「こちら、Dランクの冒険者カードです。順調ですね、クリスさん!」
いつもの受付嬢さんの良く通る声が、ギルドホール中に響き渡る。
「お、お師匠様のおかげですから……」
受付嬢さんは僕の名を上げようと善意でやってるのかも知れないけれど、僕はあんまり悪目立ちしたくないんだ。
現にいま背後からは、
「あのクリスがDランクだって……?」
「何か不正でも働いてんじゃねぇのか」
「でも治癒一角兎のツノを何百本も納品したとこ、俺も見てたぜ!」
「そうそう、薪の話だって――」
といった、顔なじみの――一度は僕をパーティーに迎え入れ、あまりの使えなさに罵倒し、足蹴した挙句に追放した――冒険者の皆々様による話が聞こえてきている。
「はぁ~……お師匠様、お昼にしましょう」
■ ◆ ■ ◆
ギルドホールの端、酒場にて。
僕は白パンとシチューにありつく。
お師匠様はと言えば、そんな僕を頬杖ついて楽しそうに見ている。
今日こそ食べるかな? と思ったけれど、やっぱり食べないらしい。
お師匠様は極度の小食らしく、朝、自室で食べたっきりでそれ以上の食事をしないんだ。
まぁ、詮索はすまい、と思う。
お師匠様がこうやってニコニコ微笑みながら無言でいるときは大抵、『いいから何も聞くんじゃないよ』って感じのオーラを出してるんだよね。
この世界には様々な種族がいる。
魔族、人族、獣族、エルフ族、ドワーフ族……お師匠様は見た目人族っぽいけれど、もしかしたらもっと未知の種族なのかも知れない。
もう、あれだ。種族『お師匠様』でいいや。
――そんなことを考えていたら。
「貴方がクリス君かしら?」
いきなり、初対面の、滅茶苦茶美人でグラマラスなエルフの女性に声をかけられた!
「――ふぇ!?」
口の中をパンでいっぱいにしたまま、情けない声を上げてしまう。
魔法使い風の旅装に身を包んだ美女――耳の長さからして、純血かそれに近いエルフだろう――が、僕たちのテーブルに座り、ずずいと僕に顔を寄せてくる。
……顔が、近い。
「へぇ、ウワサでは『川辺に打ち上げられたナマズのような目』をしてるとか、『さらし首にされたゴブリンよりなお生気のない顔』だなんて言われてましたけれど、ずいぶんと生き生きとした、可愛らしいお顔じゃありませんの」
なんて言いながら、美女が僕の頬についたパンくずをつまみ、口に運ぶ。
「~~~~ッ!?」
言語を喪失しつつも、僕はその美女を観察する。
編み上げた白髪に、紫水晶のような綺麗な瞳。
顔はびっくりするほど整っていて、歳は20手前くらいに見えるけれど、相手は――いまや魔族では手も足も出ないほどの――長寿な種族だ。見た目通りじゃないだろう。
若々しい顔つき体つきに比べると、白髪頭に違和感があるけれど……女性の魔法使いに限って言えば、白髪はそれほど珍しくはない。
そして、服装。
これが、すごい。何がすごいって、露出がすごい。
いかにも魔法使い然としたローブ姿なのだけれど、胸元をばーんっと開けていて、エルフ族にあるまじき巨乳がこぼれ落ちんばかりに強調されている。
「……ごくり」
「こぉらクリス、どこを見てるさね」
ジト目のお師匠様に注意される。
かく言うお師匠様もとんでもなく美人なのだけれど、その全身は首から足元に至るまでローブと外套ですっぽりと包み込まれていて、夜の魔力『養殖』のときに部屋着を見せてくれるとき以外はメチャクチャ身持ちが固そうなんだよね。
「あ、あの……貴女はどなたですか?」
必死に美人エルフの胸元から目を逸らしつつ、問いかける。
エルフが「うふふ」と笑い、
「あら失礼、思わず舞い上がってしまいましたわ。わたくしの名はノティア・ド・ラ・パーヤネン。Aランク冒険者、『不得手知らず』のノティアと言った方が通りがよいかしらね?」
「「「「「えぇぇええええ~~~~ッ!?」」」」」
僕は絶叫した。
周りで聞き耳を立てていた冒険者たちも絶叫した。
全国に何十人もいない、冒険者の頂点たるAランク冒険者。
そして、ノティア・ド・ラ・パーヤネンと言えば――
「全属性で上・聖級を極めた稀代の天才魔法使い!!」
「宮廷筆頭魔法使いの席を蹴った怖いもの知らず!!」
「地竜を轢きつぶし、風竜を叩き落すことができる魔王国最強生物!!」
「何百年と生き続けている永遠の美女!!」
と、冒険者たちが囃し立てていく。
ウソかまことかは分からないけれど、どれもこれも冒険者の間では定番のウワサだ。
そして、
「エルフ族自治領・パーヤネン公国の、末の皇女様!」
と、これは僕の発言。
そう、この方は公族――パーヤネン公国の王族とも言うべき身分のお方なんだ!
誰も彼もがびっくりするやら囃し立てるやらで大狂乱の中、
「……ふぅん?」
ただ一人、お師匠様が『誰それ?』って顔をしている。
「え、ご存じないんですかお師匠様!? 旅の魔法使いなのに!?」
僕の指摘に、
「し、知ってるさね! あれだろ、『不得手知らず』だろう!?」
慌てて言うお師匠様。
いや……それはさっき、ご本人が口にしたふたつ名じゃあないか。
「そ、そんな雲の上のお方が、ぼ、僕に何のご用で……?」
もはや胸をのぞき見る余裕もなく、顔中冷や汗まみれの僕。
「うふふ、そんなかしこまらないで下さいまし。同じ冒険者同士じゃありませんか」
朗らかに笑うAランクお姫様。
「わたくし、貴方に興味がございますのよ、クリス君」
「ぼ、僕に!?」
いつもの受付嬢さんの良く通る声が、ギルドホール中に響き渡る。
「お、お師匠様のおかげですから……」
受付嬢さんは僕の名を上げようと善意でやってるのかも知れないけれど、僕はあんまり悪目立ちしたくないんだ。
現にいま背後からは、
「あのクリスがDランクだって……?」
「何か不正でも働いてんじゃねぇのか」
「でも治癒一角兎のツノを何百本も納品したとこ、俺も見てたぜ!」
「そうそう、薪の話だって――」
といった、顔なじみの――一度は僕をパーティーに迎え入れ、あまりの使えなさに罵倒し、足蹴した挙句に追放した――冒険者の皆々様による話が聞こえてきている。
「はぁ~……お師匠様、お昼にしましょう」
■ ◆ ■ ◆
ギルドホールの端、酒場にて。
僕は白パンとシチューにありつく。
お師匠様はと言えば、そんな僕を頬杖ついて楽しそうに見ている。
今日こそ食べるかな? と思ったけれど、やっぱり食べないらしい。
お師匠様は極度の小食らしく、朝、自室で食べたっきりでそれ以上の食事をしないんだ。
まぁ、詮索はすまい、と思う。
お師匠様がこうやってニコニコ微笑みながら無言でいるときは大抵、『いいから何も聞くんじゃないよ』って感じのオーラを出してるんだよね。
この世界には様々な種族がいる。
魔族、人族、獣族、エルフ族、ドワーフ族……お師匠様は見た目人族っぽいけれど、もしかしたらもっと未知の種族なのかも知れない。
もう、あれだ。種族『お師匠様』でいいや。
――そんなことを考えていたら。
「貴方がクリス君かしら?」
いきなり、初対面の、滅茶苦茶美人でグラマラスなエルフの女性に声をかけられた!
「――ふぇ!?」
口の中をパンでいっぱいにしたまま、情けない声を上げてしまう。
魔法使い風の旅装に身を包んだ美女――耳の長さからして、純血かそれに近いエルフだろう――が、僕たちのテーブルに座り、ずずいと僕に顔を寄せてくる。
……顔が、近い。
「へぇ、ウワサでは『川辺に打ち上げられたナマズのような目』をしてるとか、『さらし首にされたゴブリンよりなお生気のない顔』だなんて言われてましたけれど、ずいぶんと生き生きとした、可愛らしいお顔じゃありませんの」
なんて言いながら、美女が僕の頬についたパンくずをつまみ、口に運ぶ。
「~~~~ッ!?」
言語を喪失しつつも、僕はその美女を観察する。
編み上げた白髪に、紫水晶のような綺麗な瞳。
顔はびっくりするほど整っていて、歳は20手前くらいに見えるけれど、相手は――いまや魔族では手も足も出ないほどの――長寿な種族だ。見た目通りじゃないだろう。
若々しい顔つき体つきに比べると、白髪頭に違和感があるけれど……女性の魔法使いに限って言えば、白髪はそれほど珍しくはない。
そして、服装。
これが、すごい。何がすごいって、露出がすごい。
いかにも魔法使い然としたローブ姿なのだけれど、胸元をばーんっと開けていて、エルフ族にあるまじき巨乳がこぼれ落ちんばかりに強調されている。
「……ごくり」
「こぉらクリス、どこを見てるさね」
ジト目のお師匠様に注意される。
かく言うお師匠様もとんでもなく美人なのだけれど、その全身は首から足元に至るまでローブと外套ですっぽりと包み込まれていて、夜の魔力『養殖』のときに部屋着を見せてくれるとき以外はメチャクチャ身持ちが固そうなんだよね。
「あ、あの……貴女はどなたですか?」
必死に美人エルフの胸元から目を逸らしつつ、問いかける。
エルフが「うふふ」と笑い、
「あら失礼、思わず舞い上がってしまいましたわ。わたくしの名はノティア・ド・ラ・パーヤネン。Aランク冒険者、『不得手知らず』のノティアと言った方が通りがよいかしらね?」
「「「「「えぇぇええええ~~~~ッ!?」」」」」
僕は絶叫した。
周りで聞き耳を立てていた冒険者たちも絶叫した。
全国に何十人もいない、冒険者の頂点たるAランク冒険者。
そして、ノティア・ド・ラ・パーヤネンと言えば――
「全属性で上・聖級を極めた稀代の天才魔法使い!!」
「宮廷筆頭魔法使いの席を蹴った怖いもの知らず!!」
「地竜を轢きつぶし、風竜を叩き落すことができる魔王国最強生物!!」
「何百年と生き続けている永遠の美女!!」
と、冒険者たちが囃し立てていく。
ウソかまことかは分からないけれど、どれもこれも冒険者の間では定番のウワサだ。
そして、
「エルフ族自治領・パーヤネン公国の、末の皇女様!」
と、これは僕の発言。
そう、この方は公族――パーヤネン公国の王族とも言うべき身分のお方なんだ!
誰も彼もがびっくりするやら囃し立てるやらで大狂乱の中、
「……ふぅん?」
ただ一人、お師匠様が『誰それ?』って顔をしている。
「え、ご存じないんですかお師匠様!? 旅の魔法使いなのに!?」
僕の指摘に、
「し、知ってるさね! あれだろ、『不得手知らず』だろう!?」
慌てて言うお師匠様。
いや……それはさっき、ご本人が口にしたふたつ名じゃあないか。
「そ、そんな雲の上のお方が、ぼ、僕に何のご用で……?」
もはや胸をのぞき見る余裕もなく、顔中冷や汗まみれの僕。
「うふふ、そんなかしこまらないで下さいまし。同じ冒険者同士じゃありませんか」
朗らかに笑うAランクお姫様。
「わたくし、貴方に興味がございますのよ、クリス君」
「ぼ、僕に!?」