目の前に繰り広げられるのは、地獄の戦場だ。
塩と香辛料――高級品の胡椒ではなく、花椒と山椒――を振りかけ、焼いただけの肉が、焼けるや否や難民の腹の中へと消えていく。
まぁ、『焼いただけ』とはいってもその道十数年の店長が焼いた新鮮な兎肉だ、不味いわけがない。
そして、
「は~い、パンもありますからね~」
若いギルド職員の方が、新設されたテーブルに大皿を出し、マジックバッグから取り出した白パンを次々と乗っけている――もっとも、乗っけたそばからみんなの胃袋の中に消えていっているのだけれど。
ミッチェンさん、ちゃんとパンを手配してくれたみたいだね。
あとは、
「赤ちゃんをお連れの方~! 新鮮な母乳と山羊乳で~す!」
シャーロッテが難民の間を練り歩いている。
「【収納空間】――シャーロッテ、ありがとう!!」
僕はせわしなく焼き網に肉を並べながらも、声を張り上げてシャーロッテにお礼を言う。
「なんの! ここで活躍しなきゃ、『次代の母乳調停官』の名が廃るってものよ!」
あはは。シャーロッテってば楽しそう。
■ ◆ ■ ◆
小一時間ほども肉を焼き続けると、ようやく難民のみなさんも落ち着いてきたようで、僕も自分が食べるだけの余裕を得ることができた。
気がつけば周りでは宴会が始まっている。
見回り任務でここにいる冒険者や、まったく関係ない冒険者なんかが勝手に肉を食ってお酒を飲んでる……相変わらず自由というかなんというか、まぁそのくらい面の皮が厚くなければ、冒険者稼業なんてやってられないけれど。
「町長様」
肉をちびちび食べている僕に、ミッチェンさんが話しかけてきた。
隣に初老の男性を連れている――難民だけど、他の人々に比べれば一段身なりの良い人だ。
「こちら、難民のリーダーのヴァイツェンさんです」
「この度は我々の為に貴重な食料をお分け下さり、誠にありがとうございます……っ!」
難民リーダーさんが、涙ながらにお礼を言ってくる。
「い、いえ……」
「あぁん?」
お師匠様が不機嫌な声を上げる。
この人、自分は食べもしないくせに、僕が食べる様子をじっと見てるんだよね……いつものことなんだけど。
「無償で分けてやるなんて、一言も言ってないんだけどねぇ?」
そのお師匠様が、いつものように守銭奴ぶりを見せる。
「お、お師匠様ってば!」
お師匠様の口をふさいでから、
「この食事は無償で結構です」
「こらクリス――もがっ」
「ただ、これ以上のことは……ご事情を聞いてみないことには」
「はい」
難民リーダーさんがつらそうに顔をゆがませる。
「いまから、お話させて頂いてもよろしいですか?」
■ ◆ ■ ◆
難民リーダーのヴァイツェンさんは、西王国――アルフレド科学王国最東端のロンダキア辺境伯領にある、貧しい農村の村長さんなのだそうだ。
「村長さんがリーダー……赤ん坊もたくさんいるってことは、まさか……」
「はい。村ぐるみで逃げてきました」
「ど、どうしてそんなことを……?」
「そうするしか、生き延びる方法がなかったからです」
村長さんは泣き出しそうな顔をして言う。
「我々は移動の自由を持たない農民――いえ、大半は農奴というべき身分なのですが、重税に次ぐ重税と徴兵、そしてとどめとばかりに北山脈からの川の水が激減して、今年の作付けもままならず……」
村長さんが深々と頭を下げる。
「どうか、この地に住まわせては頂けませんでしょうか!? 何卒――…」
「お、お師匠様、ど、どどどどうしましょう!?」
「どうもこうも……そりゃ、匿うか追い返すかの二択さね」
この街に、百数十人もの人たちを住まわせることはできるのだろうか……?
ミッチェンさんの方を見ると、彼は難しそうな顔をしている。
「も、もし追い返したら難民は、どうなるんでしょうか……?」
「そんな!」
近くで肉を食べながら話を聞いていたらしい難民の男性が真っ青になって、
「そんなことされちまったら、オラたち殺されちまう……ッ!!」
「こ、殺される!? それってどういう……」
「き、金髪の魔女だ……領主サマに逆らう村は、金髪の魔女に丸ごと焼き滅ぼされちまうんだ……ッ!!」
「なんです、それは?」
「我が村のみならず、いくつもの村々で語られているウワサ話です」
村長さんが説明を引き継ぐ。
「実際、一揆を起こした村が一夜にして焼け野原になっているのを、私も見たことがあります。そしてその前後に、長い金髪の女性の姿を見たという行商人たちの話を聞いたことも」
「――――……」
金髪で魔法使いと言えば最初に浮かぶのがお師匠様なんだけど、お師匠様は攻撃魔法を『封じられて』いるから、お師匠様がその『魔女』なわけがない。
その『封印』ぶりは徹底していて、お師匠様は【収納空間】すら使えない。
そう言えば以前、『唯一使える攻撃魔法は、相手の舌を回らなくさせて詠唱を阻害するもののみ』って言ってたな。
「金髪の魔女……というのが本当にいるのかは分かりませんが、西の国が乱れているのは事実のようです」
と、ミッチェンさんが説明してくれる。
「貴族と平民――とりわけ農奴との身分差は驚くほど大きく、貴族は自領の農奴を自由に売買したり処刑したりできると聞きます」
「そんな、ひどい……」
「事実です」
と村長さん。
「ですので、何卒お慈悲を……」
悲痛な覚悟を見せる村長さん。
自慢じゃないが、僕には100人以上の命を左右するような決断力はない。
……そして、100人以上を見捨てるだけの度胸もない。
「……もとより我々は農民。耕せる土地と水さえあれば、あとは何もいりません。食料は自給自足で何とかできますし、生活に必要なものは森で手に入れるか、ここの方々と物々交換させて頂ければ。
どんな荒地でも構いません。いっそ森の中でも!」
あぁ、そうか。
畑と寝床さえあればいいのなら――…
塩と香辛料――高級品の胡椒ではなく、花椒と山椒――を振りかけ、焼いただけの肉が、焼けるや否や難民の腹の中へと消えていく。
まぁ、『焼いただけ』とはいってもその道十数年の店長が焼いた新鮮な兎肉だ、不味いわけがない。
そして、
「は~い、パンもありますからね~」
若いギルド職員の方が、新設されたテーブルに大皿を出し、マジックバッグから取り出した白パンを次々と乗っけている――もっとも、乗っけたそばからみんなの胃袋の中に消えていっているのだけれど。
ミッチェンさん、ちゃんとパンを手配してくれたみたいだね。
あとは、
「赤ちゃんをお連れの方~! 新鮮な母乳と山羊乳で~す!」
シャーロッテが難民の間を練り歩いている。
「【収納空間】――シャーロッテ、ありがとう!!」
僕はせわしなく焼き網に肉を並べながらも、声を張り上げてシャーロッテにお礼を言う。
「なんの! ここで活躍しなきゃ、『次代の母乳調停官』の名が廃るってものよ!」
あはは。シャーロッテってば楽しそう。
■ ◆ ■ ◆
小一時間ほども肉を焼き続けると、ようやく難民のみなさんも落ち着いてきたようで、僕も自分が食べるだけの余裕を得ることができた。
気がつけば周りでは宴会が始まっている。
見回り任務でここにいる冒険者や、まったく関係ない冒険者なんかが勝手に肉を食ってお酒を飲んでる……相変わらず自由というかなんというか、まぁそのくらい面の皮が厚くなければ、冒険者稼業なんてやってられないけれど。
「町長様」
肉をちびちび食べている僕に、ミッチェンさんが話しかけてきた。
隣に初老の男性を連れている――難民だけど、他の人々に比べれば一段身なりの良い人だ。
「こちら、難民のリーダーのヴァイツェンさんです」
「この度は我々の為に貴重な食料をお分け下さり、誠にありがとうございます……っ!」
難民リーダーさんが、涙ながらにお礼を言ってくる。
「い、いえ……」
「あぁん?」
お師匠様が不機嫌な声を上げる。
この人、自分は食べもしないくせに、僕が食べる様子をじっと見てるんだよね……いつものことなんだけど。
「無償で分けてやるなんて、一言も言ってないんだけどねぇ?」
そのお師匠様が、いつものように守銭奴ぶりを見せる。
「お、お師匠様ってば!」
お師匠様の口をふさいでから、
「この食事は無償で結構です」
「こらクリス――もがっ」
「ただ、これ以上のことは……ご事情を聞いてみないことには」
「はい」
難民リーダーさんがつらそうに顔をゆがませる。
「いまから、お話させて頂いてもよろしいですか?」
■ ◆ ■ ◆
難民リーダーのヴァイツェンさんは、西王国――アルフレド科学王国最東端のロンダキア辺境伯領にある、貧しい農村の村長さんなのだそうだ。
「村長さんがリーダー……赤ん坊もたくさんいるってことは、まさか……」
「はい。村ぐるみで逃げてきました」
「ど、どうしてそんなことを……?」
「そうするしか、生き延びる方法がなかったからです」
村長さんは泣き出しそうな顔をして言う。
「我々は移動の自由を持たない農民――いえ、大半は農奴というべき身分なのですが、重税に次ぐ重税と徴兵、そしてとどめとばかりに北山脈からの川の水が激減して、今年の作付けもままならず……」
村長さんが深々と頭を下げる。
「どうか、この地に住まわせては頂けませんでしょうか!? 何卒――…」
「お、お師匠様、ど、どどどどうしましょう!?」
「どうもこうも……そりゃ、匿うか追い返すかの二択さね」
この街に、百数十人もの人たちを住まわせることはできるのだろうか……?
ミッチェンさんの方を見ると、彼は難しそうな顔をしている。
「も、もし追い返したら難民は、どうなるんでしょうか……?」
「そんな!」
近くで肉を食べながら話を聞いていたらしい難民の男性が真っ青になって、
「そんなことされちまったら、オラたち殺されちまう……ッ!!」
「こ、殺される!? それってどういう……」
「き、金髪の魔女だ……領主サマに逆らう村は、金髪の魔女に丸ごと焼き滅ぼされちまうんだ……ッ!!」
「なんです、それは?」
「我が村のみならず、いくつもの村々で語られているウワサ話です」
村長さんが説明を引き継ぐ。
「実際、一揆を起こした村が一夜にして焼け野原になっているのを、私も見たことがあります。そしてその前後に、長い金髪の女性の姿を見たという行商人たちの話を聞いたことも」
「――――……」
金髪で魔法使いと言えば最初に浮かぶのがお師匠様なんだけど、お師匠様は攻撃魔法を『封じられて』いるから、お師匠様がその『魔女』なわけがない。
その『封印』ぶりは徹底していて、お師匠様は【収納空間】すら使えない。
そう言えば以前、『唯一使える攻撃魔法は、相手の舌を回らなくさせて詠唱を阻害するもののみ』って言ってたな。
「金髪の魔女……というのが本当にいるのかは分かりませんが、西の国が乱れているのは事実のようです」
と、ミッチェンさんが説明してくれる。
「貴族と平民――とりわけ農奴との身分差は驚くほど大きく、貴族は自領の農奴を自由に売買したり処刑したりできると聞きます」
「そんな、ひどい……」
「事実です」
と村長さん。
「ですので、何卒お慈悲を……」
悲痛な覚悟を見せる村長さん。
自慢じゃないが、僕には100人以上の命を左右するような決断力はない。
……そして、100人以上を見捨てるだけの度胸もない。
「……もとより我々は農民。耕せる土地と水さえあれば、あとは何もいりません。食料は自給自足で何とかできますし、生活に必要なものは森で手に入れるか、ここの方々と物々交換させて頂ければ。
どんな荒地でも構いません。いっそ森の中でも!」
あぁ、そうか。
畑と寝床さえあればいいのなら――…