「おう、聞いたぜ。西の森の隣にできた『街』の、警備任務依頼を発行したいんだって?」

 城塞都市『外西地区』の冒険者ギルド、ギルドマスターの部屋にて。

「はい。近頃、街で強姦、強盗、恫喝等の事件が多くて多くて……」

「条件は?」

「受注可能なのはEランク以上の冒険者」

「ゴロツキ相手っつってもれっきとした対人戦闘だ。妥当だな」

「報酬はEランクが1人1日10ルキ、Dランクが20ルキ、Cランクの人が受けてくれるかは分かりませんが……いたら30ルキ。1人捕まえるごとに10ルキ。寝泊まりするところは提供します。食事は提供しませんが、料亭や屋台ならたくさんあります」

 宿の食堂もあるしね。

「破格じゃねぇか! 大丈夫なのか?」

「はい、大丈夫です」

 もちろん、ミッチェンさんとも相談済だ。
 ミッチェンさんは、この為のお金は全額商人ギルドが出すと言ってくれた。
 最初は僕が出そうかと思っていたんだけれど、「お前さんが出す必要はないさね」ってお師匠様に止められたんだよね。

「その条件なら願ったり叶ったりだ。Eランクの小僧どもの、いい対人戦闘訓練になるしな!」


   ■ ◆ ■ ◆


「というわけでミッチェンさん、この前【収納】させて頂いた建屋を警備員用の詰め所として配置したいんですけど、置いていい場所を指定してもらえませんか?」

「おおっ、ついに警備員導入ですね!」

 急ごしらえだった商人ギルド支部も、今や街の中心部で巨大な3階建ての建屋に成り代わっている。
 その3階、支部長室でミッチェンさんと面会する。
 どれだけ忙しくても、僕が来たらミッチェンさんは最優先で時間を空けてくれる。
 いやはや頭が下がるね。
 ミッチェンさんは街の計画地図を広げ、

「ずばり、ここですね」

 街の中心点ともいえる猫々(マオマオ)亭と、西の森東端の中間点――ちょうど、一番最初にテントや屋台が立ち並んでいた地点との境目当たりの、中央通り沿いを指さす。

「西の森は、浅いところでは一角兎(ホーンラビット)くらいしか生息していないとは言え、魔物の()()であることに変わりはありません。西の森を睨みつつ街全体の治安を守るとなると、ここが理想的な立地かと」

「分かりました! じゃあ、行ってきますね」

「はい、よろしくお願い致します!」


   ■ ◆ ■ ◆


「ここですわね」

「うん」

 中央通り沿いに歩くことしばし。
 街道の先に見えるテントや屋台は、その数をだいぶ減らしている。
 その分、東の方に広がる街に立派な建屋とともに移管されてるんだけどね。

「ではクリス君、移築対象の家屋を見せて頂いてもよろしくて?」

「うん――【目録(カタログ)】」

 ノティアが僕の肩に触れ、もう何十回も行ったお決まりのルーチンを行う。

「【念話(テレパシー)】――【赤き蛇・神の悪意サマエルが植えし葡萄の蔦・アダムの林檎――万物解析(アナライズ)】」

 ノティアが僕の【目録(カタログ)】越しに移築対象の家の面積、形状を把握し、

「【視覚共有(シンクロナイズド・アイ)】」

 僕が土を掘り、基礎を築くべき範囲の土を視界の中で白く光らせる。
 ノティアの視界を借りた僕は、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】、【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】、【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】――」

 慣れ親しんだ手順で穴を掘り、石を敷き詰め、セメントを流し込んで石畳を敷く。

「【火炎の壁(ファイア・ウォール)】」

 そしてノティアが焼き入れし、

「【無制限(アンリミテッド)収納(・アイテム)空間(・ボックス)】!」

 基礎の上に、2階建ての巨大な長屋が姿を現す。

「うふふ、もう息ぴったりですわね」

「あはは……ええと」

 ノティアの攻勢を適当に受け流そうと言葉を選んでいると、

「「「「「うぉぉおおおおおッ!?」」」」」

 背後で男臭い雄たけびが聞こえた。

「――な、なに!?」

 慌てて振り向くと、そこにはいかにも駆け出しふうな冒険者の少年少女たちがたくさんと、少数のいっぱし(ふう)冒険者たちが立っていて、僕たちが見せた移築の魔法に興奮している様子だった。

「――あっ」

 そして、その先頭に立っているのは、

「――エンゾ!?」

「え、えへへ……ご無沙汰してるっす。ここの警備の依頼を受けて来たっす」


   ■ ◆ ■ ◆


 かつて僕を彼のパーティーから追放し――けれど、紆余曲折を経て和解した、エンゾ・ドナ・クロエたちEランクパーティー。
 他にも、僕をさんざん殴って足蹴にして追放したD・Eランクパーティーたちが、総勢数十人ほど。
 そして、

「へへ、世話になるぜ、依頼主サマ!」

 筋骨隆々の偉丈夫、Cランクのベテラン冒険者・ベランジェさんが笑いかけてくる。
 彼の後ろには、パーティーメンバーも一緒だ。

「あ、あはは……ど、どうもヨロシクオネガイイタシマス」

 冷や汗が止まらない。エンゾといいベランジェさんといい、僕をさんざん罵倒して殴って殴って蹴って蹴って蹴って、地べたに這いつくばらせてくれた方々だ。
 彼らは――僕が直接脅したエンゾたちを除けば――みな一様に、悪びれもなく立っている。

 ……まぁ、ここは魔王国から忘れられた辺境の地。
 そして彼らは、明日をも知れぬ冒険者の身の上。
 金になると知れば、過去のことなんて忘れて誰にだってすり寄って行くくらいのたくましさがなきゃ、生きていけない。

 ――僕も、腹をくくるとしよう。
 これはビジネスだ。ドライに行こう。