「Aランチお待ちどうさまです!
 あ、何名様で――3名様? 申し訳ございません、少々お待ちくださいませ!
 お(あと)の方は――1名様ですね、こちらカウンターのお席へどうぞ!
 はい、ご注文ですね! すぐにお伺いします――」

 その日の昼前から営業を開始した猫々(マオマオ)亭の店内では、給仕姿のシャーロッテが、まるでダンスでも踊るみたいにクルクルと動き回っている。
 シャーロッテは可愛い上に元気がよく、要領もいい。
 目端がよく行き届いていて、彼女が立つホールに不手際なんてあり得ない。
 僕は店内に絶えず意識を配って複数のことを同時にこなすのなんて絶対にできない自信があるから、こうして皿洗いに徹している。
 まぁ皿『洗い』と言っても、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 で皿を【収納】して、

「【目録(カタログ)】」

 で皿を詳細表示し、『汚れ』や『ぬめり』や『匂い』を除去した状態で皿を出してるだけなんだけどね。
 水も米ぬかも手間も要らない、理想的な皿洗い方法!
 僕は木こりとしてだけじゃなくて、皿洗いとしても生きていけるかもしれない。
 そんな僕の隣では、

「【風の刃(ウィンド・カッター)】! ――はい、野菜の仕込みが終わりましたわ。次は何を致しましょう?」

 ノティアが風魔法を極小に展開して、店長さんも舌を巻くほどの見事な料理術を披露していた。
 様々な食材が宙に浮いては輪切り乱切り千切りになってゆく。

「お、おう、さすがはAランク冒険者だな! じゃあ次は卵を――」

「くぉらぁあああッ!! いま儂のケツ触ったのは誰さね!?」

 ホールでは、給仕服のお師匠様が吠えている。
 シャーロッテと違って、客にちょっかいをかけられるのが許せないらしい。

「ちょちょちょお師匠様、落ち着いて――」


   ■ ◆ ■ ◆


 夕方まで、ずっと満席だった。
 けれど夕方になると、まるでウソみたいに客足が途絶えた。

「いやぁ助かったぜ! 報酬にゃ少なすぎるくらいだが、好きなもんを好きなだけ注文してくれ!」

 ご機嫌の店長さん。
 そりゃそうか、移転後の初日が大成功に終わったんだから。

「けど……本当に給金払わなくても良かったのか?」

「構わないさね」

 お師匠様が言う。

「こう言っちゃなんだが、儂とクリスはクリスの【収納(アイテム)空間(・ボックス)】でいくらでも稼げるし、ノティアだって金に困っちゃいないだろう?」

 お師匠様、いつの間にかノティアのことを『小娘』ではなく『ノティア』と呼ぶようになっている。
 心境の変化か、そろそろノティアのことを認める気になったのか。

「ま、そうですわね」

 ノティアがうなずく。

「だが、お前さんもさっさと追加の従業員を探すんだよ?」

「分かってらぁ!」

 睨みつけるようなお師匠様に、店長さんが笑う。

「さっそく今朝、商人ギルドから求人を出しておいた。給金は相場の1.5倍――すぐに集まるだろうよ」


   ■ ◆ ■ ◆


「に、に、西の森に道と料亭と、か、川を作っただとぉっ!?」

 俺の報告を聞いて、お貴族様が顔を真っ赤にして怒り狂う。

「はい。いずれもやったのは、例のDランク冒険者・クリスです」

 俺はひざまずいたまま、報告を続ける。
 この高慢ちきなお貴族様は、俺に楽な姿勢を許可しない。
 偉そぶってないと気が済まないんだろう。

「あんなところを勝手に開拓されては、儂の面目が丸つぶれではないか!!」

 自分の領地が豊かになるんだから、いいんじゃねぇのか? と俺は思うんだが、お貴族様にとっちゃ違うらしい。
 まぁ俺だって、その『開拓』をしているのがクリスだってのが気に食わない。

「つぶせ! 妨害しろ! 多少手荒なことをしても構わん!」

「ははっ! ですがその、先立つものがあれば、と」

「ちっ……薄汚い乞食めが」

 小金貨をわざわざ床に投げて寄越すお貴族様。
 けっ、これが人にものを頼む態度かよ。
 けど、クリスの奴にひと泡吹かせてやれる、せっかくの機会だ。
 せいぜい利用させてもらうぜ。

 俺はあいつの所為で、冒険者ランクをEに下げられちまった。
『薪を粗末なものに取り替えて納品した』とかいう馬鹿馬鹿しい理由で。
 薪は薪じゃねぇか。
 俺はただ、孤児どもから()()()()()()()()()()薪をいくらか混ぜただけだ。

 俺が何をしたっていうんだ。

 クリス……あいつのことは、昔っから気に食わなかったんだ。
 なよなよしてて弱くて泣き虫で、いっつもシャーロッテに守られて。
 それが、最近になって急に金回りがよくなって、Dランクに昇格して、自信満々な顔をしていやがる。
 あいつはあいつらしく、惨めな目に遭わなきゃならないんだ。
 見てろよ、クリス……徹底的に邪魔して邪魔して、追いつめてやるッ!!