「最近、体がだるくてなぁ……」

 驚くべきことにちゃんと列に並び直した魔王様が、自分の番になって診察室に入ってきた。
 この国で最も偉い人なのだし、さすがに順番抜かしもやむ無しだろうと思ったのだけれど……魔王様は頑として聞かなかった。
 曰く『横入りするとアリソンに怒られるから』とのこと。
 そう言えば先王アリソン様が冒険者だったころの伝説の中に、順番を守らない冒険者をコテンパンにのすエピソードがあったようななかったような。

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】……クリス。陛下に、単なる偏食が原因だと伝えな」

 魔王様の順番だと知ってカーテンの裏に隠れていたお師匠様が、カーテンの隙間からひょこっと顔を出して僕に告げる。
 可愛い。めちゃくちゃ可愛いぞ。何だこのお師匠様。

「アリソン~~~~ッ!! 愛しき我が妻! 逢いたかったぞ!」

 すかさず魔王様がお師匠様に飛びつこうとして、

「だ・か・ら! 人違いだと言っておりますさね!」

 お師匠様が逃げ回りながら反論する。
 診察室内ではお静かにしてもらいたい……っていうか走るな!
 あと魔王様、全然元気じゃないか……。

「やっぱり偏食が原因でしたか……」

 護衛のバフォメット様がため息を吐く。

「ベルゼビュート様の【完全治癒(パーフェクト・ヒール)】でも治らなかったので、絶対に偏食が原因だって言ってたんですよ。それこそ先王から陛下への『伝説の申し送り事項一覧』にも、『偏食ダメ絶対。肉野菜、肉肉野菜、肉野菜』ってあるくらいですから。ですが陛下が、アリスさんに調べてもらうと聞かなくて……」

「陛下の症状は、ビタミンB1不足によるものです! こいつを食らいやがってくださいな!」

 お師匠様がマジックバッグから皿とレタスとキュウリを取り出し、バリバリとむしってさらに盛り付け塩を振る。

「おお! アリソンの手料理!」

 残念な魔王様が、それを美味しそうに食べ始める。

「あっきれた! 一国の王が食べるってのに、毒の確認もしないのかい!?」

 驚くお師匠様と、

「あ、やべ……【鑑定(アプレイズ)】。陛下、毒はございません」

 慌てて毒の有無を確認するバフォメット様。

「それはともかく魔王様、次の方をお呼びしたいのですが……」

「おおっ、そうだったな!」

 大人しく出て行って下さる魔王様。
 ホント、お師匠様に対する言動以外は至極まともなんだよなぁ……。

「次の方~」

 シャーロッテに案内されて、次の方――立派な服と立派なカツラを着込み、でっぷりと太ったお貴族様。
 見慣れた見慣れた、領主様が入ってきた。

「げ……」

 また何か、嫌味でも言われるのだろうか?
 ――いや。
 領主様は青い顔をして、小さな女の子を抱きかかえている。

「娘だ……5つになる」

 領主様が、瞳に涙をたっぷり浮かべて、

「金ならいくらでも出す! 娘を助けてくれ――…」


   ■ ◆ ■ ◆


「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】……あぁ、こいつはさぞしんどいだろうねぇ」

 ベッドに寝かされ、熱に浮かされている少女を見て、お師匠様が顔をゆがませる。

「白死病……結核さね」

「頼む、冒険者クリスよ! 金なら払う! いままでの非礼を詫びろと言うなら詫びよう! だから――」

 領主様が僕にすがりついてくる。

「どうするさね?」

「ど、どうするって――」

「とりあえずいまは最低限死なない程度に治してやって、領主様に『この街を認める』と一筆書かせる為の人質にすることだってできるさね」

「なっ――できませんよそんなこと! 早く【万物解析(アナライズ)】を!!」

「はぁ~……お人よしさねぇ。【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】――【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 僕はお師匠様の視界越しに少女の体内を蝕む病魔を見て、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!!」

「【大治癒(エクストラ・ヒール)】」

 熱に浮かされていた少女の顔が、あっという間に楽なものになった。

「領主様、もうこれで大丈夫ですよ!」

「おぉ、おぉぉぉおおお……ありがとう、ありがとう!!」

 領主様が滂沱の涙を流す。

「それであの……できればもう、僕らを召喚するのはおやめ頂けないでしょうか?」

「いままでの非礼については詫びよう! そなたらをむやみやたらに召喚するのも止めると、アリソン様に誓おう。――だが!!」

 領主様が僕を睨みつける。

「この場所を容認するわけにはいかん! 私にはこの領を守る使命があるのだ」

「領を守る使命って……僕はこの通り街を広げ、治安を維持し、住民の暮らしを豊かにし、こうしていま、病気まで治して回っています。これのいったい何が問題だって言うんですか?」

 貴族というのは、自分より身分の低い者が成功するのが気に食わない……というのはお師匠様の言葉だったか。
 自分が成し得なかった西の森近縁の開拓を成功させた僕を認めてしまうのは、領主様のメンツに関わるからだとかなんとか。

「だから! そういう話ではないのだ! そもそもこの地は、でーえむぜっと、でありろぼごぐぐうぐぐ……」

 顔を真っ赤にし、ろれつが回らなくなる領主様……。