全裸になった。
 恥ずかしいので、さすがに前はタオルで隠す。
 浴室の引き戸に手をかけ、戸を開く。

 ……ガラガラガラ

 思ったより大きな音が鳴って、あたしは泣きたくなる。
 き、緊張する……けど、さっきだって夜道でいい雰囲気になったんだもの。
 きっと大丈夫!

「く、くくくクリス! せ、背中を流してあげるわ!!」

「ってぅぇぇえええええッ!? シャーロッテ!?」

 クリスが飛び上がる。
 クリスは大慌てで湯船の端まで逃げていき、あたしに背を向けて、

「ど、どどどどうしたの!?」

「だ、だから背中を!」

「か、体ならもう洗ったよ!」

「そ、そう!? とにかくあたしも一緒に入るから!」

「えええっ!?」

 あたしが体を洗って湯船につかるまでの間、クリスは湯船の端っこで縮こまっていた。
 こういう臆病なところはちっとも変っていない……ちょっと安心する。
 あたしは湯船につかり、するするとクリスのそばまで寄っていく。

「ねぇ、クリス」

「ひゃ、ひゃい!?」

「ぷっくく……」

 クリスの慌てぶりがひどすぎて、思わず笑ってしまった。

「そんなに緊張しなくても。昔はよく一緒に入ったじゃない」

「いつの話だよ!?」

「オーギュスに泥をぶつけられて、泣いているあなたをよくお風呂に入れてあげてた」

「だから、いつの話だってば!」

「大きくなったよね」

「そう?」

「特に、この半月くらいでさ」

「――…全部、お師匠様のおかげだよ」

「ねぇクリス」

「うん?」

「あたしのこと、好き?」

「――――……」

「あたしはあなたのこと、好きよ」

 心臓は痛いほどに鼓動している。
 けれどもその言葉は、するりと口から出てきた。

「ずっとずぅっと十年以上……あなたのことを弟みたく思ってたけれど、いつかたくましい男性に生まれ変わってくれるって信じて、待ってた。そしてこうして、たくましくなってくれた。でも、あたしは……あなたのことをちゃんと最後まで待ってあげられなかったのも、事実」

 いくら店長に言われたからと言っても、あたしはあの日、パーティーを追い出され、お腹を空かせて絶望しているクリスを……追い返した。
 クリスが一番優しくしてほしがっているそのときに、冷たく跳ねのけてしまった。
 きっとたぶん、クリスがたったひとりで西の森に入って、魔物に殺されそうになったのは、あたしの所為。
 肝心の時に優しくしてあげられなくて、こうしてクリスが魔法の力やお金を手に入れてからすり寄るなんて、あたしだってノティアさんと変わらないじゃないか。
 ……でも、諦めきれない。
 十年の重みが、あたしをそうさせる。

「あたしは、あの日、猫々(マオマオ)亭であなたを追い返してしまった……そのことであなたを深く傷つけ、あなたに失望させてしまったんじゃないかって、それを怖く思ってる。でも、もしも許してくれるのなら――」

「そ、そんなの全然、気にしてない!」

 クリスが勢いよく振り向いた。

「シャーロッテはシャーロッテだ! 十年以上、僕はずっとずぅっとシャーロッテのことだけを見てきた! 僕は、シャーロッテのことが、す、す、す――」

「言わせませんわぁ~~~~ッ!!」

 バァアアアン!!

 と、浴室の戸が勢いよく開かれ、全裸のノティアさんが飛び込んできた!!

「「うわぁぁあああ!?」」

 ふたりして仰天する。

「ひ、ひえぇ~っ!!」

 クリスが逃げ出そうとするも、

「逃がしませんわ!」

 ノティアさんが戸の前に立ちはだかる。
 遠目にも、まるで凶器のように大きなバストと、冒険者らしく引き締まったお腹や四肢が見える。
 な、なんて美しい……正直、十年の重み以外であたしがあの人に勝てる要素がまったく見つからない。

「あ、あわ、あわわ……」

 そしてすっかり動転してしまっているクリスは、全裸のノティアさんに胸を押し付けられて、

「…………きゅぅ」

 ――――鼻血を噴き出しながら、気絶した。


   ■ ◆ ■ ◆


「なんてこと……鼻血出して気絶とか、クリス君は話を有耶無耶にさせる天才ですわね」

 居間のソファでクリスに膝枕をしながら、ノティアさんが言う。
 本当はあたしが膝枕したかったんだけど、ノティアさんから『クリス君と一緒に湯船にまで入った罪』を言い渡され、クリスのことを渡してくれなかった。
『一緒にお風呂に入った罪』ならノティアさんも同罪だって言い逃れできるのに、『湯船』と指定してくるところが細かいというか賢いというか……。

 そして、当のクリスは未だに気絶している。
 ……こいつのことを『たくましい男性』だと言うのは、まだ時期尚早なのかも知れない。

「あのっ、ノティアさん」

「何ですの?」

「あたし、こいつと結婚したいです。こう言っちゃ何ですけど、あたしはずっとずぅっと十年以上も、こいつのことを守ってきました。あたしにはそれを望む資格があると思ってます」

「ふぅん……?」

「でもあたしみたいなただの女が、ノティアさんには到底敵わないってのもまた、分かってます」

「――――……」

「だから、側室でもいいから、こいつと結婚させてもらえませんか?」

「十年、十年ですかぁ……シャーロッテちゃんが居なければ、クリス君はとっくの昔に死んでしまっていた可能性もあるわけなんですのよね……つまりわたくしがクリス君と出会えたのは、シャーロッテちゃんのおかげ、か」

 ノティアさんは深い深いため息をついて、それから、

「分かりましたわ。それで手を打ちましょう」

「や、やった……ッ!!」

「あっはっはっ」

 居間で執筆していたアリスさんが笑う。

「こいつ、気ぃ失ってる間に嫁がふたりも出来ちまったのかい!」

 こうしてあたしとノティアさんは、終戦同盟を結ぶこととなった。
 同時に、あたしたち以外の女をクリスに近づけさせないという、軍事同盟も……。