フロンティエーレ辺境伯領の首都・城塞都市フロンティエーレは二重の城壁に取り囲まれている。
 一重目の城壁の中心にあるのは、岡の上にそびえ立つ砦――領主様のお屋敷で、西隣の科学王国と戦争をしていたころは、この砦が最前線だったそうだ……といっても、もう百年以上も昔の話だけれど。
 領主邸の周りには3つの広場があって、中でも一番大きな広場には教会や商人ギルドといった重要施設や大店が立ち並ぶ。
 広場では公示があったり、舞台や罪人の公開処刑なんかが開かれたりする。

 そして、その城壁のすぐ外側に、冒険者ギルドはある。

 もとは戦争の為に集まった傭兵たちのたまり場だったのが、休戦とともに傭兵家業をやめて冒険者になった人たちのたまり場になり、ギルドになった。
 そして、平和の中で街が城壁の外へも広がっていって、やがて二重目の城壁が築かれた。
 二重目の壁の内側に住むのは、一重目の内側に住めないような貧乏人や(つま)(はじ)きたち。
 二重目の壁の内外にはスラム街が広がっている。
 そんな街。
 それが、城塞都市フロンティエーレだ。


   ■ ◆ ■ ◆


 カランカランカラン……

 ギルドホールの扉を開くと、扉に取りつけられた鐘が高らかになった。
 途端(とたん)、壁際の依頼掲示板にたむろしていた冒険者たち、テーブルについて朝食を取っていた冒険者たち、依頼受注の為に受付に居並ぶ冒険者たち、そしてホール内を闊歩していたギルド職員たちの視線が一斉に集まる。

「ひっ……」

 思わず、小さな悲鳴を上げてしまう。
 海千山千の猛者がいる一方、チンピラやゴロツキ以下の者も多い冒険者の集会所ということもあって、この場所には無法者が来ることが多い。
 だからなのだろう。冒険者にせよギルド職員にせよ、入ってきた人を観察して、値踏みするという習性を持っているんだ。
 いつもならここで、『なんだクリスかよ』とか『役立たずは帰れ』みたいなヤジや、『101個目のパーティーでも探しに来たのか?』みたいな嫌味が飛んで来つつ、大半の人は僕から興味を失いそうなものなんだけれど……

「…………?」

 なぜか、誰も彼もがこちらから視線を外さず、息を潜めている。
 いや、僕を見てるんじゃなくて、絶世の美女であるお師匠様を見ているんだな、これは。
 あるいは、僕がそんなお師匠様と一緒に居ることをいる(いぶか)しんでいるってわけだ。

「ほれ、突っ立ってないでさっさと歩く!」

 べちんっ、とお師匠様に尻を叩かれた。
 慌てて受付の列に並ぶ。
 お師匠様の効果によるものか、誰からも足を引っかけられることはなかった。

 ――やがて列がはけて僕らの番になった。

「冒険者登録を」

 自信満々な様子でお師匠様が言う。

「……え?」

 固まる受付嬢。
 これだけ堂々とした態度なのに、新人冒険者ですらなかったことに驚いているのだろうか。
 かく言う僕も内心驚いていた。
 上級治癒魔法が使えるような偉大な魔法使いであり、旅人でもあるお師匠様が、まさか冒険者登録していなかったなんて!

「冒険者登録さね」

「は、はい!」

 受付嬢が慌てて登録用紙を取り出す。
 お師匠様は流麗な文字で、名前欄に『アリス』とだけ書く。

「あれ? お師匠様――」

 家名を書かないの? と言おうとしたところで、お師匠様がウインクしながら人差し指でこちらの唇を閉じてきた。
 思わず、どぎまぎする……けど、()()()()()()()()()()()()()
 口をふさがれたということは、貴族であることは隠すつもりらしい。

「アリス様、回復職(ヒーラー)ですね。何か実力の証明になるものはございますか?」

「【ステータス】を見せればいいのかい? 魔法スキル欄だけならまぁ、見せてやってもいいけれど」

「い、いえいえいえ、滅相もありません!」

 受付嬢が慌てる。そりゃそうだろうと思う。
 そもそも冒険者という職業には、まともな職に就けない底辺の人間や、一攫千金を夢見る――本当の意味での――冒険者しか就かない。
 そんな連中に職を斡旋するギルドだから、冒険者ギルドの職員や登録メンバーは、他人からの詮索はもちろん、他人への詮索も好まない。
 他人に【ステータス・ウィンドウ】を開示するように迫るのは、最大級の禁忌に当たるわけだ。

「そうですね……何か実際に使って見せて頂けるのが確実ですが」

「ふぅむ」

 お師匠様がやおらホールの方へ振り向いて、

「お~い、お前さんたち。ちょっとした怪我をしている奴はいないさね? 先着一名、いまなら無料で治してあげるよ」

 ギルドホールがざわめく。

「おい、お前行けよ」

「いや、冒険者登録もしてないシロウトに診せるのはちょっとなぁ……」

「けどあの女、とびっきりに美人だぜ?」

 ざわめきの中から、

「お、おい!」

 昨日、僕をクビにしたEランクパーティーのリーダー・エンゾが飛び出してきた。

「これ、この傷治せねぇか!?」

 腕をまくって見せてくる。
 昨日、一角兎(ホーンラビット)狩りのときに負った切り傷だ。
 Eランクパーティーの稼ぎでは、この程度の傷にポーションを使ったり、病院にでの治療なんて受けていられない。

「ふぅむ……よかろう」

 お師匠様がエンゾの切り傷に手をかざし、

「――【治癒(ヒール)】」

 一瞬、お師匠様の手から白い光がぱっと光ったかと思うと、エンゾの傷は跡形もなく消え去っていた。



「「「「「省略詠唱ぉ~~~~ッ!?」」」」」



 ギルドホールにいる誰もが叫んだ。