平和のうちに、数日が経った。
 オークの襲撃があって交易量が減るかと思っていたけれど、『街』はかえって賑わいを増しているらしい。

「いやぁ、それもこれもすべて壁神様のおかげでございます、ハイ!!」

 ミッチェンさんがニコニコ顔でもみ手をしてくる。

「やはり魔物の棲み処である西の森のそばということもあり、敬遠していた向きも多かったようです。そういう層が壁のウワサを聞いて、集まり出したのですね!」

「暑苦しいやつだねぇ……気が散るから出ていきな」

 ここは、居間。
 幸い今日は領主様からの呼び出しはなく、こうして僕は、ミッチェンさんによる午前の定例報告を屋敷の居間で聞いている。
 そしてお師匠様は、その横で執筆している……お師匠様には自室があるにも関わらず。
 つまりお師匠様のその要求は割と理不尽なのだけれど、僕もミッチェンさんも苦笑するだけで文句は言わない。
 僕はお師匠様に絶対服従だし、ミッチェンさんも、僕が成し遂げてきた数々の奇跡――〇神様系エピソード――はすべて、お師匠様の叡智や【万物解析(アナライズ)】があったればこそと理解しているからだ。
 まぁ、お師匠様にも気分というやつがあるのだろう。
 いまはきっと、居間で執筆したい気分なんだ。

「今度は何を書いてるんですか?」

 お師匠様の機嫌を伺うべく、僕はお師匠様に尋ねる。
 お師匠様は、自分が書いている本の内容について話すときは上機嫌になるからだ。

「これかい? ふふん、今度はSFファンタジーさね」

「「えすえふふぁんたじぃ??」」

 渡された紙束をパラパラめくるが、『ちょうじゅうりょくはどうほう』とか『いんしぶんかいびーむ』とかなんとか、出てくる単語が意味不明で、ストーリー展開もまた意味不明で、何を読まされているのかまったく頭に入って来ない。

「お師匠様……申し訳ないですけど、ちっとも面白くありません……」

「こんなに面白いのに!?」

 お師匠様が大げさに驚いて見せる。

「ほら、ここの下りなんて最っ高さね!」

「え、ええと……? ゆ、勇者アリソンが『えいりあん』相手に『てれびげぇむ』で『ごらくむそう』?? い、意味が分かりません……」

「ヤック〇カルチャーってやつさね!」

「「や、やっく……?」」

「はぁ~……つまらない男たちさね、まったく! 興が削がれた。散歩に出るよ!」


   ■ ◆ ■ ◆


 ミッチェンさんは商人ギルドに戻り、僕はお師匠様と一緒に街の散歩――もとい巡回。
 隣では、当然の顔をしてノティアが歩いている。
 ノティアは僕よりも若干背が低い。そして彼女は、お師匠様のような魔法使いっぽい帽子は被らないスタイルだ。
 ふと彼女の頭頂部が見えて、

「……あれ? ノティア、髪の脱色、やめたんだね」

 髪の生え際から、日の光にキラキラ輝く銀髪が顔をのぞかせている。
 なるほど、ノティアの地毛って銀色だったんだ。

「あら、やっと気づいてくれたんですの?」

 ノティアがいたずらっぽく微笑む。

「え、あー……はい、ごめんなさい。いや、っていうかやっぱり、ノティアは髪の色を魔力に変えてたんだね」

「ええ。魔法神アリソンに髪の色を捧げることで魔力と魔法力を底上げする……女性の魔法使いがよく使う手ですわね」

 そう。
 生贄とか自分の命とか……そういう極端なものでなくても、命の次や、お金の次くらいに大事なものを神に捧げることで様々な加護を得られる、【奉納(デディケーション)】という魔法がある。
『声』とか『五感の内のどれか』を捧げる猛者もいるとかいないとか。
 中でも『髪の色』は女性にとって心情的には大きい半面、実生活には害の少ない奉納品であり、これを奉納する女性魔法使いは一定数いる。

「でもなんで、【奉納(デディケーション)】を止めたの?」

「そりゃあ」

 ノティアが小首をかしげて見せ、艶めかしく微笑む。

「好きな男性の前では、綺麗な姿でありたいでしょう?」

「――――……~~~~ッ!!」

 僕の顔はたぶん、真っ赤になっていることだろう。

「うふふっ、その顔が見れただけでも、【奉納(デディケーション)】を止めた甲斐がありましたわ」

「小娘ぇ……」

 お師匠様が僕の首に腕を絡ませてくる。
 お師匠様の胸が体に押し付けられるが、鎖帷子(くさりかたびら)を着込んでいる所為か、相変わらず感触は硬い。

「ウチのバカ弟子を誘惑するのは、儂の野望が成就してからにしてくれないかねぇ?」

「クリス君に【収納】してもらいたい、『特別な物』というやつですか? 何ですの、それ?」

「悪いが、秘密だ」

「お話になりませんわ」

 ノティアがこれ見よがしにため息を吐いて見せる。

「が、その日が来るのもそう遠くはないさね。こいつはオーク・ジェネラルをも含むオークの集落をまるまる【収納】してみせた。スキルレベルだって6に上がった。だったさね?」

「あ、はいお師匠様。6です」

「もうあと1つ上がれば聖級――ただでさえ神級に匹敵する加護(エクストラ・スキル)の、その聖級さね。そうすればきっと、儂が望むものだって――…」