領主様――フロンティエーレ辺境伯様に呼び出された。大慌てだ。
「あはっ、馬子にも衣装さね」
商人ギルドが保有する中でもかなり上等な馬車の中で、お師匠様がずいぶんと懐かしいことを言った。
他ならぬ、僕がお師匠様に拾われ、上等な装備一式を与えられたときに掛けられたのと同じ言葉。
領主邸に向かう面子を決めるのにひと悶着あった。
まず、呼び出された張本人である僕が行くのは当然。
そして、恐らく呼び出された理由であろうこの『街』の運営について一番詳しいミッチェンさんが一緒に来るのもまた必然――というか、僕ひとりでは街の具体的な運営について何一つ説明できない。
というわけで、最初はこのふたりで向かおうと思っていた。
けれど――
『待ちな』
と、お師匠様に止められた。
お師匠様の言葉には絶対服従。お師匠様に待てと言われれば、僕は待つ。
『儂も行く。お前さんがお貴族様に丸め込まれて無理難題を押し付けられやしないか、心配だからねぇ』
ということで、お師匠様、ミッチェンさん、そして僕。
この3人で向かうこととなった。
ミッチェンさんはいま、パリッとした燕尾服を着こんでいる。
その着こなしっぷりたるや堂々としたもので、こういう服を着て、こういう馬車に乗ることに慣れている様子だ。
一方僕も、燕尾服を着ている。
もちろん、ミッチェンさんに借りたものだよ。
姿見で自分を見たときに、あまりの似合わなさに卒倒しそうになったものだよ。
そして、お師匠様だ。
「なんだいクリス、さっきから人のことばかりジロジロと見て」
「ご、ごめんなさい!」
視線が行くのも仕方がないというもの。
正面の座席には、赤を基調としたきらびやかなドレスを着た、お師匠様が座っている。
もうね、絶世の美女。
いや天使。
女神様だ。
普段の埃っぽい旅装ですらとんでもなく美しくて、道行く誰もが振り返るくらいなのに。
そんなお師匠様の、美しくも艶やかないでたち。
……ただ、残念な点がひとつ。
ドレスと言えば胸元をがばっと大きく開けて、ネックレスなんかで飾るイメージがあるのだけれど――というか孤児院で読んだ絵本のお姫様はだいたいそうだったんだけど――、お師匠様のドレスは、旅装や部屋着のときと同じく、襟首までぴっちりと布で覆われている。
まぁ、その襟を飾るリボンが可愛らしいから、いいのだけれど。
そんな天使か女神のようないでたちから繰り出される、普段通りのじじむさい言動が、ものすごいギャップを放っている。
「何だいなんだい、今度は人の胸をジロジロ見腐ってまぁ!」
「み、みみみ見てません!!」
「はぁ……ったくこの馬鹿弟子は」
それにしても、お師匠様は本当に何者なんだろう……こんな高そうなドレスを持ってるし、ドレスの着付けの方法なんて知らない孤児院出身メイドに手伝わせて、ちゃっちゃと着付けしちゃったし。
本人は否定してるけど、やっぱり貴族なんじゃなかろうか……?
「あはは。いやぁそれにしても、アリス様は本当にお美しい! どこかの姫君かと思いましたよ」
ミッチェンさんが何てことない笑顔で歯の浮くようなことを言う。
「世辞かい?」
お師匠様がいやらしく微笑む。
「世辞はタダだからねぇ」
「これは手厳しい」
いやでも本当に、今日のお師匠様は美しい。
「だから見るなと言ってるだろう」
「み、見てませんってば……そ、それにしても!」
我ながら苦しいけれど、無理やり話題を変えてみる。
「いったいぜんたい、僕なんかにお貴族様が何の用なんでしょうね?」
「長らく手付かずだった西の森近縁をあっという間に大発展させた功績を讃えて、褒美をもらえるとかではありませんか?」
ミッチェンさんがウキウキ顔で言う。
「未開地の開発に成功したものを従士にして、間接的にその土地を支配する――という話は聞いたことがあります。それに、町長様のお力はまだまだ果てがありませんから! もしかしたら、辺境伯様が国と掛け合って、町長様を騎士爵に封じてもらえる、なんてこともあったりして!」
「ぼ、ぼ、僕が……貴族に!?」
「騎士爵は正確には貴族じゃあないが……まぁ、お国のお墨付きがもらえるとしたら、ますます動きやすくなるだろうさね」
お師匠様が微笑む。
……本当に、夢のような話だ。
衣食住、【無制限収納空間】の能力、周りが僕を見る目……何もかもが、お師匠様のおかげで一変した。
ほんの2週間ほど前の僕とは比べものにならないほど、いまの僕は幸せだ。
全部、お師匠様のおかげだ。
二重の城壁に囲まれた城塞都市フロンティエーレの、一重目の壁の内側は大通りがぐにゃぐにゃと曲がりくねっている。
曰く、敵の侵攻を遅らせる為らしい。
商人ギルドの上等な馬車はそんな道をスイスイと通っていき、やがて坂道を登り始める。
城塞都市の中心、小高い丘の上に立つ砦――領主邸が見えてきた。
「あはっ、馬子にも衣装さね」
商人ギルドが保有する中でもかなり上等な馬車の中で、お師匠様がずいぶんと懐かしいことを言った。
他ならぬ、僕がお師匠様に拾われ、上等な装備一式を与えられたときに掛けられたのと同じ言葉。
領主邸に向かう面子を決めるのにひと悶着あった。
まず、呼び出された張本人である僕が行くのは当然。
そして、恐らく呼び出された理由であろうこの『街』の運営について一番詳しいミッチェンさんが一緒に来るのもまた必然――というか、僕ひとりでは街の具体的な運営について何一つ説明できない。
というわけで、最初はこのふたりで向かおうと思っていた。
けれど――
『待ちな』
と、お師匠様に止められた。
お師匠様の言葉には絶対服従。お師匠様に待てと言われれば、僕は待つ。
『儂も行く。お前さんがお貴族様に丸め込まれて無理難題を押し付けられやしないか、心配だからねぇ』
ということで、お師匠様、ミッチェンさん、そして僕。
この3人で向かうこととなった。
ミッチェンさんはいま、パリッとした燕尾服を着こんでいる。
その着こなしっぷりたるや堂々としたもので、こういう服を着て、こういう馬車に乗ることに慣れている様子だ。
一方僕も、燕尾服を着ている。
もちろん、ミッチェンさんに借りたものだよ。
姿見で自分を見たときに、あまりの似合わなさに卒倒しそうになったものだよ。
そして、お師匠様だ。
「なんだいクリス、さっきから人のことばかりジロジロと見て」
「ご、ごめんなさい!」
視線が行くのも仕方がないというもの。
正面の座席には、赤を基調としたきらびやかなドレスを着た、お師匠様が座っている。
もうね、絶世の美女。
いや天使。
女神様だ。
普段の埃っぽい旅装ですらとんでもなく美しくて、道行く誰もが振り返るくらいなのに。
そんなお師匠様の、美しくも艶やかないでたち。
……ただ、残念な点がひとつ。
ドレスと言えば胸元をがばっと大きく開けて、ネックレスなんかで飾るイメージがあるのだけれど――というか孤児院で読んだ絵本のお姫様はだいたいそうだったんだけど――、お師匠様のドレスは、旅装や部屋着のときと同じく、襟首までぴっちりと布で覆われている。
まぁ、その襟を飾るリボンが可愛らしいから、いいのだけれど。
そんな天使か女神のようないでたちから繰り出される、普段通りのじじむさい言動が、ものすごいギャップを放っている。
「何だいなんだい、今度は人の胸をジロジロ見腐ってまぁ!」
「み、みみみ見てません!!」
「はぁ……ったくこの馬鹿弟子は」
それにしても、お師匠様は本当に何者なんだろう……こんな高そうなドレスを持ってるし、ドレスの着付けの方法なんて知らない孤児院出身メイドに手伝わせて、ちゃっちゃと着付けしちゃったし。
本人は否定してるけど、やっぱり貴族なんじゃなかろうか……?
「あはは。いやぁそれにしても、アリス様は本当にお美しい! どこかの姫君かと思いましたよ」
ミッチェンさんが何てことない笑顔で歯の浮くようなことを言う。
「世辞かい?」
お師匠様がいやらしく微笑む。
「世辞はタダだからねぇ」
「これは手厳しい」
いやでも本当に、今日のお師匠様は美しい。
「だから見るなと言ってるだろう」
「み、見てませんってば……そ、それにしても!」
我ながら苦しいけれど、無理やり話題を変えてみる。
「いったいぜんたい、僕なんかにお貴族様が何の用なんでしょうね?」
「長らく手付かずだった西の森近縁をあっという間に大発展させた功績を讃えて、褒美をもらえるとかではありませんか?」
ミッチェンさんがウキウキ顔で言う。
「未開地の開発に成功したものを従士にして、間接的にその土地を支配する――という話は聞いたことがあります。それに、町長様のお力はまだまだ果てがありませんから! もしかしたら、辺境伯様が国と掛け合って、町長様を騎士爵に封じてもらえる、なんてこともあったりして!」
「ぼ、ぼ、僕が……貴族に!?」
「騎士爵は正確には貴族じゃあないが……まぁ、お国のお墨付きがもらえるとしたら、ますます動きやすくなるだろうさね」
お師匠様が微笑む。
……本当に、夢のような話だ。
衣食住、【無制限収納空間】の能力、周りが僕を見る目……何もかもが、お師匠様のおかげで一変した。
ほんの2週間ほど前の僕とは比べものにならないほど、いまの僕は幸せだ。
全部、お師匠様のおかげだ。
二重の城壁に囲まれた城塞都市フロンティエーレの、一重目の壁の内側は大通りがぐにゃぐにゃと曲がりくねっている。
曰く、敵の侵攻を遅らせる為らしい。
商人ギルドの上等な馬車はそんな道をスイスイと通っていき、やがて坂道を登り始める。
城塞都市の中心、小高い丘の上に立つ砦――領主邸が見えてきた。