「お、お師匠様!」

「分かってる! 【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】!」

 西の森上空を真っ赤な魔方陣が覆い、

「…………見つけたッ!! が」

 お師匠様が顔色を悪くする。

「マズイさね。ノティア、魔力は大丈夫かい?」

「いけますわ!」

 こちらに駆け寄ってきたノティアが、力強くうなずく。

「十二時方向2.4キロ先だ!」

 ノティアが僕とお師匠様の腕をつかんで、

「行きます――【瞬間移動(テレポート)】!」


   ■ ◆ ■ ◆


「――あっ、クリスさん!?」

 転移した先は森の中。
 目の前にいたエンゾが、驚きながらも声を潜めて言う。

「この向こうがオークの集落だね?」

 お師匠様の問いかけに、エンゾがうなずく。

「は、はい! その通りです! 難民の子をさらったオークの集団を追ってここまで来たんですけど、やつらあの奥に入っていって……まさか集落が出来てるなんて思ってもみなくて……ッ!」

 見れば原始的な馬防柵があり、木々の間に鳴子が張り巡らされている。
 その奥にはいくつかの天幕が見える。

「あれ、そういえばドナは!?」

 この場にはエンゾとクロエしかいない。

「マズイと言ったろう? あの小僧は――」

「そ、そうなんです! ドナがひとりで集落の中へ突っ走っちまって!」

「そんな――…」

「大丈夫だ。クリス、オークの集落ごと【収納】する。気を失うかもしれないが、気張るんだよ!」

「わ、分かりました!!」

「【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】! からのぉ【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 お師匠様経由の視線の先で、いくつもの巨体が光となって蠢いているのが見える。
 数十体? いや、もっと居るかも――
 しかも、中にはさっきのオーク・ジェネラルのような巨体の影も見える!

 ……やれるのか、僕に?

 相手は一角兎(ホーンラビット)とは違う、道具を使うだけの知能を持った魔物だ……つまり【精神力】を持った、魔法に抵抗(レジスト)する力を持った相手だ。
 しかもジェネラルと言えば、Bランクパーティーが損害を覚悟しながら挑むレベルの怪物だ。
 さっき、フェンリス氏とノティアが軽々と屠っていたのは、彼らがAランク冒険者であり、トップクラスの実力者だから。
 ――いや、いまは迷っているヒマなんてない!
 何よりお師匠様がやれと言ったんだ。
 お師匠様がやれと言ったということは、いまの僕ならやれるということ!
 ――よし!

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】ッ!!」


   ■ ◆ ■ ◆


「――っ」

 ひどい頭痛で目覚めた。
 さらには猛烈な吐き気。
 僕は飛び起きて、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の中へ嘔吐する。

「はぁっ、はぁっ……うっ」

 続く吐しゃ物の中には血の味が。

「【大治癒(エクストラ・ヒール)】……大丈夫かい?」

 僕に膝枕をしてくれていたらしいお師匠様が、背中を撫でてくれる。
 治癒魔法が効いて、途端に楽になった。

「はぁ……はい、大丈夫です」

 言いつつも、吐血したのはショックだった。

「百数十体ものオークだ。中にはジェネラルも居た。それを一気に【収納】したんだ……だいぶ無理させちまったね。丹田が傷ついちまったんだ」

「いえ……それよりドナと難民の子は……?」

「無事だよ。ほら――」

 どうもここは集落の広場か何からしい。
 周囲には、あれほどうじゃうじゃいたはずのオークの姿がまったくない。
 すべて、僕の【収納(アイテム)空間(・ボックス)】の中に【収納】されてしまったのだろう……我ながら、本当に恐ろしい威力を持った魔法だ。

「そこにいるだろう」

 お師匠様が、そんな広場の一角を指さす。
 見れば、ボロボロの装備をまとったドナと、そんなドナにすがりついて泣いている難民の女の子がいた。
 お師匠様が治したのだろう……怪我はなさそうだ。

「あはは……すごいやドナ、好きな子をちゃんと守り切れたんだね」

 ドナに笑いかけると、

「うっす……クリスさんのおかげで命拾いしました。ありがとうございます」

「僕はそんな……ひとりでオークの集落に飛び込むなんて、カッコいい――」

 言いかけて、気づいた。
 女の子が、ドナにすがりついて一向に泣き止まないことに。
 ドナの……………………利き腕が、肘から先が無くなっていることに。

「ど、ドナ、その腕……」

「いやぁ、ちょっとヘマして、豚どもに喰われちまいまして……あ、でもアリスさんに治してもらったから、もう大丈夫っすよ!」

「だ、大丈夫って言ったって、それ……」

「わ、私の所為なんです!」

 女の子が泣いている。

「ドナくんが、私をかばって――…」

「お師匠様……?」

 お師匠様が首を横に振る。

「残念だが、【大治癒(エクストラ・ヒール)】では部位欠損は治せない」

「そ、そんな――…」

「だが、奥の手がある」

 お師匠様がニヤリと微笑む。

「な、何ですか奥の手って……?」

「決まっているだろう? 【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】さ」