「「「「「「ご、ご主人様!?」」」」」」

 孤児院出身組の使用人5人と、リュシーちゃんが一斉に駆け寄ってきた。

 お料理上手なジゼルちゃん14歳、
 お裁縫がすっごく得意なエメちゃん13歳、
 庭木の剪定から家庭菜園まで庭仕事なら何でもできるアシル君13歳、
 幼いのに力持ちなダエル君12歳、
 お掃除なら誰にも負けないレニーちゃん11歳、
 そして、使用人見習いのリュシーちゃん10歳。

 みな一様に、青い顔をしている。

「ど、どうしたの……?」

「ご、ごごごご主人様がお貴族様に呼び出されたって聞いて!」

「だ、だだだ大丈夫でしたか!?」

「しょ、処刑されたりしませんよね!? ね!?」

 あ、あー……なるほど。
 孤児院組は、領民を苦しめている悪徳貴族を主人公が退治する系の絵本を読んで育った所為か、僕の心配――もしくは自分たちの雇用の心配――をしているらしい。
 リュシーちゃんもそうなのかは知らないけれど、リュシーちゃんも心配顔。
 ……まぁ実際、雰囲気は悪かったし、領主様は僕らのことを獣か虫でも見るかのような目で見てきたから、この子たちの予想が的外れというわけでもない。

「大丈夫大丈夫」

 だから僕は、みんなに対して努めて優しく語りかける。

「別にお咎めとか、そういうのは何もなかったから。みんなのこともこれまで通り雇い続けるから安心して」

「「「「「「良かったぁ……」」」」」」


   ■ ◆ ■ ◆


「さてと……ドレスを脱いじまいたいから、誰か手伝ってくれないかい?」

 屋敷に入るとお師匠様がそう言った。

「僕が手伝いましょうか?」

「こんのバカ弟子が」

 ほんの冗談のつもりだったのに、思いっきり蹴り飛ばされた。
 お師匠様の蹴り、ブーツも履いていないのにめちゃくちゃ痛いんですけど……。

「えーっ、もう脱いじゃうんですか、アリス様? 似合ってるのに!」

「もうちょっと見せてくださいよ! っていうか、もっといろんな服を着せてみたい……」

 楽しそうに囃し立ててるジゼルちゃんとレニーちゃん、そして、

「アリス様、採寸させてください。アリス様に似合う服が作りたい……」

 エメちゃんがワキワキと手を動かしながら、目を輝かせている。

「アリスお姉様、お姫様みたい!!」

 リュシーちゃんも楽しそう。


   ■ ◆ ■ ◆


 というわけで、僕とお師匠様は晴れ着姿のまま、居間でくつろぐ。
 お師匠様にも意外と茶目っ気があるらしい。
 僕の晴れ着姿は誰も望んでいないけれど、僕自身が望んでいるので問題ない。
 こうして高級な服に身を包んでいると、飲むお茶も高級茶葉であるかのような気がしてくる。
 お師匠様は相変わらず何も飲まないけれど、女性陣の意を汲んで、ドレス姿のまま執筆を始めている。

「それにしても、随分と(さま)になってますわね」

 ノティアが少し悔しそうにしながらお師匠様を褒める。

「本当、お姫様みたいです」

 ノティアにお茶を入れながら、シャーロッテが言う。
 あはは、シャーロッテってばリュシーちゃんと同じこと言ってる。
 シャーロッテは僕らが領主様に呼び出されたと聞いて、心配になって様子を見に戻ってきてくれたそうだ。

「ふふん、褒めても何も出ないよ?」

 言いながらもお師匠様は得意げだ。

「そう言えばお師匠様、礼儀作法がすごくちゃんとしてましたね!」

 僕はふと思い出して言う。
 領主様に対するお師匠様の所作は、それはもう実に洗練されて優雅なものだった。

「いったいどこで学んだんですか?」

「ふふん」

 お師匠様は微笑むばかりで何も言わない。
 ……あ、やばい。これ、お師匠様が触れられたくない話題だったか?

「そ、そうだ! 僕、お師匠様のあれが見たいです! あの、スカートの裾を持ち上げて礼をするやつ――」

 話題をそらそうとして必死に言葉を紡ぎ、かえってドグボにはまってしまって青くなるけど、

「カーテシーかい?」

 以外にも、お師匠様が乗ってきた。

「そ、そうですそれです!」

「ふむ」

 お師匠様が立ち上がり、ソファから離れたところで、すっと立つ。
 美しい直立。右足に軸を置いていて、顎を自然な感じで引いている。
 お師匠様が、その神秘的なまでに美しい顔を微笑ませ、

「ほれ、こんな感じさね」

 左足を後ろに下げ、スカートのすそを持ち上げ、同時に右ひざを曲げる。
 裾を引きずらず、さりとて足は見せないという見事な均衡。
 目は伏せているが、頭は下げない。

 人形のように整った容姿と、美しいドレス。
 そこに洗練された所作が合わさって、いっそ神々しいとすら思えるほどに美しい。
 美しくもあり、同時に――

「か、可愛い……ッ!!」

 思わず漏れ出た僕の感想に、

「んなぁッ!?」

 お師匠様が明らかに動揺した。
 けれど顔を赤くしたりはしない。
 お師匠様は感情や体調がまったくと言っていいほど顔に出ない。
 そう言えば、汗をかいているところも見たことがないなぁ……お風呂上りにしっとりしているのはしょっちゅう見ているけれど。

「が、ガキがからかうんじゃあないよ!!」

「が、ガキって……本心なんだけどなぁ」

「く、クリス君!! わたくしだって出来ますわよ、ほら!!」

 ノティアが張り合って、カーテシーして見せる。
 あはは、可愛い。

「可愛いよ」

「やりましたわ!!」

 ノティアが小躍りしながら近づいてきて、

「挙式はいつに致しますか!?」

「いやいやいやいや!!」

 手をにぎにぎしてくるノティアを押し返す。
 ノティアはしばらく僕にまとわりついていたけれど、やがて離れた。
 僕が本気で困り始めると、すぐに察してくれる。
 いつも気遣いを欠かさない、ものすごくいい女性だとは思うのだけれど、何というか雲の上の人過ぎて、恋愛や結婚の対象として見れないんだよね……。

「こ、こうですか!?」

「違う違う、頭は下げず、腰だけ落とすんだ。ほれ、この本を頭に乗せて、落とさないようにやってみな」

 見れば、シャーロッテや使用人の女性組がカーテシーの練習をしている。
 何なんだ、この不可思議な光景は……