翌朝、起きたらひどい熱があった。
熱自体はお師匠様の【大治癒】ですぐに収まったのだけれど、気分は一向に良くならず、数日、寝込んだ。
お師匠様、ノティア、シャーロッテが代わりばんこで看病してくれた。
気分が優れない理由は、よく分かってる。
行商人が戻ってきていないと聞いたときの、不安。
盗賊に襲われそうになっている女の子を見たときの、衝撃。
犯されている女性と、殺された行商人を目にしたときの、後悔……。
死んだと思った行商人さんが生きていたのは不幸中の幸いだった。
けれど、だからといって気が晴れるようなものではなかった。
僕の所為で、あの一家は――…
「何度も言うようだが、お前さんが気にするようなことじゃないさね。あの一家は旅を舐めたツケを払わされただけのことだ」
と、お師匠様は言った。
「感謝されこそしても、恨まれるなんてことはないだろうさ」
初めて人を殺したときの、盗賊たちの首から上が消えて、血が噴き出したあの場面は、何度も何度も夢に出てきた。
「それこそ、慣れるしかありませんわ」
と、諭すように言うのはノティアだ。
「冒険者稼業を続ける以上、殺しと仕事は切っても切れない関係なのですから」
ふたりとも僕を励まそうとしてくれているのだろうけど、彼女たちのドライな価値観はいまの僕には堪えた。
「あなたは精一杯やったわ、クリス。こういうときは寝て忘れるのが一番よ」
だからなのか、そう言って昔のように頭を撫でてくれるシャーロッテの存在がありがたかった。
■ ◆ ■ ◆
僕がふさぎ込んでいる間に、周りはいろいろと動いているようだった。
まず、行商人が西の森を通行する際には、護衛を付けることが商人ギルド支部によって義務付けられた。
それに伴う冒険者ギルドへの護衛任務依頼の増加をさばく為に、この街にも冒険者ギルド支部が建つことになった。
昨日、冒険者ギルドマスターがやって来て、僕が警備員の詰め所として移築した建物の一角を使わせて欲しいと言われたので快諾した。
■ ◆ ■ ◆
「おはよう、クリス。お粥作ったんだけど、食べられそう?」
朝、ノックとともにシャーロッテが僕の部屋に入ってきた。
控えめに利かせた麻と辣の香りがふわりと部屋に漂う。
「ありがと」
ここのところずっと、看病はシャーロッテが担当してくれている。
お師匠様もノティアも、僕がふたりに対して少し苦手意識を持ちつつあるのを察してくれたのかも知れない。
「店は大丈夫なの?」
「心配しないで」
僕を安心させるように、シャーロッテが微笑んでくれる。
本当、オーギュスにイジメられるたびにシャーロッテに守ってもらい、慰めてもらっていたころを思い出す。
「新しく入った子たちも、あたしが居ない日があった方が、かえって訓練になるもの」
「な、なるほど……」
起き出そうとする僕を、
「あ、寝たままでいいから!」
シャーロッテが制止する。
彼女はベッドのそばの椅子に座り、
「はい、あ~ん」
「ちょちょちょっ!」
いったいぜんたい、僕のことを何歳だと思ってるんだ!
孤児院時代じゃないんだぞ!?
「あら? 昨日は普通にあ~んされてたけど?」
「え、ウソ……」
寝たり起きたりの繰り返しで、ギルドマスターが来たとき以外は記憶があいまいなんだよね……。
「は、恥ずかしい……忘れて」
「あはは、でもようやく調子が戻ってきたってことかしら」
言いつつ本当に『あ~ん』してくるシャーロッテと、仕方なくそれを食べる僕。
「ね、これ食べ終わったら顔洗って、久しぶりに外を歩いてみない?」
「うん、そうだね」
■ ◆ ■ ◆
「おや、ようやく天岩戸が開いたのかい?」
居間へ降りるとお師匠様が執筆中だった。
自室、食堂、居間、風呂場……気分転換なのか、お師匠様はいろんなところに出没しては執筆している。
自室で書いているときが一番多いのだけれど、居間に居るということは……
「だいぶ、すっきりとした顔をしているさね」
「アマノイワト……? あの、もしかして心配してくれてたんですか?」
「べ、別に、お前さんが心配で、ここで待ってたわけじゃないんだからね!」
「!?」
「『ツンデレ』、という」
「???」
「異世界の鉄板ネタさね」
執筆するようになってから、お師匠様は変な言動が増えた。
孤児院に置いてあった歴史本によると、暗黒時代を経て文明が衰退する以前――先王アリソンの統治の時代は、娯楽がものすごく充実していたらしい。
中でも主要な娯楽が『ピコピコ』と『漫画』と『アニメ』と『小説』で、古今東西様々なものをモチーフにした創作物が溢れかえっていたのだとか。
そして、それらの基礎となる作品を作ったのが先王アリソンらしい。
お師匠様が最近書いている『エスエフ』とか『ファンタジー』とか『イセカイテンセイモノ』というのが、何となく先王の伝説と重なって見えるんだよね……。
先王アリソンと言えば、実に様々な伝説がある。
5歳のころから素手でドラゴンの首を手折って見せたとか、数百匹ものフェンリルを飼っていたとか、一匹でも現れれば街が崩壊する凶暴な蜂の魔物・皆殺し蜂を養蜂して蜂蜜を作っていたとか、人魔大戦の折には魔族の軍勢を丸々【収納空間】で【収納】して見せたとか……。
そんな中でもまことしやかに囁かれているのが、『先王様は異世界からやって来た』というもの。
何しろ言動や発想、そして発明品の数々が当時の魔王国の文明から見ても異質すぎて、そういう伝説が生まれたらしい。
まぁ、お師匠様は聖級の【万物解析】使いだ。
【万物解析】や【鑑定】は、極めればこの世の理にすら触れることができるっていうし、きっとお師匠様も過去の文明から様々な娯楽物語を拾い上げているのだろう。
居間を通り抜け、廊下を経て外に出る。
「おはようございます、クリスさん!」
庭師兼雑用として孤児院から雇ったアシルくんが声をかけてきた。
「ちょうどいま、お呼びしようと思ってたところなんです」
「? どうかしたの?」
「それが――…」
アシルくんが門の方に視線を向ける。
つられて門の方を見てみれば、
「き、キミは――…」
門の外に、少女――先日、盗賊に襲われているところを助けた少女が、立っていた。
「町長様、私に魔法を教えてください!」
少女が、声を張り上げる。
「盗賊どもを殺す為の魔法を!」
熱自体はお師匠様の【大治癒】ですぐに収まったのだけれど、気分は一向に良くならず、数日、寝込んだ。
お師匠様、ノティア、シャーロッテが代わりばんこで看病してくれた。
気分が優れない理由は、よく分かってる。
行商人が戻ってきていないと聞いたときの、不安。
盗賊に襲われそうになっている女の子を見たときの、衝撃。
犯されている女性と、殺された行商人を目にしたときの、後悔……。
死んだと思った行商人さんが生きていたのは不幸中の幸いだった。
けれど、だからといって気が晴れるようなものではなかった。
僕の所為で、あの一家は――…
「何度も言うようだが、お前さんが気にするようなことじゃないさね。あの一家は旅を舐めたツケを払わされただけのことだ」
と、お師匠様は言った。
「感謝されこそしても、恨まれるなんてことはないだろうさ」
初めて人を殺したときの、盗賊たちの首から上が消えて、血が噴き出したあの場面は、何度も何度も夢に出てきた。
「それこそ、慣れるしかありませんわ」
と、諭すように言うのはノティアだ。
「冒険者稼業を続ける以上、殺しと仕事は切っても切れない関係なのですから」
ふたりとも僕を励まそうとしてくれているのだろうけど、彼女たちのドライな価値観はいまの僕には堪えた。
「あなたは精一杯やったわ、クリス。こういうときは寝て忘れるのが一番よ」
だからなのか、そう言って昔のように頭を撫でてくれるシャーロッテの存在がありがたかった。
■ ◆ ■ ◆
僕がふさぎ込んでいる間に、周りはいろいろと動いているようだった。
まず、行商人が西の森を通行する際には、護衛を付けることが商人ギルド支部によって義務付けられた。
それに伴う冒険者ギルドへの護衛任務依頼の増加をさばく為に、この街にも冒険者ギルド支部が建つことになった。
昨日、冒険者ギルドマスターがやって来て、僕が警備員の詰め所として移築した建物の一角を使わせて欲しいと言われたので快諾した。
■ ◆ ■ ◆
「おはよう、クリス。お粥作ったんだけど、食べられそう?」
朝、ノックとともにシャーロッテが僕の部屋に入ってきた。
控えめに利かせた麻と辣の香りがふわりと部屋に漂う。
「ありがと」
ここのところずっと、看病はシャーロッテが担当してくれている。
お師匠様もノティアも、僕がふたりに対して少し苦手意識を持ちつつあるのを察してくれたのかも知れない。
「店は大丈夫なの?」
「心配しないで」
僕を安心させるように、シャーロッテが微笑んでくれる。
本当、オーギュスにイジメられるたびにシャーロッテに守ってもらい、慰めてもらっていたころを思い出す。
「新しく入った子たちも、あたしが居ない日があった方が、かえって訓練になるもの」
「な、なるほど……」
起き出そうとする僕を、
「あ、寝たままでいいから!」
シャーロッテが制止する。
彼女はベッドのそばの椅子に座り、
「はい、あ~ん」
「ちょちょちょっ!」
いったいぜんたい、僕のことを何歳だと思ってるんだ!
孤児院時代じゃないんだぞ!?
「あら? 昨日は普通にあ~んされてたけど?」
「え、ウソ……」
寝たり起きたりの繰り返しで、ギルドマスターが来たとき以外は記憶があいまいなんだよね……。
「は、恥ずかしい……忘れて」
「あはは、でもようやく調子が戻ってきたってことかしら」
言いつつ本当に『あ~ん』してくるシャーロッテと、仕方なくそれを食べる僕。
「ね、これ食べ終わったら顔洗って、久しぶりに外を歩いてみない?」
「うん、そうだね」
■ ◆ ■ ◆
「おや、ようやく天岩戸が開いたのかい?」
居間へ降りるとお師匠様が執筆中だった。
自室、食堂、居間、風呂場……気分転換なのか、お師匠様はいろんなところに出没しては執筆している。
自室で書いているときが一番多いのだけれど、居間に居るということは……
「だいぶ、すっきりとした顔をしているさね」
「アマノイワト……? あの、もしかして心配してくれてたんですか?」
「べ、別に、お前さんが心配で、ここで待ってたわけじゃないんだからね!」
「!?」
「『ツンデレ』、という」
「???」
「異世界の鉄板ネタさね」
執筆するようになってから、お師匠様は変な言動が増えた。
孤児院に置いてあった歴史本によると、暗黒時代を経て文明が衰退する以前――先王アリソンの統治の時代は、娯楽がものすごく充実していたらしい。
中でも主要な娯楽が『ピコピコ』と『漫画』と『アニメ』と『小説』で、古今東西様々なものをモチーフにした創作物が溢れかえっていたのだとか。
そして、それらの基礎となる作品を作ったのが先王アリソンらしい。
お師匠様が最近書いている『エスエフ』とか『ファンタジー』とか『イセカイテンセイモノ』というのが、何となく先王の伝説と重なって見えるんだよね……。
先王アリソンと言えば、実に様々な伝説がある。
5歳のころから素手でドラゴンの首を手折って見せたとか、数百匹ものフェンリルを飼っていたとか、一匹でも現れれば街が崩壊する凶暴な蜂の魔物・皆殺し蜂を養蜂して蜂蜜を作っていたとか、人魔大戦の折には魔族の軍勢を丸々【収納空間】で【収納】して見せたとか……。
そんな中でもまことしやかに囁かれているのが、『先王様は異世界からやって来た』というもの。
何しろ言動や発想、そして発明品の数々が当時の魔王国の文明から見ても異質すぎて、そういう伝説が生まれたらしい。
まぁ、お師匠様は聖級の【万物解析】使いだ。
【万物解析】や【鑑定】は、極めればこの世の理にすら触れることができるっていうし、きっとお師匠様も過去の文明から様々な娯楽物語を拾い上げているのだろう。
居間を通り抜け、廊下を経て外に出る。
「おはようございます、クリスさん!」
庭師兼雑用として孤児院から雇ったアシルくんが声をかけてきた。
「ちょうどいま、お呼びしようと思ってたところなんです」
「? どうかしたの?」
「それが――…」
アシルくんが門の方に視線を向ける。
つられて門の方を見てみれば、
「き、キミは――…」
門の外に、少女――先日、盗賊に襲われているところを助けた少女が、立っていた。
「町長様、私に魔法を教えてください!」
少女が、声を張り上げる。
「盗賊どもを殺す為の魔法を!」