午後、冒険者衣装に着替えて、ノティアと一緒に再び難民村を歩く。
お師匠様は屋敷で引き続き執筆業。
村では、早くも難民の方々が種まきを始めている。
どこで何をどのくらい育てるのかは村長さんとミッチェンさんに任せっきりだから知らないのだけれど、いまの時期に種まきをするとしたら、ぱっと思いつくのは何と言っても小麦!
「【清き流れに揺蕩う水よ・我が前の姿を現せ――【水球】!」
「わぁ、すごいすご~い!」
ふと、畑の一角で得意げに水まきをしているドナと、それを楽しそうに見ている女の子を見かけた。
ふたりのそばには少女の両親らしい人たちもいる。
そして、そんな風景を遠くあぜ道から眺めているエンゾとクロエの姿。
……何なんだ、この構図は?
■ ◆ ■ ◆
「こんにちは、エンゾ。何、あれ?」
近づいてエンゾに尋ねると、
「あ、クリスさん! ちっす」
エンゾが頭を下げてきて、それから、
「ドナのヤツ、あの難民の女の子に一目惚れしたみたいで」
「え?」
「だからああやって、気に入られようと頑張ってるんすよ」
「へぇ~! あのドナがねぇ!」
「あいつにも、ようやく春が来たってことっすね!」
「ん? あいつに『も』? ……あれ、エンゾとクロエってそういう関係だったっけ?」
「「ないですないです」」
同時に首を振るふたり。
ある意味息はぴったりだけれど。
「こいつとは腐れ縁なだけですよ。『も』って言ったのは言葉の綾っていうか別に意味はねぇっす」
「わ、私はどちらかと言えば……」
クロエが頬を赤らめて、僕を上目遣いに見つめながら、腕を絡ませてくる。
「あ、あははは……」
何というべきか分からなくて、僕は笑ってごまかす。
いやぁ……まさかクロエにそんな目で見られる日が来るとは!
まぁ確かに最近の僕は金回りもいいし、【無制限収納空間】限定だけれど、盗賊の集団を蹂躙できるほどには強い。
強い奴はモテる。
冒険者ってのはそういうものだ。
「……………………へぇ?」
不意に、周囲の温度がぐっと下がった――気がした。
ノティアの、冷たい声。
空気がビリビリと震える……あ、これ、【威圧】スキルだ!
僕は恐怖のあまり、身動きも取れなくなる。
いくら盗賊の首を狩れるようになったからって、一角兎の雄たけびに当てられて身動きが取れなくなり、殺されかけたあの弱さは健在だよ……情けないことながら。
「小娘さん? 貴女、何という名前だったかしら」
クロエのことは僕がさっき呼んだばかりだから、賢いノティアが名前を忘れるなんてことはないと思うけれど……。
「ねぇ、貴女が、クリス君に、いったいぜんたい何なのかしら?」
「ヒッ……な、ナンデモナイデス……」
腕を離し、そっと距離を取るクロエ。
【威圧】の風が消え、冷や汗が止まらない僕は、難民の女の子相手にデレデレになっているドナの様子を眺める。
……………………平和だ。
願わくば、こんな平和な日々が、いつまでも続きますように。
■ ◆ ■ ◆
平和とも平和じゃないとも言える日々が、数日続いた。
いや、商人が盗賊にさらわれたりとか、難民の集団が現れたり……みたいな大事件は起きなかったんだけど、相変わらず街中ではゴロツキたちが悪さをしてるし、森の中を進む商隊が盗賊や魔物に襲われたという話も何度か聞いた。
幸いにして、前者は警備員が、後者は冒険者ギルド西の森支部が斡旋する護衛依頼の冒険者が対処してくれた。
そんな中でも、僕にとって最も大変だったのが――…
「あぁ、今日も疲れた!!」
「はい……大変でしたねぇ」
お昼前、商人ギルドの馬車の中で、僕とミッチェンさんはため息を吐く。
馬車は坂道を下る――そう、領主邸からの帰りというわけだ。
僕らは連日、領主様に呼び出され、嫌味を言われ、最終的に領主様が怒りのあまり舌が回らなくなって、執事さんに追い出されるということを繰り返している。
もう、日課みたいな感じで。
「あはは、上司のご機嫌伺いも立派な仕事のうちさね」
そして相変わらずお師匠様は領主様相手でも飄々と対応していて、そして相変わらずドレス姿が美しい。
「ではさっそく、難民村での作付けの進捗の件ですが――」
お貴族様相手に時間が取られるようになってからというもの、行き帰りの馬車の中でミッチェンさんから街・村の運営の報告を聞くのも日課になった。
そうして報告を受けているうちに屋敷の前に着く。
商人ギルドと冒険者ギルドの職員が複数人、門の前に立っていた。
何やら物々しい雰囲気だ。
「町長様、ミッチェンさんも!」
商人ギルド職員の男性が駆け寄ってきて、
「た、た、た、大変なんです!! ま、魔物が、オークの集団が現れて、難民村が襲われて……ッ!! あぁ、アリソン様――」
商人ギルド職員は動転してしまって、上手く言葉が続かない。
そんな職員を押しのけるようにして、顔なじみの冒険者ギルド受付嬢さん――もとは城塞都市の冒険者ギルドにいたのだけれど、ここの支部に移ってくれた人――が話を続ける。
「オークの集団です! 確認されただけでもオーク50、リーダー5、ジェネラル1が難民村を襲っています! 現在、Aランク冒険者2、Bランクパーティー1、Cランクパーティー5が交戦中です!」
お師匠様は屋敷で引き続き執筆業。
村では、早くも難民の方々が種まきを始めている。
どこで何をどのくらい育てるのかは村長さんとミッチェンさんに任せっきりだから知らないのだけれど、いまの時期に種まきをするとしたら、ぱっと思いつくのは何と言っても小麦!
「【清き流れに揺蕩う水よ・我が前の姿を現せ――【水球】!」
「わぁ、すごいすご~い!」
ふと、畑の一角で得意げに水まきをしているドナと、それを楽しそうに見ている女の子を見かけた。
ふたりのそばには少女の両親らしい人たちもいる。
そして、そんな風景を遠くあぜ道から眺めているエンゾとクロエの姿。
……何なんだ、この構図は?
■ ◆ ■ ◆
「こんにちは、エンゾ。何、あれ?」
近づいてエンゾに尋ねると、
「あ、クリスさん! ちっす」
エンゾが頭を下げてきて、それから、
「ドナのヤツ、あの難民の女の子に一目惚れしたみたいで」
「え?」
「だからああやって、気に入られようと頑張ってるんすよ」
「へぇ~! あのドナがねぇ!」
「あいつにも、ようやく春が来たってことっすね!」
「ん? あいつに『も』? ……あれ、エンゾとクロエってそういう関係だったっけ?」
「「ないですないです」」
同時に首を振るふたり。
ある意味息はぴったりだけれど。
「こいつとは腐れ縁なだけですよ。『も』って言ったのは言葉の綾っていうか別に意味はねぇっす」
「わ、私はどちらかと言えば……」
クロエが頬を赤らめて、僕を上目遣いに見つめながら、腕を絡ませてくる。
「あ、あははは……」
何というべきか分からなくて、僕は笑ってごまかす。
いやぁ……まさかクロエにそんな目で見られる日が来るとは!
まぁ確かに最近の僕は金回りもいいし、【無制限収納空間】限定だけれど、盗賊の集団を蹂躙できるほどには強い。
強い奴はモテる。
冒険者ってのはそういうものだ。
「……………………へぇ?」
不意に、周囲の温度がぐっと下がった――気がした。
ノティアの、冷たい声。
空気がビリビリと震える……あ、これ、【威圧】スキルだ!
僕は恐怖のあまり、身動きも取れなくなる。
いくら盗賊の首を狩れるようになったからって、一角兎の雄たけびに当てられて身動きが取れなくなり、殺されかけたあの弱さは健在だよ……情けないことながら。
「小娘さん? 貴女、何という名前だったかしら」
クロエのことは僕がさっき呼んだばかりだから、賢いノティアが名前を忘れるなんてことはないと思うけれど……。
「ねぇ、貴女が、クリス君に、いったいぜんたい何なのかしら?」
「ヒッ……な、ナンデモナイデス……」
腕を離し、そっと距離を取るクロエ。
【威圧】の風が消え、冷や汗が止まらない僕は、難民の女の子相手にデレデレになっているドナの様子を眺める。
……………………平和だ。
願わくば、こんな平和な日々が、いつまでも続きますように。
■ ◆ ■ ◆
平和とも平和じゃないとも言える日々が、数日続いた。
いや、商人が盗賊にさらわれたりとか、難民の集団が現れたり……みたいな大事件は起きなかったんだけど、相変わらず街中ではゴロツキたちが悪さをしてるし、森の中を進む商隊が盗賊や魔物に襲われたという話も何度か聞いた。
幸いにして、前者は警備員が、後者は冒険者ギルド西の森支部が斡旋する護衛依頼の冒険者が対処してくれた。
そんな中でも、僕にとって最も大変だったのが――…
「あぁ、今日も疲れた!!」
「はい……大変でしたねぇ」
お昼前、商人ギルドの馬車の中で、僕とミッチェンさんはため息を吐く。
馬車は坂道を下る――そう、領主邸からの帰りというわけだ。
僕らは連日、領主様に呼び出され、嫌味を言われ、最終的に領主様が怒りのあまり舌が回らなくなって、執事さんに追い出されるということを繰り返している。
もう、日課みたいな感じで。
「あはは、上司のご機嫌伺いも立派な仕事のうちさね」
そして相変わらずお師匠様は領主様相手でも飄々と対応していて、そして相変わらずドレス姿が美しい。
「ではさっそく、難民村での作付けの進捗の件ですが――」
お貴族様相手に時間が取られるようになってからというもの、行き帰りの馬車の中でミッチェンさんから街・村の運営の報告を聞くのも日課になった。
そうして報告を受けているうちに屋敷の前に着く。
商人ギルドと冒険者ギルドの職員が複数人、門の前に立っていた。
何やら物々しい雰囲気だ。
「町長様、ミッチェンさんも!」
商人ギルド職員の男性が駆け寄ってきて、
「た、た、た、大変なんです!! ま、魔物が、オークの集団が現れて、難民村が襲われて……ッ!! あぁ、アリソン様――」
商人ギルド職員は動転してしまって、上手く言葉が続かない。
そんな職員を押しのけるようにして、顔なじみの冒険者ギルド受付嬢さん――もとは城塞都市の冒険者ギルドにいたのだけれど、ここの支部に移ってくれた人――が話を続ける。
「オークの集団です! 確認されただけでもオーク50、リーダー5、ジェネラル1が難民村を襲っています! 現在、Aランク冒険者2、Bランクパーティー1、Cランクパーティー5が交戦中です!」