「おい、オーギュス! 話が違うじゃねぇか!!」

「しーっ、大きな声を出すんじゃねぇ!」

 城塞都市、外西地区の留置所で、俺は顔見知りの男と面会する。
 

「お前、簡単な仕事だって言ったよな!? 護衛のついてない商人を殺して、死体を街道に晒すだけの簡単な仕事だってよ! それが――…」

「いいから声を抑えろってんだ!」

 留置所(ここ)の警備兵は鼻薬を利かせたおかげで通してくれたが、何も味方ってわけじゃない。
 いまだって、部屋の外で聞き耳を立ててるかも知れねぇんだ。

「お、お、俺の仲間たちが、こ、こ、殺され――…」

 ――――そう。
 こいつの仲間だった7人のゴロツキどもは、あの憎いクリスに殺されちまった。
 エンゾたちが吹聴していたところによると、何でもいきなり首から上を【収納】されちまったらしい。

「な、なぁ、俺ぁこれからどうなるんだ!? ま、まさか処刑――」

「大丈夫だ。俺ぁここの領主サマに顔が利く。絶対にここから出してやるから、くれぐれも俺の名前は出すなよ?」

 こんなどうしようもねぇゴロツキなんざ何人死のうが構やしないが、俺の名前を出されるのはマズい。
 ったく、なんでこいつも一緒に殺さなかったんだ、クリスの愚図め!

 …………西の森に急に出来た『街』。

 ここの領主サマ――あのいけ好かないお貴族様に命じられて、街を廃らせるべくいろいろやってみたが、ちっとも上手くいかない。
 いま目の前にいるどうしようもねぇ奴らに金を渡して街で暴れさせてみたが、どいつもこいつもクリスに捕まえられちまい、最近じゃ冒険者ギルドが街と結託して警備員を巡回させる始末だ。
 ならばと思って護衛のついていない行商人を襲わせてみたが、ご覧の有様。
 いよいよ冒険者ギルドが乗り出してきて、あの場所は行商人と、その護衛を目当てに集まる冒険者たちで大賑わいだ。
 毎度報告に行く度にお貴族様に嫌味を言われる俺の身にもなれってんだ。
 クリス……どこまでも俺の邪魔をしやがる。
 本当に本当に、目障りな奴だ。


   ■ ◆ ■ ◆


「「――【清き流れに揺蕩(たゆた)う水よ】」」

 屋敷の居間で、少女とともに声を合わせる。

「「――【我が前の姿を現せ】」」

 ふたりしてソファに座り、両手は、テーブルの上に置いた桶に向けている。

「「――【水球(ウォーターボール)】!」」

 ちょろちょろちょろ……

「やったやった! 水、出ました!」

 手から少量の水が発生して喜ぶ少女と、

「な、何にも出ない……」

 卒倒しそうになる僕。

「ははっ。お前さん、筋がいいさね」

「それに比べてクリス君は……」

 お師匠様とノティアが、憐れむような眼で見てくる。

 少女は、名前をリュシーと言った。
 10歳。
 くりりとした大きな黒い瞳、やや日に焼けた肌。
 ふわっとした茶色い髪の間からは、魔族の証である漆黒の巻きツノが2本、伸びている。
 人族の国である西王国とかつて交流があった辺境の地ではあまり見ないツノも、魔王国全体から見ればむしろ一般的な見た目というわけだ。
 魔族はそのツノでもって魔力を感知することができるから、【魔力感知】スキルと【魔力操作】スキルが伸びやすく、総じて魔法適性が高い。

 ……あのあと、魔法を教えてくれと言って聞かないこの子を、仕方なく家に招き入れたんだ。

 僕には【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】以外の魔法は使えないことも説明したのだけれど、何としてでも魔法を覚えて盗賊どもを根絶やしにするのだ――と息巻くリュシーちゃんの勢いに負けて、一流の魔法使いたるノティアを紹介する運びとあいなった。

「分かってはいましたけれどクリス君、本当に【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】以外はまったく才能がないんですのね……」

「ひどいや、そんな改めて言わなくても……」

 僕が冗談っぽく泣きマネをすると、

「でも! 町長様には、あの憎い憎い盗賊たちの首を狩り取れる奇跡の魔法があるじゃないですか!!」

 リュシーちゃんが熱烈かつ殺伐としたことを言ってくれる。
 笑顔だけど、笑っていない。
 …………目が怖い。
 聞いたところによるとリュシーちゃん、僕が盗賊たちの首を狩り取ったのを見て、狂喜乱舞してたらしいんだよね……その時点ではリュシーちゃんも父親が死んでしまったと思い込んでいて、早々の復讐の成就に喝采(かっさい)を上げていたのだとか。

「あ、あはは……それはそうとリュシーちゃん、その……お父さんとお母さんの具合は、大丈夫?」

 リュシーちゃん、急に「――はっ!?」っとした顔になって、

「そ、そそそそうでした! 町長様、この度はワタクシたち一家をお救い下さり、感謝の言葉も――…」

「い、いやいや、いいから! そういうのはいいから!」

「で、でも――…」

「それよりも、まだ体の調子がよくないようなら、ウチのお師匠様が治癒魔法使えるからさ」

「クリスぅ……儂ゃお前さんの師匠であって所有物じゃあないんだ。勝手に決めないでもらいたいさね」

「お、お願いしますよお師匠様ぁ~ッ!」

「はぁ……ったく、多少強くなったからって、調子に乗らないでもらいたいものさね。今夜の『魔力養殖』が楽しみだねぇ……」

「ヒッ……」

「あ、あのっ、本当にありがとうございました!」

 リュシーちゃんが勢いよく頭を下げる。
 何というか、年齢不相応なくらいにしっかりした子だなぁ。

「お父さんはまだ動けませんけれど、それでもちゃんとご飯は食べれてますし、お母さんも昨日ようやく、吐かずに食べれるようになりました!」

 リュシーちゃんがぐっと手を握り締める。

「食べれれば、大丈夫です。それで、その……」

 リュシーちゃんが、一転して不安そうな顔になり、

「た、対価はどうすればよろしいでしょうか……? そ、その……私たち、お金がなくて」

「へ? 対価?」

 呆ける僕と、

「そりゃ、殺されるか売り飛ばされるところを助けたんだ。旦那の方なんて死にかけていたところを救ったんだよ? 対価をもらって当然さね」

「い、いやいやいや、そもそもあれは、ロクな準備もなしに道なんて敷いちゃった僕が悪いわけで――…」

「またそれかい。それを言うなら責任の所在は商人ギルド支部にあるさね」

「うーん……でもほら、お金ないって言ってますし」

「だったら肉体労働でも何でもやらせりゃいいだろう? とにかく、対価を何も求めないってのは悪例になるからやめな。儂はお前さんの【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】でまだまだ儲けるつもりなんだからね」

「「に、肉体労働……」」

 ノティアと、ちょうどお茶を運んできたシャーロッテがつぶやく。
 肉体労働って……ここの使用人はもう十分なんだけどなぁ。
 すると、顔を真っ赤にしたリュシーちゃんが、

「わ、わ、私なんかでよければそれで!!」

「「……なっ!?」」

 なぜか絶句するノティア、シャーロッテと、

「あっはっはっ! よかったねぇクリス、据え膳食わぬは男の恥と言うさね」

「スエゼン……? また、古代文明のことわざか何かですか? うーん……まぁそれじゃあしばらく、この屋敷でメイドとして働いてもらおうかな」

「「「…………え?」」」

 呆けた表情のノティア、シャーロッテ、リュシーちゃんと、

「…………え? だって、肉体労働でしょ?」

 僕。

「「「「…………え?」」」」