というわけでいま、僕は北の山中にいる。
 左右には、いつものようにお師匠様とノティア。
 そして目の前には、どこまでも高く高くそびえ立つ絶壁が。
 岩壁には縞状の模様が入っている。

「鉄鉱石の鉱脈さね」

「鉄……」

 確かに城塞都市では鉄の生産も行われていて、その原料はこの山から採掘している。

「けど、こんな手付かずの鉱脈があるなんて……」

「だってクリス君、これだけ山奥まで入れば……ねぇ?」

 ノティアが苦笑する。
 ……そう。
 僕らがいまいるのは、上空を風竜(ウィンドドラゴン)たちが飛び交う、山奥も山奥。
 僕らがこんなにも危険な場所で鉱脈を見つけることができたのは、ひとえに神級にも近しいお師匠様の【万物解析(アナライズ)】の力と、ノティアの【瞬間移動(テレポート)】というふたつの偉大な力があるからだ。

「さて。じゃあここら一帯から、鉄をごっそりと頂いてしまおう」

「ごっそり……って、採掘するんですか!? いまから!? たった3人でどうやって!?」

「決まってるだろう? 【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】さね。【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! ――【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】。ほら、やりな」

「う、うん……」

 目を閉じると、お師匠様の視界で目の前の壁一面が薄ぼんやりと輝いている。

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!」

 光が消える。

「……【目録(カタログ)】」

 恐る恐るウィンドウをのぞくと、『鉄塊』の文字が。
 その文字に触れると、

 ――――ずしんッ!!

 目の前に、数メートル四方の岩の塊が現れた!!
 ……いや、【目録(カタログ)】の表記が正しいなら、これは鉄。鉄の塊……。

「な、なんてこと……」

「はんっ、いまさら驚くことでもないさね。ほら、この調子で鉄を集めて回るよ!」


   ■ ◆ ■ ◆


 十分な鉄を集め終わったのは、次の日の昼過ぎだった。
 もちろん、夜にはちゃんと帰ってご飯食べて寝たよ。
 ノティアの【瞬間移動(テレポート)】は本当に本当に便利だ。

 そうして、昼下がりの難民村の一角にて。

「みなさ~ん、いまからここに壁を建てますので、離れてくださ~い」

「「「「「壁を……建てる……?」」」」」

 片づけやら作付けやら、各々の作業を行っている難民のみなさんが首をかしげる横では、

「「「「「まぁ、町長様ならなぁ……」」」」」

 片づけや家の補修を手伝っている商人ギルド職員や、冒険者たちが苦笑する。
 一部の人たちは、早くも僕のことを『壁神様~ありがたやありがたや』って拝んでるよ……また新たな神様が出てきたな。
 まず、難民村の境界線と決めた場所を、幅1.5メートル、深さ5メートル掘っていく。
 もちろん【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で。
 そして、掘った穴の壁面には石材商からミッチェンさんに買い集めてもらった石畳を敷く。
 そうしてできた幅1メートルの溝へ、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】!!」

 壁をはめ込む。
 厚さ1メートル、高さ15メートルの鉄の塊を!

「「「「「うぉぉぉおおおおおっ!?」」」」」

 長さ100メートルに渡っていきなり現れた『鉄壁』を見て、びっくり仰天する周りの人たち。
 いやぁ……僕自身、【目録(カタログ)】の中で固めたり分離させたりして作り出したこの壁を外に出して見たときには、おったまげたものだよ。
 そうして、ダメ押しとして溝のわずかな隙間にセメントを流し込んでいく――これも【収納(アイテム)空間(・ボックス)】で。
 そんなふうにして、『街』全体を鉄の壁で覆っていった。
 壁と壁の継ぎ目はノティアが炎の魔法で溶接していく。
 夕方までには、街をぐるりと鉄壁で覆うことができた。

 そうして、夕方。

 傾きつつある日の光の中で、野次馬たちが僕を見守っている。
 僕が立っているのは、西の森から延びる中央通りの真ん中。
 いまから、『街』の入口となる門の部分の壁を建てるというわけ。

「あー……みなさん!」

 ノティアが岩魔法で作った即席ステージの上に立って、僕は声を張り上げる。
 行商人、商人ギルド・冒険者ギルド職員、冒険者、難民……さまざまな人たちの、老若男女の視線が僕に突き刺さる。
 ううっ、逃げ出したい……けど、この演説は絶対に必要だってミッチェンさんに言われたんだよね……。

「昨日は急なオークの襲撃により、怖い思いをなさったかと思います。――しかし! ご覧の通り、いまやこの街は頑強な鉄の壁によって守られました! ですからどうかみなさん、安心してください! ――【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!!」

 演説する僕の背後――中央通りの上に、『街』をぐるりと一周する鉄壁の、最後のピースが現れ、あらかじめ作っておいた溝にすっぽりと収まる。
 壁には巨大な門がついている――もちろん、鉄製だ。

「「「「「うぉぉおおおおっ!! 壁神様バンザぁ~イ!!」」」」」

 こうして『街』は、一日のうちに城塞都市へと生まれ変わった。