』のときに言ったのが、すべての始まりだった。
『足の裏?』
『こう、歩いてるとかかとの皮が厚くなってバキバキになりません?』
『あぁ、角質かい。クリスなら、綺麗に【収納】できるんじゃあないかい?』
そこから始まる、ノティアの『あれも【収納】してほしい』『これも【収納】してほしい』という無限の欲望!
お師匠様の視界越しとは言え、女性の体をまじまじと見なければならないので、正直恥ずかしいのだけれど……ノティアは逆に、僕に見られて喜んでたね……はぁ。
で、その話が使用人組にバレて、そばかすを【収納】してほしいだのほくろを【収納】してほしいだのという話に発展し、何がどういう経路で漏れたのか、この病院に女性客が殺到するようになった。
あとは、『食べ過ぎてお腹が苦しいから胃の中を【収納】してくれ』とかふざけたことをいう大富豪や貴族様ね……。
腹についた贅肉を【収納】してくれっていう依頼は、さすがに怖すぎて手が出せなかったよ。
中には『矢じりが体の奥深くまで刺さって……』みたいな切実なのもあったので、そういうのは最優先で治療したよ、もちろん。
そんなふうにして、平和な日々が続いた。
領主様は約束通り無駄な召喚をしなくなったし、慌ただしいけれど平和な日々だった。
そんな日々がいつまでも続いてくれれば良かったのに…………本当に。
なぜだか再び、難民の中から腹痛で苦しむ人たちが病院に担ぎ込まれるようになった!
「な、何で!?」
小休止のときに、僕は頭を抱える。
「病気の原因がどこかにあるってことさね」
「お師匠様……原因、分かりますか?」
「実は、何となく見当はついているんだ」
「え、そうなんですか!?」
「まず、難民で腹痛や下痢に悩まされてる奴らはみな、『大腸菌』という菌に侵されているんだ」
「ダイチョウキン……? 病魔ですか!?」
「いや、この菌はどんな人間の体内にもいて、本来あるべき場所――腸内にいる間は無害なんだ。が、ひとたびそれを経口摂取してしまうと、腹痛や下痢を起こし、最悪の場合、死に至る。
――ちょうど患者もはけたようだ。見に行こうかね」
■ ◆ ■ ◆
というわけで、久しぶりの村歩き。
ノティアとシャーロッテも当然の顔をしてついて来ている。
「あの川さね」
お師匠様が、北の山から引いてきた本流から、この村の為に分岐させた支流を指して言う。
「水を【収納】して出しな」
「はい――【収納空間】――【収納空間】」
そこそこ距離があったけれど、僕は難なく川の水を遠隔【収納】して、コップに入れた状態で手の上に出現させる。
「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析】……あぁ、やっぱり。【視覚共有】――見てみな」
見ろと言われたので目を閉じると、お師匠様の司会の先では、コップの中で白いモヤモヤが蠢いている!!
「ひえっ」
「大腸菌さ」
「「「なっ!?」」」
僕、ノティア、シャーロッテの声が重なる。
「えぇぇえッ!? ってことは、誰かがこの川に糞を捨ててるってことですか!?」
「ってことになるねぇ」
「あ、あり得ない!!」
そう、東王国で、糞便を野や川に捨てるなんてことはあり得ないんだ。
東王国では、マジックバッグを設置した椅子型トイレが一般的だ。
用を足す度に若干の魔力が必要にはなるものの、臭いは立たないし虫も寄らない。
で、定期的にマジックバッグを所定の肥溜めに持っていくわけだ。
僕が難民の皆さんに提供した家にも、同じトイレがついているわけだけど……。
「――あっ! まさか難民の人たちって、マジックバッグを起動させるだけの魔力すら持ってないってこと……? いやだからって川に捨てるかなぁ?」
「ま、とにかくいまは、この川から大腸菌を軒並み【収納】しちまえばいい。病気の根源退治さね」
「――はい!!」
■ ◆ ■ ◆
川を綺麗にしてから数日のうちに、病人はすっかりいなくなった。
村長さんに確認したところ、確かにマジックバッグを起動させるだけの魔力も持たない住民は一定数いるそうなのだけれど、そういう家でもちゃんと汲み取り式便所を作り、糞便は村の肥溜めで適切に管理しているとのことだった。
とにかく、くれぐれも川を汚さないように、と強くお願いした。
自分たちで川を汚して病気になって、それで瘴気だ祟りだなんて言われても、困ってしまうよ……。
■ ◆ ■ ◆
「【無制限収納空間】! はい、どうですか?」
「まぁっ! すべすべ! もうクリス君無しじゃ生きていけないよ!」
ムダ毛が【収納】された脚を撫でながら、この街で宿を営む女将さんが笑う。
「あ、あはは……」
病人の数が減っていき、いつの間にかこの病院は『美容院』と呼ばれるようになっていた。
『アリスさんは足の裏が綺麗でうらやましいですわ』
と、ノティアがある日の『魔力養殖』のときに言ったのが、すべての始まりだった。
『足の裏?』
『こう、歩いてるとかかとの皮が厚くなってバキバキになりません?』
『あぁ、角質かい。クリスなら、綺麗に【収納】できるんじゃあないかい?』
そこから始まる、ノティアの『あれも【収納】してほしい』『これも【収納】してほしい』という無限の欲望!
お師匠様の視界越しとは言え、女性の体をまじまじと見なければならないので、正直恥ずかしいのだけれど……ノティアは逆に、僕に見られて喜んでたね……はぁ。
で、その話が使用人組にバレて、そばかすを【収納】してほしいだのほくろを【収納】してほしいだのという話に発展し、何がどういう経路で漏れたのか、この病院に女性客が殺到するようになった。
あとは、『食べ過ぎてお腹が苦しいから胃の中を【収納】してくれ』とかふざけたことをいう大富豪や貴族様ね……。
腹についた贅肉を【収納】してくれっていう依頼は、さすがに怖すぎて手が出せなかったよ。
中には『矢じりが体の奥深くまで刺さって……』みたいな切実なのもあったので、そういうのは最優先で治療したよ、もちろん。
そんなふうにして、平和な日々が続いた。
領主様は約束通り無駄な召喚をしなくなったし、慌ただしいけれど平和な日々だった。
そんな日々がいつまでも続いてくれれば良かったのに…………本当に。