「ちょっと寄るところがあるから、お前さんは先に宿へお帰り」

 城塞都市、冒険者ギルドへの道すがらでお師匠様が言った。

「あ、僕もついて行きます」

 お師匠様がニヤリと笑い、

「来てもいいが……買い物だよ? ――女の日用品の」

「し、ししし失礼致しました!」


   ■ ◆ ■ ◆


「よぉ、クリス」

 通りを歩いていると、嫌というほど見知った顔が、行き先をふさいだ。

「…………オーギュス」

 短い茶髪頭、そばかすだらけの顔。
 背丈は僕より頭ひとつ分大きい。
 同じ孤児院出身で、同い年の嫌な奴。

 ……忘れもしない、僕がエンゾたちのパーティーから追放されたときに、

『パーティー追放100目、おめでとう』

 と拍手をしてくれやがり、あの場を盛大に盛り上げてくれやがった相手だ。

「な、何の用だよ……」

 こいつとの因縁は長い。
 僕とこいつとシャーロッテは3人して同い年で、物心ついたころにはもう、孤児院にいた。
 こいつは何かにつけて僕をイジメてきて、それをシャーロッテが止めてくれるというのがお決まりのパターンだった。

「何の用、とは連れないなぁ」

 オーギュスが目の前にまで迫って来て、僕を見下ろす。
 ……これをやられると、僕は体が硬直してしまう。
 さんざんに殴られ、蹴られ、踏みつけられてきた記憶がよみがえる。

「知ってるんだぜ……お前、『銀河亭』で寝泊まりしてるんだろ?」

 それは、お師匠様が僕の部屋を借りてくれている高級宿の名前だった。

「あのキレイな姉ちゃんに金出してもらってんのか、ん?」

「お、お、お前には、関係ない、だろ……」

「まぁまぁそう邪件にするなって! 俺ぁお前を(ねぎら)いに来たんだよ」

「労いに……?」

「そう。お前、今朝、薪の伐採任務を受注したんだってな? 冒険者ギルドはこの通りをずぅっと行った先にある。けど、お前が寝泊まりしている『銀河亭』は内壁の向こう側の、『内南地区』にある。冒険者ギルドで薪を納品して、入り組んだ内壁の中をぐる~りぐるりと『内南地区』まで行くのは骨だ」

 オーギュスが向かって右側を指差し、
「けどいま、ここで曲がれば、壁の外からすぐに『内南地区』へと入れる」

「けど、納品しないわけにはいかないだろ」

「だから、俺の出番ってわけだ」

 オーギュスが笑う。人をバカにしたような嫌らしい笑み、嫌いな笑みだ。

「俺が代わりに納品して来てやるよ」

「…………何が目的さ」

「報酬の1割をくれ」

 ――――暴利だ。……けれど、

「な、構わねぇだろう?」

 至近距離で見下ろされ、オーギュスが腰につけた剣のツバをカチン、カチンと鳴らす音を聞いていると、冷や汗が出て来て泣きたくなった。

「…………わ、わかったよ」

「へへっ、まいどあり」


   ■ ◆ ■ ◆


「それで、まんまと薪を奪い取られたってわけかい」

『銀河亭』の食堂にて。
 お師匠様がテーブルに頬杖ついて盛大な溜息を吐く。

「すみません……」

 謝りつつも、僕は極上の食事をひっきりなしに口へ運び込む。
 食べているのは僕だけだ。
 お師匠様はと言うと、僕の景気の悪い顔つきを見るなり、『食欲が失せたさね』って言った。
 そしていましがた、顔色が悪かった理由を説明したところってわけだ。

「……おや、ウワサをすれば、さね」

 食堂の入り口を見れば、オーギュスが立っていた。

「あれ、お師匠様ってあいつの顔知ってましたっけ?」

「【念話(テレパシー)】で思念が流れ込んできたときに、ね。読もうと思ったわけじゃあないんだが、嫌な記憶ってのは想起されやすいからねぇ……」

 気まずそうに目を逸らすお師匠様。

「あ、あはは……お気になさらず」

「おい、クリス」

 オーギュスがずかずかと食堂に入って来て、テーブルにどしんっと麻袋を置いた。

「ほら、約束通り納品して来てやったぜ。じゃあな――」

 オーギュスが背を向けようとして、

「――お待ち」

 お師匠様が声をかけた。

「なんだよ姉ちゃん?」

「儂らが金を数え終わるまでは、ここにいるんだ」

「俺が信用できないってのか?」

「儂にとっちゃあ初対面の相手だからねぇ」

「けっ――」

 依頼書によれば薪は1(たば)数ルキ。
 それが200束以上あったんだから、600~800ルキは固いはず。
 しかもあの薪は水分を完全に抜いた一級品。
 乾燥の手間賃を省いた分、何割り増しかの1,000ルキくらいになるものと期待していたんだ。
 ……だというのに。

「【収納(アイテム)空間(・ボックス)】、【目録(カタログ)】」

【収納】してから枚数を確認して、僕は愕然となる。

「たったの180ルキだって!?」

 どしんっと大きな音がしたのは、粗末な麻袋に入っていた硬貨を、小銀貨18枚ではなくわざわざ大銅貨180枚にしていたからだった。

「オーギュス、これはどういうことだよ!?」

「どうもこうも、買い取り額から俺の取り分を取った額がそれさ」

「そんなわけないだろ!?」

「……あぁッ!? 俺がちょろまかしたとでもいうのか?」

 オーギュスが胸倉をつかもうとしてきたので、お師匠様の前で多少気が大きくなっていた僕は、急激に気持ちが小さくなる。

「わ、わかったよ……」

「わかったんなら、言うことがあるだろうが」

「わ、悪かったよ……」

「けっ」

 最悪の雰囲気を残して、オーギュスは去って行った。


   ■ ◆ ■ ◆


「気に食わないさねぇ……」

 ぼそぼそと食事を再開した僕に向かって、お師匠様が言った。

「お前さん、さっさと食い終えな。――行くよ」

「どこへ?」

「冒険者ギルドへ、さ」