「「…………指名依頼?」」

 依頼書の内容は、

「飲料水の納品。量は、あるだけ。あるだけってすごいなぁ。依頼主は――」

「『西の森交易路権益確保の会』代表・ミッチェン――あぁ、あのメガネの小僧さね」

「え? あんなに水渡したのに、もうなくなったの!?」

「お前さん、在庫は?」

「【目録(カタログ)】! ――まだまだ『計測不能』のままです」

「ってことは、お前さんが認識できないほど大量の水が、まだまだ残ってるってことさね」

「じゃあさっそく行きましょうか」

「【瞬間移動(テレポート)】は必要でして?」

 どこからともなくノティアがやって来た。

「いいんですか? いつもすみません」

「気になさらないで下さいまし。これもわたくしの作戦の為ですもの」

「作戦?」

「ええ。貴方をわたくしなしじゃ生られない体にして差し上げて、わたくしと結婚して頂くという作戦ですわ」

「い、言い方!」


   ■ ◆ ■ ◆


「でも、なんでそこまで結婚にこだわるんです? それも、僕なんかと……」

 西の森の手前に転移し、そこから少し歩きながらノティアに尋ねる。

「理由のひとつは、以前にも申し上げた通り、貴方が女性を蔑視せず、かつわたくしを忌避しない男性だからですわ」

「はい」

「もうひとつは、これも以前に言った通り、貴方の加護(エクストラ・スキル)。もっとあけすけに言うなら、加護(エクストラ・スキル)を宿した子種ですわ」

「こ、子種て……」

「有用な加護(エクストラ・スキル)をその血脈に取り込むことは、我が公国の繁栄に繋がりますわ。わたくし、こうして冒険者として好き勝手させてもらっておりますけれど、やはり公女としての義務からは逃げ切れませんの」

「――――……」

 昨日は攻撃魔法でオーガたちをぎったばったとなぎ倒してたけど……お姫様なんだよなぁ、この人。

「ほほぅ! また一段と賑わっているじゃあないか!」

 先頭を歩くお師匠様がうれしそうに言う。
 見れば、西の森の入り口に広がるテントや屋台、馬車と露店の数が、さらに数倍に増えていた。


   ■ ◆ ■ ◆


「ようこそおいで下さいました!」

 ミッチェンさんからは熱烈な歓迎を受けた。
 商人ギルド西の森支部で、お菓子と果実水をご馳走になる。

「クリス様の水が西の商人に大人気で!」

 ミッチェンさんが揉み手ですり寄ってくる。

「科学王国では『下水道』とかいうものが整備されていて、この国に比べて水の品質が格段によいらしいのですが、クリス様が卸して下さった水は、そんな西の商人たちをして驚嘆させるほどの品質だったとのことで! 元は西の商人たちの補給用に用意したものだったのですが、いまや水目当てでやってくる方まで出てくるほどですよ!
 この場所に道が出来た、と謎の情報提供者A氏に教えられ、半信半疑で人と物資をそろえてこの場に交易所を開いてみて、耳の早い行商人たちが西から東から集ってきたのはよいのですが、科学技術で西王国に劣る魔王国では、西王国に売る為の交易品が不十分だという問題がありました。
 え、魔王国自慢のマジックバッグを始めとした魔道具の数々があるじゃないかって? いやいやあれは使用者に少なからず魔力が必要でしょう? 聞いたところ、西王国の人族たちはもうほとんど魔力を持っていないのだそうです。
 これでは、遠からず貿易赤字になって首が回らなくなるのは明白でした。――そんなところに現れたのが、クリス様の水なのです! あれはすごい! あれは本当に素晴らしい! あれのおかげで長くやっていけそうです! 本当にありがとうございます!」

 ミッチェンさんがものすごい勢いでまくしたててくる。

「そ……それはよかったです」

「あの水、どこで入手されたんですか?」

「あぁ、あれは――」

「クリス――」「クリスく――」

「ただの、川の水です」

「あぁ、もう!」「言う必要ありませんのに……」

「へ?」

 左右から、呆れ果てられたような声。

「え、いま僕、何か間違ったことした?」

「「はぁ~……」」

 お師匠様とノティアがふたりして溜息をつく。

「仕入れ先を商人相手にバラす奴があるか!」

「そうですわよ? 今回のはまぁ、クリス君のスキルありきなので実害はありませんが……商人相手に安易に情報を渡してしまったら、仕入れ先ごと奪われかねないのですから。こういうのは本来、【取引(ディール・)契約(コントラクト)】の魔法を【付与(エンチャント)】した証文を交わした上でやることなんですから」

「す、すみませんでした……」

 なぜかミッチェンさんが謝ってくる。

「わたくしも、他愛のない世間話のつもりで……てっきり『いやぁ教えるわけないじゃないですか』って返ってくるものと思っていたのですが」

「――――……」

 つまりこの中で、間抜けなのは僕ひとりということらしい。

「ですが、川、ですか? 確かに川の水を濾過して煮沸すれば、かなり上質な飲み水を精製することはできますが……それにしても、あの品質の高さは異常です」

「はぁ~……分かったよ、お望み通りタネ明かしをしてやるさね。その代わり」

 お師匠様の目がギラリと輝く。

「買取価格は……分かってるんだろうねぇ?」

「も、もちろんですとも! 1リットルあたり、前回の2倍の価格で買い取りましょう!」

「10倍さね」

「10倍ぃ!? い、いや……それはさすがに」

「水目当てで来てる商人すらいるって、あの水のおかげで赤字になり過ぎずにすんでいるって、お前さん、さっき自分で言ったさね。そこら中にいる西の商人たちに、お前さんが水をいくらで売りつけたのか聞いて回ってもいいんだがねぇ?」

「さ、3倍でお願いできれば、と」

「せめて9倍さね」

「4倍でご勘弁を!」

「この水を作った魔法を応用すれば、もっともっとものすごいことがたくさんできるさね。その秘密を知りたいとは思わないさね?」

「5倍で!」

「――――……」

「あ、貴女様方が仕入れた商品、手に入れた素材等で西に売りたいものがありましたら、最優先で店頭に並べましょう! 買取価格にも色をつけますとも!」

「…………ほぅ?」

 お師匠様が怪しく微笑む。

「どんな商品でもいいのかい?」

「うっ……まぁその、わたくしが【鑑定(アプレイズ)】して、商売に耐え得る品物だと判断したものには限らせて頂きますが」

「いいだろう、5倍だ」

 なに勝手に決めちゃってんのさ、とは思うけれど、お師匠様が楽しそうなので問題はない。

「それでいいさね、クリス?」

「あ、はい」

「さて、タネ明かしだが……クリス、コップに水を1杯。さらにその中に砂をひとつまみ入れな」

「はいはい」

 言われた通りにする。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 ミッチェンさんと僕らの間のテーブルにコップを出現させ、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 その中に水をなみなみと注ぎ、席を立ってテントの外に出て、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 地面の砂を収集し、

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 戻って来てコップの中に砂を注ぐ。

「な、なんと器用な……」

「あ、あはは……でも、【収納(アイテム)空間(・ボックス)】だけなんですよ」

 言いながら、指でコップの中をかき混ぜる。
 そこからは、川の水から飲み水を精製したときと同じ流れ。
 砂の混ざった水をコップごと【収納】し、お師匠様の【万物解析(アナライズ)】と【念話(テレパシー)】経由で繋がって、【目録(カタログ)】の機能で砂を取り除く。
 厳密に言うと、空気中の砂埃なのか僕の指についていた汚れなのか、『その他無機物』と『その他有機物』がついていたけど、これは単なるパフォーマンスで実際に飲むわけではないので問題ない。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】」

 テーブルの上にコップと、砂が除去されて透明になった水が現れる。

「と、こんな具合で川の水の汚れを全部除去したんです」

「す、す、す」

 ミッチェンさんが顔を真っ赤にして、

「す?」

「素晴らしぃぃぃいいいい~~~~っ!!」

 ミッチェンさんがテーブルに乗り出して、こちらの手をつかんできた!

「素晴らしい素晴らしい素晴らしいです!! この魔法は、無限の可能性を秘めています! あぁ、あんなことやこんなことにも転用できるかも!! このミッチェン、クリス様に一生ついていきます!!」

「え、えぇぇ……」

 僕が戸惑っていると、

「おおい、何を騒いでるんだ?」

 テントの中へ、3名の男性が入ってきた。
 みんな年若く、メガネで、ミッチェンさんと同じ服装をしている――ってことは彼らは商人ギルドの職員で、この服装は制服なのだろう。

「「「――――はっ!?」」」

 3名の商人ギルド職員が、僕らを見て固まる。

「男ひとり、女ふたりの3人組――」

「金髪碧眼、気の弱そうな男――」

「女の方はふたりとも魔法使いふう――」

 3人はわなわなと震え、





「「「道神様ぁ~~~~ッ!? ありがたやありがたや……」」」





 絶叫したあと、僕に対して(おが)み始めた!?