それからしばらく、お師匠様による独演会――西王国の珍しい物品の紹介が続いた。
 度数の高いお酒、驚くほど真っ白なお砂糖、黒コショウを始めとしたさまざまな香辛料……。

 何より領主様を驚かせたのは、手回し蓄音機だ。

 壮大なオーケストラ、軽快な歌唱、しっとりとしたピアノ……さまざまな曲が蓄音機から飛び出してきて、それらの一部は王国では聴きなれない、けれども何とも言えず心地の良い音楽だ。
 お師匠様はそれらの物品や文化を駆使して、そしてときにはお師匠様自身の美しさや喋り方を使って領主様を夢中にさせた。
 貴族様相手に臆せず話が出来て、しかも誤解されていた状態からここまで印象を良くできるなんて、お師匠様は本当にすごい。

「献上の品は以上にございます」

 言って、お師匠様が優雅に一礼する。

「繰り返しになりますが、これらの品はどれもこれも『街』があったればこそ手に入ったものばかり。あの街が、オーギュスの言うような場所ではないことが、お分かり頂けたかと存じます」

「ううむ……」

 領主様はしばし悩んだご様子だったけれど、

「いや、それでも許容できん!」

 僕を睨みつけてきた。

「聞けば貴様、西王国民を大量に拉致し、働かせているらしいではないか!」

「ら、拉致!?」

 な、ななな何のこと!?

「……あれじゃないかい? 難民たちさ」

 お師匠様に囁かれて、はっとなる。
 確かに、僕は、百人以上の難民さんたちに家と畑を提供した。
 でも――

「拉致だなんてとんでもない!! 彼らは西王国の圧政に耐えかねて逃げてきた難民なんです! 追い返したりしたら処刑されかねないので、仕方なく――」

「だが、西王国民を勝手にあの街に置いているのだろう!? 同じことではないか!」

 同じって――何でそうなるんだよ!!
 オーギュスから何を吹き込まれているのか知らないけれど、どうして領主様は僕のことを悪人みたく言うのだろう?

「ぜ、全然違います!! 私は彼らを拘束したり、移動を制限なんてしておりませんし、魔法神アリソン様に誓って、難民の皆さんを不当な扱いなどは――」

「貴様、この儂に口答えするつもりか!?」

「ひっ――…」

 そんなことを言われてしまっては、僕はもう何も言えなくなる。

「そもそも、いったい誰の許可で、あの土地を占有しておるのだ!?」

「恐れながら閣下」

 と、ここでミッチェンさんが助け舟を出してくれる。

「あの土地が誰の所有でもないことは、商人ギルドで確認済でございます。所有者がいない土地の場合、開拓に成功した者に所有権が発生するというのが、辺境伯領における法のはずです」

「あの土地に所有者がいないなど、当然のことだろう!? 儂が言っているのはそういうことではない! 西の技術流入で国が発展? 人道的見地に立って難民を保護? そういう次元の話ではないのだ!」

 領主様が顔を真っ赤にして叫ぶ。

「そもそも西の森近縁は、でーえむぜっと、であるからして、勝手なりるれれるぼぐぅぇぶぁ……?」

 領主様の隣に控えていた執事さんが、慌てて領主様へ水を差し出す。
 水を飲んだあと、しばらくせき込んでいた領主様はやがて口を開き、

「おぼ、べぅひぇあ……?」

 何度もせき込んで喋ろうとするけれど、言葉にならない。

「冒険者の皆様方!」

 執事さんが蒼い顔をして言う。

「領主様はご気分が優れないご様子。本日はこれにてお引き取り下さいませ」


   ■ ◆ ■ ◆


「ふひぃ~……」

 怒涛の会談が終わって。
 帰りの馬車に揺られながら、僕は息を吐いた。

「あ~っ、緊張した!」

「あはは、お疲れさん」

 お師匠様が向かいの席から手を伸ばしてきて、頭を撫でてくる。
 恥ずかしい。けどちょっとうれしい。

「それにしても、結局最後まで友好的な感じにはなりませんでしたね……最後なんて、怒りのあまり口が回らなくなってたみたいに見えましたし……」

「はんっ!」

 お師匠様が失笑する。

「あいつはきっと、今まで自分が成功させられずにいた辺境の開拓をお前さんにあっさり達成されちまって、メンツをつぶされたと思っているのさ。貴族ってのはそういう生き物。自分より格下の相手が自分よりも成功するのが許せないのさね」

「は、はぁ……そういうものなんですか?」

「そういうものさ」

 僕なんて生まれてこの方ずっとずっと最底辺にいたものだから、そういう感覚が分からない。

「ま、正式にあの街を閉鎖しろという命令でも来ない限り、今まで通りしていれば良いだろうさ」

「はぁ」

「そうですね!」

 ミッチェンさんが満面の笑みで同意する。

「これだけ莫大な利益を生み続けている交易所を自ら手放すだなんて、商人としてあるまじき愚行! 不肖ミッチェン、まだまだ稼ぎますよ! ですから町長様!」

 ミッチェンさんが、がしっと手を握ってくる。顔が近い。

「これからも、どうぞよろしくお願い致します!」

「あ、あはは……こちらこそ、よろしくお願いします」


   ■ ◆ ■ ◆


「ただいまぁ」

 屋敷の前に着いた馬車から降りると、

「「「「「「ご、ご主人様!?」」」」」」

 孤児院出身組の使用人5人と、リュシーちゃんが一斉に駆け寄ってきた。
 な、何だ何だ!?