「あ、あの……クリス」
「シャーロッテ!? ど、どうしたの、いったい!? っていうかよくここに泊ってるって分かったね!?」
「それは……オーギュスに聞いたから」
「あぁ……」
……あいつか。
「あ、あのね、クリス……あた、あたし、貴方を見捨てておきながら、こんなことお願いできる立場じゃないって分かってるんだけど……」
シャーロッテが涙ぐんでいる。
僕はどうすればいいのか分からない。
「クリス?」
ふと、お師匠様の声がした。
隣の部屋の方を見れば、旅装姿のお師匠様が部屋から出てきたところだった。
「お前さん、儂が貸し与えてやってる部屋に、なぁに女を連れ込んで――ってぇしかも泣かせてんのかい!?」
「お、お師匠様! ちが――」
■ ◆ ■ ◆
シャーロッテの勤める料亭『猫々亭』が慢性的に経営不振。
このままだと店を畳まざるを得なくなる。
起死回生の策として、最近急に人が増えた西の森の交易所――僕が道を敷いたところ――に出店したい、と『猫々亭』の店長さんは考えた。
けれど、屋台のような小さな設備では、ここの味を再現するのは難しい。
かといって、西の森の交易所にいまから新店舗を建設するだけのお金もない。
そんな折、『猫々亭』に食べに来ていた冒険者たちから、僕が最近、大量のドブやら治癒一角兎やら道が作れるほどの無数の木々やらを【収納】する魔法を身に着けた、との話を店長さんが聞いた。
僕の【収納空間】で、建屋ごとまるまる西の森に移築してもらえばよいのでは?
と、店長さんは考えた。
そして僕の幼馴染であるシャーロッテに、そのことをお願いしてくれないかと頼んだ。
……シャーロッテが涙ながらに説明したところ、そのような内容だった。
「ごめんなさい……」
宿屋の食堂の片隅で、シャーロッテが深々と頭を下げる。
シャーロッテは僕が注文したお茶に、まったく手をつけていない。
「そんな、シャーロッテが謝るようなことじゃ……」
僕が知ってるシャーロッテは、もっと強くて、明るく笑う元気いっぱいな女の子だ。
ことあるごとにオーギュスにイジメられていた――いや、あれはイジメとかいう柔らかい言葉では表現し切れない、暴行そのものだった――僕を守ってくれた、女の子。
シャーロッテは、先日の夜、僕を追い返したことを随分と気にしているようだった。
そりゃ確かにあのときはショックだったけれど……冷静に考えてもみれば、500日間もタダ飯を食らいに来ている相手と縁を切ろうと考えるのは、至極当然のことなのだから。
「それにしても、猫々亭が経営不振、か……」
確かに、あの店は立地が良くない。
僕も、シャーロッテが務めてると知ってなければ、あの裏通りに店があることすら気づかなかったかも知れない。
「いいじゃないかい、やっておやりなよ」
相変わらず茶にも菓子にもまったく手をつけないお師匠様が、頬杖つきながらそう言った。口にはニヤニヤした笑いが張りついている。
「お前さんも男なら、惚れた女のためにひと肌脱ぎな」
「「んなっ!?」」
僕とシャーロッテの声が被った。
■ ◆ ■ ◆
先頭は、意気揚々と歩くお師匠様。
その後ろを、僕とシャーロッテが並んで歩く。
さらにそのずっと後方に、さっきから人影があるんだけど……まぁ、それはいい。
「ねぇねぇ!」
シャーロッテが僕の脇腹をつんつんと突ついてくる。
僕が猫々亭の『引っ越し』を快諾したからなのか、多少なり昔の調子が戻ってきている。
「誰よ、あの超美人なお姉さん」
「ぼ、僕のお師匠様だよ」
「あぁ……じゃあ、あなたが急に、【収納空間】がものすごく上手になったっていうのは――」
「うん。何もかもお師匠様のおかげ」
「ふぅん……で、いまは美人のお師匠様と四六時中べったりってわけ。あたしをお嫁さんにする! って息巻いてたクリスちゃんはどこに行っちゃったのかしらねぇ」
ニヤニヤ笑うシャーロッテに、僕は思わず顔を真っ赤にして、
「ぼ、僕とお師匠様はそんなんじゃ――」
「着いたさね」
表通りから1本2本と奥まったところに、いつものように猫々亭が佇んでいる。
■ ◆ ■ ◆
猫々亭の店長さんは、店の前で仁王立ちしていた。
「ど、どうも……」
おっかなびっくり話しかけると、
「おう!」
ドスの聞いた返事が返ってくる。
店長さんは獣人で人虎。
背丈は2メートルを越し、筋骨隆々、前衛職のベテラン冒険者だと言われても信じてしまいそうな風貌をしている。
一年以上も通い詰めておきながら何なのだけれど、こうやって店長さんと面と向かって話すのは初めてなんだ。
店長さんはいつも厨房に入っていて、片や僕はといえば、店の隅っこで邪魔にならないようにぼそぼそと食べさせてもらっていたから。
……とはいえ、そんな僕を一年以上も追い出さずにいてくれた店長さんは、ものすごく優しい人なんだと思う。
だけど、
「なぁ……ホントに大丈夫なのか?」
その店長さんが、シャーロッテにコソコソと聞いている。
コソコソなんだけど、声が大きすぎて普通に聞こえてくるんだ。
「んなっ――クリスに頼もうって言ったのは店長でしょう!? それをそんな――」
「いや、そりゃそうなんだがよぅ……やっぱ、こいつの自信なさそうな顔を間近で見ちまうとなぁ」
店長さんのトラ耳がぴくぴく動く。
「心配しなさんな。儂が保証するよ」
お師匠様が胸を張り、大真面目にうなずいた。
が、
「……お前さん、誰だ?」
店長さんが首をかしげる。
……そりゃそうだ。お師匠様はこの店に来たことがない。
「初対面の人間に保証されてもなぁ……」
「でしたら、わたくしが保証致しますわ!」
ふと、背後で声がした。
聞き覚えのある――ここのところ毎日聞いている声。
僕らの後をつけていた人物――誰あろうAランク冒険者のノティアが、お師匠様と店長さんの間に割って入って、ずずいと胸を張る。
「お、お前さんはもしや、Aランク冒険者の――」
「そう、『不得手知らず』のノティアとはわたくしのことですわ!」
「この街に来てるらしいってぇウワサは聞いてたが、まさか会えるたぁな!」
「え? 店長さん、ノティアのことご存じなんですか!?」
「そりゃおめぇ、冒険者やってて『不得手知らず』のこと知らねぇ奴なんざモグリだぜ!」
「「え、冒険者!?」」
僕とシャーロッテの声が被る。
「そうさ。10年ほど前、この街に来るまでは冒険者をやってたもんよ」
「し、知らなかった……」
呆然とした様子のシャーロッテ。
「言ってなかったっけか。俺ぁ遠く東のシナって国から西の果てを目指して旅をしてたんだけどよ、商才もない旅人にできる商売っつったら、冒険者稼業くらいしかねぇわな」
確かに。
それで、魔王国最西端という実質的な大陸の西端まで来てしまって、ここに居ついたってわけか。
「ま、『不得手知らず』が太鼓判を押すってんなら是非もない。坊主! ぼろっちぃが大切な俺の城、ひと思いに【収納】しやがれ!」
「シャーロッテ!? ど、どうしたの、いったい!? っていうかよくここに泊ってるって分かったね!?」
「それは……オーギュスに聞いたから」
「あぁ……」
……あいつか。
「あ、あのね、クリス……あた、あたし、貴方を見捨てておきながら、こんなことお願いできる立場じゃないって分かってるんだけど……」
シャーロッテが涙ぐんでいる。
僕はどうすればいいのか分からない。
「クリス?」
ふと、お師匠様の声がした。
隣の部屋の方を見れば、旅装姿のお師匠様が部屋から出てきたところだった。
「お前さん、儂が貸し与えてやってる部屋に、なぁに女を連れ込んで――ってぇしかも泣かせてんのかい!?」
「お、お師匠様! ちが――」
■ ◆ ■ ◆
シャーロッテの勤める料亭『猫々亭』が慢性的に経営不振。
このままだと店を畳まざるを得なくなる。
起死回生の策として、最近急に人が増えた西の森の交易所――僕が道を敷いたところ――に出店したい、と『猫々亭』の店長さんは考えた。
けれど、屋台のような小さな設備では、ここの味を再現するのは難しい。
かといって、西の森の交易所にいまから新店舗を建設するだけのお金もない。
そんな折、『猫々亭』に食べに来ていた冒険者たちから、僕が最近、大量のドブやら治癒一角兎やら道が作れるほどの無数の木々やらを【収納】する魔法を身に着けた、との話を店長さんが聞いた。
僕の【収納空間】で、建屋ごとまるまる西の森に移築してもらえばよいのでは?
と、店長さんは考えた。
そして僕の幼馴染であるシャーロッテに、そのことをお願いしてくれないかと頼んだ。
……シャーロッテが涙ながらに説明したところ、そのような内容だった。
「ごめんなさい……」
宿屋の食堂の片隅で、シャーロッテが深々と頭を下げる。
シャーロッテは僕が注文したお茶に、まったく手をつけていない。
「そんな、シャーロッテが謝るようなことじゃ……」
僕が知ってるシャーロッテは、もっと強くて、明るく笑う元気いっぱいな女の子だ。
ことあるごとにオーギュスにイジメられていた――いや、あれはイジメとかいう柔らかい言葉では表現し切れない、暴行そのものだった――僕を守ってくれた、女の子。
シャーロッテは、先日の夜、僕を追い返したことを随分と気にしているようだった。
そりゃ確かにあのときはショックだったけれど……冷静に考えてもみれば、500日間もタダ飯を食らいに来ている相手と縁を切ろうと考えるのは、至極当然のことなのだから。
「それにしても、猫々亭が経営不振、か……」
確かに、あの店は立地が良くない。
僕も、シャーロッテが務めてると知ってなければ、あの裏通りに店があることすら気づかなかったかも知れない。
「いいじゃないかい、やっておやりなよ」
相変わらず茶にも菓子にもまったく手をつけないお師匠様が、頬杖つきながらそう言った。口にはニヤニヤした笑いが張りついている。
「お前さんも男なら、惚れた女のためにひと肌脱ぎな」
「「んなっ!?」」
僕とシャーロッテの声が被った。
■ ◆ ■ ◆
先頭は、意気揚々と歩くお師匠様。
その後ろを、僕とシャーロッテが並んで歩く。
さらにそのずっと後方に、さっきから人影があるんだけど……まぁ、それはいい。
「ねぇねぇ!」
シャーロッテが僕の脇腹をつんつんと突ついてくる。
僕が猫々亭の『引っ越し』を快諾したからなのか、多少なり昔の調子が戻ってきている。
「誰よ、あの超美人なお姉さん」
「ぼ、僕のお師匠様だよ」
「あぁ……じゃあ、あなたが急に、【収納空間】がものすごく上手になったっていうのは――」
「うん。何もかもお師匠様のおかげ」
「ふぅん……で、いまは美人のお師匠様と四六時中べったりってわけ。あたしをお嫁さんにする! って息巻いてたクリスちゃんはどこに行っちゃったのかしらねぇ」
ニヤニヤ笑うシャーロッテに、僕は思わず顔を真っ赤にして、
「ぼ、僕とお師匠様はそんなんじゃ――」
「着いたさね」
表通りから1本2本と奥まったところに、いつものように猫々亭が佇んでいる。
■ ◆ ■ ◆
猫々亭の店長さんは、店の前で仁王立ちしていた。
「ど、どうも……」
おっかなびっくり話しかけると、
「おう!」
ドスの聞いた返事が返ってくる。
店長さんは獣人で人虎。
背丈は2メートルを越し、筋骨隆々、前衛職のベテラン冒険者だと言われても信じてしまいそうな風貌をしている。
一年以上も通い詰めておきながら何なのだけれど、こうやって店長さんと面と向かって話すのは初めてなんだ。
店長さんはいつも厨房に入っていて、片や僕はといえば、店の隅っこで邪魔にならないようにぼそぼそと食べさせてもらっていたから。
……とはいえ、そんな僕を一年以上も追い出さずにいてくれた店長さんは、ものすごく優しい人なんだと思う。
だけど、
「なぁ……ホントに大丈夫なのか?」
その店長さんが、シャーロッテにコソコソと聞いている。
コソコソなんだけど、声が大きすぎて普通に聞こえてくるんだ。
「んなっ――クリスに頼もうって言ったのは店長でしょう!? それをそんな――」
「いや、そりゃそうなんだがよぅ……やっぱ、こいつの自信なさそうな顔を間近で見ちまうとなぁ」
店長さんのトラ耳がぴくぴく動く。
「心配しなさんな。儂が保証するよ」
お師匠様が胸を張り、大真面目にうなずいた。
が、
「……お前さん、誰だ?」
店長さんが首をかしげる。
……そりゃそうだ。お師匠様はこの店に来たことがない。
「初対面の人間に保証されてもなぁ……」
「でしたら、わたくしが保証致しますわ!」
ふと、背後で声がした。
聞き覚えのある――ここのところ毎日聞いている声。
僕らの後をつけていた人物――誰あろうAランク冒険者のノティアが、お師匠様と店長さんの間に割って入って、ずずいと胸を張る。
「お、お前さんはもしや、Aランク冒険者の――」
「そう、『不得手知らず』のノティアとはわたくしのことですわ!」
「この街に来てるらしいってぇウワサは聞いてたが、まさか会えるたぁな!」
「え? 店長さん、ノティアのことご存じなんですか!?」
「そりゃおめぇ、冒険者やってて『不得手知らず』のこと知らねぇ奴なんざモグリだぜ!」
「「え、冒険者!?」」
僕とシャーロッテの声が被る。
「そうさ。10年ほど前、この街に来るまでは冒険者をやってたもんよ」
「し、知らなかった……」
呆然とした様子のシャーロッテ。
「言ってなかったっけか。俺ぁ遠く東のシナって国から西の果てを目指して旅をしてたんだけどよ、商才もない旅人にできる商売っつったら、冒険者稼業くらいしかねぇわな」
確かに。
それで、魔王国最西端という実質的な大陸の西端まで来てしまって、ここに居ついたってわけか。
「ま、『不得手知らず』が太鼓判を押すってんなら是非もない。坊主! ぼろっちぃが大切な俺の城、ひと思いに【収納】しやがれ!」