クリス。
幼馴染で弟分。
物心ついたころには同じ孤児院にいて、いっつもあたしの後ろについてきて、あたしの背中に隠れていた可愛い子。
15歳になって孤児院を出てからも、冒険者としてはちっとも成功せず、毎日猫々亭にご飯を食べに来ていた。
いつも自信なさげに背中を丸めていた、小さな小さな男の子。
そんなクリスが最近、急に大きくなった。
理由は、知っている。
クリスが『お師匠様』と呼んで慕う冒険者で治癒・支援魔法使いのアリスさんと出会ったからだ。
……あの日。あの、クリスを門前払いしたあの日にクリスが死にかけたって話を聞いたときには心臓が止まるかと思うほど驚いた。
けど、その後の彼の躍進劇を聞いて、もっともっと驚いた。
城塞都市中のドブを、たった一日でさらってしまった。
何百本もの治癒一角兎のツノをいっぺんに納品した。
驚くほどからっからに乾いた良質な薪を、木こりが一生かかっても切り出せないほどの量、納品した……あの薪は猫々亭でも重宝している。シナ料理は火力が命だからね。
そこからがまた、すごかった。
彼は道を敷き、川を引き、何十軒、何百軒もの家屋を移築して、ほんの数日で西の森の隣に街を作ってしまった。
盗賊の首を一瞬で消し飛ばすほどの武力を手に入れ、だというのにおごり高ぶることなくあたしにも優しくしてくれて、その優しさは西王国の難民にまで及んだ。
難民の為に畑を作り、家を用意し、オークが襲撃してくれば集落ごとこれを殲滅し、一夜にして街を城壁で取り囲んでしまった。
すさまじい力。
神様、と言っていいほどの力だ。
彼と一緒に街を歩けば、誰も彼もが道神様だとか壁神様だとか川神様だとか言って彼を拝む。
本当に、クリスは大きくなった。
あたしの背中に隠れていた、小さな彼はもういなくなってしまった……そう思った。
きっと彼は、あたしを選んではくれないだろう……そう、思った。
だって最近、クリスの周りには女性が多い。
まずは何と言っても、神秘的なまでの美人、お師匠様ことアリスさんだ。
そして憎きライバル、ノティア・ド・ラ・パーヤネン。
……いや、相手はAランク冒険者でかつエルフの公国のお姫様。
向こうからしたらあたしなんて道端の小石くらいにしか思っていないのかも知れないけど。
あと、見習いメイドのリュシーちゃん10歳を始め、他の孤児院出身のメイド3人も、虎視眈々とクリスのことを狙ってるんだよね……ほんと、油断できない。
アリスさんは、まぁ良い。
アリスさんは他ならぬクリスの命の恩人で人生の恩人で、なのにクリスに対しては異性として接しない。
クリスを投資対象として見ていて、投資した分を回収しようと冷静に見ている。
そして、その美しさに反して言動はじじむさくサバサバしていて、クリスに対して『異性としてのお前さんには興味がない』と宣言している。
だから、アリスさんは良いのだ。のだけれど……
伸びをしたり、ため息をついたり。
そんな何気ない所作がびっくりするほど色っぽくて、毎度あたしは魅入ってしまう。
そしてあたしが見てるときは、すべからくクリスも魅入ってるんだよね……。
本当、クリスのアリスさんに対する執心ぶりには腹が立つ。
『お前さんには興味がない』とか『そういう目で見るな』と再三言われてるというのに、相変わらずアリスさんのことをいつもいつもいつもいっつも……目で追っている。
いまだってほら、居間でくつろぐアリスさんの濡れた髪やらしっとりとした頬に視線がクギ付けになってる。
その視線を少しでいいからこっちに向けろと言いたい。
そりゃ命の恩人で人生の恩人で、こんなとびっきりの美人だもの。分からなくはない……うん。分かるよ。
でも、言っちゃなんだがクリス! 十年以上に渡ってあんたを守り育ててきたのは、このあたしだ!
新参者たちに奪われてなるものか!
孤児院時代にはあらゆる悪意から守り、お腹がすいたと言えば自分の分を分けてやり、オーギュスにイジメられたと泣きついてくれば文句を言いに行ってやった。
クリスが孤児院を出てからは、一年以上、あたしの給金であいつのご飯を作ってやったのだ。
クリスだって十年来、あたしにご執心だった……まぁあたしがそういうふうにあいつを育ててきたからってのが大きいんだけどさ。
そんなわけで、あたしは毎日毎日気が気でない。
そして、その元凶はアリスさんだけではない。
「あらクリス君、お風呂ですの? 一緒に入りませんこと?」
薄汚いメス豚――もとい、ノティア・ド・ラ・パーヤネンがクリスにまとわりついている。
アリスさんはいいのだ。けど、コイツだけは許せない。
そりゃAランク冒険者だし美人だし、ノティアさんのことはひとりの女性としては尊敬している。しているけど、それとこれとは話が別。
だってアリスさんは、クリスが大きくなる前にクリスに出会い、そしてクリスを大きくしてくれた張本人だ。
けれどノティアさんは、大きくなった後のクリスのウワサを聞いてすり寄ってきた売女だ……この違いは大きい。
「ちょっ、バカなこと言わないでよ、ノティア」
クソっ、クリスもクリスだ。なに顔を赤らめてるの?
「ば、バカだなんて……ひどいですわクリス君! あの、熱い夜のことは忘れてしまいましたの!? わたくしたちはベッドの上で、手と手を取り合って――」
そして、ノティアさんの三文芝居が始まる。
「ええと……どの夜かは知らないけど、確かに熱い夜は過ごしたね」
引きつり笑いをするクリス。
「そうでしょう!? 私と貴方のふたりで……」
「お師匠様も一緒にいたけど」
「めくるめく体験を――」
「うん、確かに目はくらんだよ。『魔力養殖』による酔いと吐き気でね」
のらりくらりとノティアさんの攻撃をかわし、お風呂に向かうクリス。
あれほどの美人からの露骨な色仕掛けを淡々とかわすクリスに対し、私はどう挑めばいいのか分からない……。
幼馴染で弟分。
物心ついたころには同じ孤児院にいて、いっつもあたしの後ろについてきて、あたしの背中に隠れていた可愛い子。
15歳になって孤児院を出てからも、冒険者としてはちっとも成功せず、毎日猫々亭にご飯を食べに来ていた。
いつも自信なさげに背中を丸めていた、小さな小さな男の子。
そんなクリスが最近、急に大きくなった。
理由は、知っている。
クリスが『お師匠様』と呼んで慕う冒険者で治癒・支援魔法使いのアリスさんと出会ったからだ。
……あの日。あの、クリスを門前払いしたあの日にクリスが死にかけたって話を聞いたときには心臓が止まるかと思うほど驚いた。
けど、その後の彼の躍進劇を聞いて、もっともっと驚いた。
城塞都市中のドブを、たった一日でさらってしまった。
何百本もの治癒一角兎のツノをいっぺんに納品した。
驚くほどからっからに乾いた良質な薪を、木こりが一生かかっても切り出せないほどの量、納品した……あの薪は猫々亭でも重宝している。シナ料理は火力が命だからね。
そこからがまた、すごかった。
彼は道を敷き、川を引き、何十軒、何百軒もの家屋を移築して、ほんの数日で西の森の隣に街を作ってしまった。
盗賊の首を一瞬で消し飛ばすほどの武力を手に入れ、だというのにおごり高ぶることなくあたしにも優しくしてくれて、その優しさは西王国の難民にまで及んだ。
難民の為に畑を作り、家を用意し、オークが襲撃してくれば集落ごとこれを殲滅し、一夜にして街を城壁で取り囲んでしまった。
すさまじい力。
神様、と言っていいほどの力だ。
彼と一緒に街を歩けば、誰も彼もが道神様だとか壁神様だとか川神様だとか言って彼を拝む。
本当に、クリスは大きくなった。
あたしの背中に隠れていた、小さな彼はもういなくなってしまった……そう思った。
きっと彼は、あたしを選んではくれないだろう……そう、思った。
だって最近、クリスの周りには女性が多い。
まずは何と言っても、神秘的なまでの美人、お師匠様ことアリスさんだ。
そして憎きライバル、ノティア・ド・ラ・パーヤネン。
……いや、相手はAランク冒険者でかつエルフの公国のお姫様。
向こうからしたらあたしなんて道端の小石くらいにしか思っていないのかも知れないけど。
あと、見習いメイドのリュシーちゃん10歳を始め、他の孤児院出身のメイド3人も、虎視眈々とクリスのことを狙ってるんだよね……ほんと、油断できない。
アリスさんは、まぁ良い。
アリスさんは他ならぬクリスの命の恩人で人生の恩人で、なのにクリスに対しては異性として接しない。
クリスを投資対象として見ていて、投資した分を回収しようと冷静に見ている。
そして、その美しさに反して言動はじじむさくサバサバしていて、クリスに対して『異性としてのお前さんには興味がない』と宣言している。
だから、アリスさんは良いのだ。のだけれど……
伸びをしたり、ため息をついたり。
そんな何気ない所作がびっくりするほど色っぽくて、毎度あたしは魅入ってしまう。
そしてあたしが見てるときは、すべからくクリスも魅入ってるんだよね……。
本当、クリスのアリスさんに対する執心ぶりには腹が立つ。
『お前さんには興味がない』とか『そういう目で見るな』と再三言われてるというのに、相変わらずアリスさんのことをいつもいつもいつもいっつも……目で追っている。
いまだってほら、居間でくつろぐアリスさんの濡れた髪やらしっとりとした頬に視線がクギ付けになってる。
その視線を少しでいいからこっちに向けろと言いたい。
そりゃ命の恩人で人生の恩人で、こんなとびっきりの美人だもの。分からなくはない……うん。分かるよ。
でも、言っちゃなんだがクリス! 十年以上に渡ってあんたを守り育ててきたのは、このあたしだ!
新参者たちに奪われてなるものか!
孤児院時代にはあらゆる悪意から守り、お腹がすいたと言えば自分の分を分けてやり、オーギュスにイジメられたと泣きついてくれば文句を言いに行ってやった。
クリスが孤児院を出てからは、一年以上、あたしの給金であいつのご飯を作ってやったのだ。
クリスだって十年来、あたしにご執心だった……まぁあたしがそういうふうにあいつを育ててきたからってのが大きいんだけどさ。
そんなわけで、あたしは毎日毎日気が気でない。
そして、その元凶はアリスさんだけではない。
「あらクリス君、お風呂ですの? 一緒に入りませんこと?」
薄汚いメス豚――もとい、ノティア・ド・ラ・パーヤネンがクリスにまとわりついている。
アリスさんはいいのだ。けど、コイツだけは許せない。
そりゃAランク冒険者だし美人だし、ノティアさんのことはひとりの女性としては尊敬している。しているけど、それとこれとは話が別。
だってアリスさんは、クリスが大きくなる前にクリスに出会い、そしてクリスを大きくしてくれた張本人だ。
けれどノティアさんは、大きくなった後のクリスのウワサを聞いてすり寄ってきた売女だ……この違いは大きい。
「ちょっ、バカなこと言わないでよ、ノティア」
クソっ、クリスもクリスだ。なに顔を赤らめてるの?
「ば、バカだなんて……ひどいですわクリス君! あの、熱い夜のことは忘れてしまいましたの!? わたくしたちはベッドの上で、手と手を取り合って――」
そして、ノティアさんの三文芝居が始まる。
「ええと……どの夜かは知らないけど、確かに熱い夜は過ごしたね」
引きつり笑いをするクリス。
「そうでしょう!? 私と貴方のふたりで……」
「お師匠様も一緒にいたけど」
「めくるめく体験を――」
「うん、確かに目はくらんだよ。『魔力養殖』による酔いと吐き気でね」
のらりくらりとノティアさんの攻撃をかわし、お風呂に向かうクリス。
あれほどの美人からの露骨な色仕掛けを淡々とかわすクリスに対し、私はどう挑めばいいのか分からない……。