「すまなかったね……謝るよ。この通りだ」

「あははっ、ざまぁ見ろ!!」

 頭を下げるお師匠様と、そんなお師匠様を(ののし)るエンゾ。
 対して、ドナとクロエは勝負云々とは別で純粋に嬉しそうだ。
 彼らは、なんと2体の治癒一角兎(ヒール・ホーンラビット)を退治することに成功していた。
 ツノは納品して収入になるし、肉は自分たちで食べても良し、肉屋に卸しても良しだ。

「それで? お前らは1体も捕まえられなかったわけだけど、どうしてくれるんだ?」

 ニヤニヤと笑うエンゾ。

「そうさねぇ……」

 お師匠様はギルドで受け取った依頼書を取り出して読み、

「ツノ1本当たりの買取価格である小銀貨1枚を支払おう。どうだい?」

 ヒール・ホーンラビットのツノは治癒ポーションの材料になる、高価な素材なんだ。
 お師匠様が懐から金貨袋を取り出し、エンゾの手に小銀貨1枚を乗せる。

「いいぜ! へへっ、まいどあり!」

 小銀貨を懐にしまったエンゾが、やおら僕の顔をのぞき込んで来て、

「残念だったな、この――…愚図(ぐず)!」


   ■ ◆ ■ ◆


「年下にあんなに言われて……お前さん、悔しくはないのかい?」

 エンゾたちと別れてから、城塞都市の、宿への道すがらでお師匠様が聞いてきた。

「僕は、別に……」

 僕自身が馬鹿にされるのは、べつに悔しくない。
 耐性スキルのこともあるし、もうすっかり慣れっこになってしまったんだ。

「はぁ~……その性根を叩き直すのが先か、体力をつけさせるのが先か……」

 ――――けれど。
 お師匠様に頭を下げさせてしまったことは、悔しかった。
 そんな感情がまだ残っていることに、僕は驚いている。

「やっぱりまずは、魔力の()()から、さね」

 この悔しさを糧に、僕は――…

「……って、え? 魔力の、よう……何ですか?」

「養殖、さね」

「よ、養殖……」

 なんだろう、この、聞きなれない言葉は。


   ■ ◆ ■ ◆


 美味しさの暴力みたいな食事と、気持ち良さの奔流のようなお風呂のあと。

 ――――お師匠様が、僕の部屋にやって来た。

 お風呂上りらしく、長く美しい金髪がしっとりしている。
 絶世の美女であるお師匠様が部屋着ということもあって、ものすごくどぎまぎする。

「ほら、じゃあベッドに上がりな」

「――――えっ!?」

「ったく……変なこと考えるんじゃあないよ? まぁ、儂の()()()()()()()()するのなんて、無理な話だけれどねぇ」

 お師匠様が、人形のように整った顔を悩まし気に微笑ませる。

「ほら、ベッドにお座り」

「は、はい……」

 言われるがまま、指示された場所に座る。

「座り方は、こうだ」

 ベッドの上でふたり、向かい合って座る。
 ズボン姿のお師匠様が、足を胡坐(あぐら)のように組む。

「こうですか?」

「違う違う。こっちの足をこうやって――」

 お師匠様が僕の足の形を変えてくる。

「いたたたたッ!?」

「『坐禅(ざぜん)』、というのさ」

「ざ、ざぜん……?」

「慣れないうちは足や膝が痛いかもしれないが、慣れればこれが一番、精神統一――魔力操作のしやすい姿勢になる。ほら、背中は()()()とおし」

「はい!」

 慌てて背筋を伸ばす。

「いい子だね」

 お師匠様が器用にも坐禅のままこちらににじり寄って来て、膝と膝が当たるか当たらないかというところで止まる。
 そして、右手を差し出してきた。

「握手だ」

「はい……?」

 言われるがまま、手を握る。途端、

「うわっ!?」

 目まいがした。

「いま、【吸魔(マナ・ドレイン)】でもってお前さんの魔力を半分ほど吸った」

「え、はい……ッ! え? え!? む、無詠唱!?」

「逆に吸い返しな」

「いやお師匠様、いま無詠唱で――」

 無詠唱は省略詠唱よりもずっとずっと高度な技――魔法使いの奥義とも言うべきものだ。
 この街の冒険者で、無詠唱ができる魔法使いは、いなかったはず。

「そういうのはいい。【吸魔(マナ・ドレイン)】なんて初級魔法だろう? 無詠唱くらいできるさね。ほら、さっさと吸い返す!」

「え、えぇぇ……僕、闇魔法スキルなんて持ってませんし、【吸魔(マナ・ドレイン)】も使えませんよ?」

「使って見なきゃわかんないだろう? ほれ、【闇の神ハデスよ】――」
「や、【闇の神ハデスよ】!」

「【目の前に(たたず)みしか弱き命を】」
「【目の前に佇みしか弱き命を】……」

「【御身(おんみ)の冷笑に(よく)せしめ】
「【御身の冷笑に浴せしめ】」

「【その命を吸い上げ(たま)え】」
「【その命を吸い上げ給え】」

「「――吸魔(マナ・ドレイン)】」」

 ……………………………………………………。

「まぁっっっったく吸えていないさね」

 引きつり笑いのお師匠様。

「あ、あはは……お前さん、本当に【収納(アイテム)空間(・ボックス)】以外に能がないんだねぇ!」

「だ、だ、だ、だか”ら”言”った”じ”ゃな”い”で”す”か”~~~~ッ!!」